152 「収穫祭」という名の恋のイベント 11
びくびくしながら寮を出た私だったけれど、すれ違う生徒たちを見て、だんだんと落ち着いてきた。
なぜなら程度の差こそあれ、女子生徒は私と似たような格好をしていたし、男子生徒も上半身ははだけ気味だったからだ。
さすが私の侍女たち! 情報収集はばっちりじゃないの。
そう満足しながら、通路を歩く。
1つだけ気になることがあるとすれば、同じような格好をしているにもかかわらず、私を目にした生徒たちが、頬を赤らめながら呆けたように立ち止まることだろう。
一体どういうことかしら、と不思議に思っていると、リコリス伯爵令嬢のラウラが反対方向からやってきた。
ラウラも皆と同じように頬を赤らめて立ち止まったけれど、他の生徒と異なり、私を指差して大声を上げる。
「ル、ル、ルチアーナ様、何ですかその格好は! 破廉恥ですわ!!」
そう言い切ったラウラの衣装の方が露出が多かったため、何を言っているのかしら、と呆れた視線を送る。
「何を言っているんですか。ラウラ様の衣装に比べたら、私のなんておとなしいものですよ。見てください、下半身はほとんど見えていないんですから」
けれど、ラウラは顔を真っ赤にすると、わなわなと全身を震わせた。
「見えていなくても、その布地は薄いから、足の形がほぼほぼ分かるじゃないですか! それに、問題はルチアーナ様のプロポーションが抜群過ぎることです! 同じような衣装を着ても、3倍くらい破廉恥に見えるんですから!!」
……酷い言いがかりだ。
同じ衣装を着て、私だけ3倍破廉恥に見えるだなんて、どんな黒魔法だ。
私はふーっとため息をつくと、ラウラの嫌がらせの言葉を聞き流すことにする。
そして、これ以上の言いがかりをつけられる前に、退散することを決めた。
「ラウラ様、収穫祭を楽しんでくださいね。ごきげんよう」
そう笑顔で挨拶すると、どういうわけかラウラは顔を真っ赤にしていた。
「……くっ、傾国の美女…………」
そして、何事かをぼそりと呟いていたけれど、私は気にせず彼女の横を通り過ぎる。
ラウラと話をしたことで完全に緊張が解けたようで、私は歩きながらゆったりと周りを見回した。
すると、たった一晩でどうやったのかと不思議に思うほど、学園内の景色が一変していた。
驚くことに、昨日まで石畳が敷かれていた通路には砂が撒かれていて、サンダルの下でさくさくと気持ちのいい音を立てる。
グラウンドがあった場所は完全に砂漠になっているし、池があった場所はオアシスに様変わりしている。
そして、秋も深まった季節だというのに、肌に触れる空気は熱いくらいだった。
……凄い。高い魔力を持った生徒たちの、本気のイベントって凄い。
あっという間に、学園全体を別の空間に変えてしまったわよ。
「……よかった。この風景ならば、この格好で問題ないわね。それにしても、まさか学園内で、外国旅行の気分を味わえるとは思わなかったわ」
異なる景色を目にし、異なる空気を吸うことで、気分がリフレッシュされるとともに、爽やかな気持ちになる。
私はすっきりした気分で受付会場に行くと、収穫祭イベントのパンフレットとカボチャを受け取った。
可愛らしい顔を描かれたイベント用のカボチャはとても軽く、二の腕にはめても重さを感じない。
それなのに、夜になったらぼんやりと光り出して、灯り替わりになるというのだから、便利なことこの上ないだろう。
よく見ると、通路の両端にも同じカボチャが配置されていた。
あれらのカボチャが夜に光れば、幻想的で楽しい雰囲気になるはずだ。
受け取ったパンフレットを確認すると、「甘い言葉収集ゲーム回答票」が挟まれていた。
パンフレットには、「甘い言葉収集ゲーム」のルールや配点票も記載されている。
参加するからには優勝を目指さないと! と考えて、私はその部分にじっくり目を通した。
基本的なルールはセリアと私で作ったのだけれど、『女子生徒は全員ゲームに参加するのだから』と、公平性を保つために、最後はラカーシュが1人で仕上げたのだ。
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〇「甘い言葉収集ゲーム」配点票
★遭遇難易度【威】5点:XXX・XXXXXX、XXX・XXXXXX、……
★遭遇難易度【修】3点:上記以外の3年生
★遭遇難易度【初】2点:上記以外
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「……なるほど。5点の難易度【威】だけは、対象者の名前が羅列してあるのね」
