154 「収穫祭」という名の恋のイベント 13
「さて、これで高ポイントの言葉はほとんど集めたわね!」
私はそう呟くと、パンフレットに視線を落とした。
時間は掛かったけれど、お兄様とルイスからも『甘い言葉』を集めることができたし、と回答票を満足して見つめる。
他に集めていない高ポイントの言葉は……、とチェックしていたところ、空から白い花びらが降ってきた。
「残念、ゲーム終了の合図だわ!」
パンフレットに記載されている説明によると、この花びらは10分間降り続けるらしい。
そして、その間に、学園内の5か所に設置してある回収箱に回答票を入れた者だけが、ゲームの参加者と見做されるのだ。
私はゲームを切り上げると、パンフレットに記載してある地図を頼りに回収箱を探して回答票を入れた。
「高ポイントの生徒のセリフは、長いものも多かったわよね。もしかしたらあれは、長いセリフを少しでも間違えれば減点して、点数差をつけようとしているのかもしれないわね」
高ポイントの生徒には女子生徒が集中していたため、何か減点方法を考えない限り、点数差がつかないように思われる。
ということは、セリフを間違っていなければ、私にもチャンスがあるかもしれないわと考えながら、箱に手を合わせて優勝できるようにと祈った。
その後は、セリアとユーリア様と集合し、互いの衣装を見比べて驚き合った。
「まあ、セリア様! 宣言通り、本当に攻めた衣装ですね!! 深紅に金の刺繍だなんて、最強の組み合わせですわ。色が白いから、お似合いですこと!」
「ユーリア様もカッコいいです! 胸元もお腹も出ていて、驚くほど攻めた衣装ですのに、これほどカッコいい印象を与えるなんて、どうなっているんですかね!?」
けれど、興奮する私をよそに、2人はしばらく黙って私を見つめていた。
「あ、あの……?」
居心地が悪くなって服の端を引っ張っていると、2人からほうっとため息をつかれる。
「……お姉様は、頭のてっぺんから足の先まで美女ですのね。非の打ち所がないとはこのことですわ」
「本当に。実際にルチアーナ様が砂漠にお住まいの方で、このような衣装を身に付けられていたら、初めて外出した日に婚約者が決まってしまいますわ」
「まあ」
この2人以外から言われたならば、少しは信じる気持ちにもなれるけれど、最上級の美女たちから褒められてもねぇ……。
「ふふふ、ありがとうございます。褒めていただいて嬉しいです」
でも、やっぱり友達から褒められることは嬉しく、笑顔でお礼を言うと、セリアからは頬を赤らめられ、ユーリア様からは苦笑された。
「……今ここに兄がいたら、イチコロですわ」
「ルチアーナ様は自意識過剰とのお話でしたのに、実際は、これほどご自分のことを分かられていない方だったとは、思いもしませんでしたわ」
それから、私たちは笑いながら腕を組み合うと、クラスごとに出店されている催し物を見て回った。
「甘い言葉収集ゲーム」は個人プレイが原則だったため、1人でしか回れなかったけれど、……そして、その分1人でゆっくりと男性陣の言葉を堪能できたけれど、皆で回ることも楽しいなと考えながら。
お腹が空いたのでカフェテラスに行くと、「ベストオブジャック決定戦」と名付けられたカボチャ料理対決が行われていた。
本日提供される料理は全てカボチャ料理で、生徒から注文された数で順位を決定するらしい。
「まあ、カボチャスープに、パンプキンパン、パンプキンパイ、カボチャグラタン、カボチャのアヒージョ……ああ、どれも美味しそうだわ!」
「本当ですね!」
たくさんのカボチャ料理を前に、あれがいい、これもいい、と迷っていたセリアと私を見かねたユーリア様の提案で、異なる料理を3人で頼み、少しずつシェアすることにする。
すると、分け合って食べた料理は、1人で食べる料理の何倍も美味しく感じた。
満腹になった後は、3人で学園内の景色を見て回ることにする。
元々、リリウム魔術学園は時の国王がお后様のために建てた離宮だったため、色々と趣向を凝らしてあるのだけれど、それらを上手に加工することで、砂漠の世界を造り上げた生徒会メンバーの手法に感心する。
その後、私たちは砂漠の住人になり切って、それらの場所を1つ1つ回り、この世界を満喫したのだった。
―――そして、とうとう日没の時間となった。
普段よりも大きな太陽が、赤々と輝きながら砂の向こうに揺れている。
砂漠に夕日が落ちる光景が、私たちの目の前に大きく広がったのだけれど、それはもう本当に美しく、誰もが黙ってその光景に見入っていた。
そんな中、ぽつりとユーリア様が呟く。
「将来、砂漠の国を訪ねることができる者は、この学園内に数人しかいないでしょうね。けれど、私たちにはこの光景が残るのだわ」
この世界では、それほど簡単に遠地まで行くことはできない。
そのため、ユーリア様の言葉通り、多くの生徒たちにとっては、今日が砂漠の景色を目にする最初で最後の機会になることだろう。
だとしたら、今日、この光景を見ることができたことは、大変な幸運なのだわ……。
「ユーリア様、セリア様、今後、私が砂漠を訪れることはないかもしれません。ですから、今日、お2人とともに、この美しい景色を見られたことに感謝します。……きっと、私の中には、今日見たこの景色とともに、一緒に過ごしたお2人のことが残ります。そのことが凄く嬉しいです」
にこりと微笑みながらそう言うと、なぜだか2人からぎゅううっと抱きしめられた。
「まあ、ルチアーナ様ったら、本当に可愛らしいお方」
「お姉様、私も同じです! 大好きです! えっ、お姉様ったら、いい香りまでしますね!」
頬を染めるユーリア様とセリアを見ながら、侍女たちが仕込んだ媚薬とやらは、女子生徒に効いたようだわと驚いた……。
さて、そんな風に笑い合ったり、抱き合ったりしているうちに、いつの間にか辺りは真っ暗になってしまった。
砂漠の世界を演出する目的で、普段は点けてある外灯が消してあり、月と星の光が最も明るい光源となっている。
それら以外の灯りは、小さなカボチャだけなのだけれど、腕に付けているカボチャが発する光は想像していたよりも淡く、足元も見えないほどだった。
通路に設置してあるカボチャも同様で、ぼんやりとした淡い光を発しているに過ぎない。
困ったわと考えていたその時、私は受付時に受けた説明をふと思い出した。
そうだわ、真っ暗になったら、腕にはめているカボチャを空に向かって投げろと言われたのだったわ。
恐らく誰もが同じ説明を受けているはずだけれど、真っ暗闇の中、助けとなる光を手放したくはないようで、カボチャを投げる人は1人もいなかった。
……仕方がない、だったら私がやってみるまでだわ。
そう考えた私は、腕からカボチャを外して両手で持った。
それから、真上に向かってポーンと投げ上げる。
すると、どういうわけか、カボチャに物凄い加速がかかり、想像していたより何倍も高い空までカボチャが飛んで行った。
「えっ、カボチャが空を飛んだ!?」
しんとした中に、私の間抜けな声が響いた瞬間―――。
ぽ―――ん!!
と弾けるような音とともに、空に紫色の大きな花火が上がった。
「え?」
驚いて目を丸くしていると、紫の花火は千々に分かれ、きらきらと輝きながらゆっくりと地面に落ちてきた。
それらの光で、辺りが眩しく照らし出される。
「まあ、何て綺麗なのかしら!」
誰かがそう呟いたのをきっかけに、生徒たちは次々とカボチャを空に放り投げ始めた。
すると、様々な色の花火が咲いていく。
それから、それらの花火は輝く光になって、ゆっくりゆっくりと地面に降り注いできた。
皆が上空を見つめる中、空に光で文字が書かれる。
『収穫祭おめでとう。素敵な夜を!
どうか足元が明るいうちにお帰りください』
その文字と同時に、通路に配置されていたカボチャたちが、きらきらと星のように輝き始めた。
「まあ、何て幻想的なのかしら!」
足元では星のような光が瞬き、空には大輪の花火が咲く光景は、まるで絵本の中の1枚のように美しかった。
そのため、私たちはしばらく、その夢のような光景に見とれていた。
それから、私はセリアとユーリア様とともに、まるでおとぎの国に迷い込んだかのような幻想的で美しい光景を楽しみながら、寮まで歩いて戻ったのだった。
今日は最高に楽しかったわ、と考えながら。
その間ずっと、色とりどりの花火が空から地上に降り注いでいた。
それらの花火を見ながら、あるいは、足元で星のように輝くカボチャを見ながら、「お兄様の特別なカボチャは本当に特別だわ」と、私は感心して呟いたのだった。
―――「甘い言葉収集ゲーム」の大変な結果が分かるのは、翌日のことである。