そして、予想通り、5点のリストの中には、エルネスト王太子、ラカーシュ、ルイスといった攻略対象者が全員含まれていた。
さらに、攻略対象者ではないけれど、兄も含まれていた。
パンフレットを読み込んでいる間に、ゲーム開始の時間となったようで、秋の花であるコスモスの花びらが空から降ってくる。
「まあ、素敵な合図ね!」
風魔術の使い手が協力しているのだろう。
自然に落下する時の何倍もの時間をかけて、花びらはふわりふわりとゆっくり落ちてきた。
そのため、見上げると、青空を背景にたくさんのピンクの花びらが目に入り、何とも美しい光景にため息が零れ落ちる。
……今日は楽しい1日になりそうだわ、と考えた私は、空を見てにっこりと微笑んだ。
「いずれにしても、このゲームは簡単なのよね! 女子生徒の歓声が響いているところに行けば、高ポイントの男性がいるはずだから」
その推測の元、きゃーきゃーとひっきりなしに歓声が響いている場所に足を運ぶと、案の定、砂の海の中に佇むエルネスト王太子がいた。
青い空と茶色い砂を背景に、白い衣装をまとって立つ銀髪の王子の姿は、絵本の中の1枚であるかのように美しかった。
王太子が着用しているのは、生徒会で用意した衣装だ。
ラカーシュと対になるように作りつつも、単体としては「白百合」をイメージしている。
王太子は頭に白い布を巻き、上半身をはだけさせながらも、足元までの長い白衣をまとっていた。
その上から、金糸銀糸で飾り付けられた幅の広い黒の飾り布を、右肩からクロスする形で反対側の膝まで垂らし、腰に飾りリボンを付けている姿は、完全に砂漠の王子様だった。
頭や腰回りに飾られた装飾品と、内側に着用した透ける布がいい仕事をしている。
「眼福!!」
私は心の底から呟くと、間近で鑑賞すべく、女子生徒の長い列に並んだ。
この学園のいいところは、通っている生徒が貴族ばかりのため、行儀がいいことだろう。
そのため、順番を待つ生徒は皆、王太子から10メートルほど離れた場所で並んでいる。
これであれば、自分の番が回ってきた時に、他の女子生徒が視界に入ることもなく、「私と彼だけの空間」に思えること間違いない。
「楽しみだわ!」
胸を高鳴らせながら待っていたところ、長い列も終わりを迎え、やっと私の番になった。
私は速足で、王太子の前まで進み出る。
王太子は私を認識した瞬間、用心するかのように目を細めたけれど、私は気にせずにスティックをくるりと回した。
すると、王太子は数拍の間を取った後、甘やかな雰囲気をまとわせながらほほ笑んだ。
このあたりの演技力の高さは、さすがだと思う。
「……君は、私のどこが好きなのだ?」
相変わらず、ぞくりとくるような良い声だ。
いつもであれば、「ほほほ、顔ですわ!」と悪役令嬢に成り切って答えるところだけど、普段と異なる優し気な王太子の表情を目にしたことで、まるでゲームの世界に入り込んだような錯覚を覚える。
そのため、私はゲームをプレイしている気持ちになって、うっとりとした表情で答えてしまう。
この世界では、王太子のことを知る機会があまりなかったけれど、ゲームの中では彼のことを色々と知ることができていて、その時に好きだったのは……。
「常に国のため、国民のためにと思考する、立場に見合った志の高さです。手のひらからずっと消えない火傷の跡が示す、魔術の訓練を怠らない真面目さです。クラスに1人でいる生徒がいたら、自然と声を掛ける優しさです。早朝……」
夢中になって答えていると、鋭い声で名前を呼ばれた。
「ルチアーナ嬢!!」
はっとして王太子を見やると、彼の顔は真っ赤になっていた。
「な、な、なな、君はどうしてそれほど………」
王太子の態度を見て、しまった! と我に返る。
確かに私の発言内容は、悪役令嬢ルチアーナが知っているはずもないものばかりだったからだ。
どうするべきかしらと一瞬躊躇したけれど、困った時の元日本人的な癖で、にっこりと笑ってごまかそうとする。
「……ふふ、どうしてでしょうね?」
すると、王太子は驚愕した様子で目を見開いた。
それから、ちらりと私の服装に視線を落とすと、慌てた様子で私の顔に視線を戻す。
真っ赤な頬はそのままに、耳まで赤くなっていた。
そのことを理解しているのか、王太子はふいっと私から視線を外す。
「……君は凄いな。絶対に翻弄されまいと身構えていた、私の心を乱すとは。……君は美しいのだから、そのように微笑むのは止めた方がいい。誤解する男性が出てくるぞ」
「えっ?」
聞き返したところで、あっ、そうだった、これは『甘い言葉収集ゲーム』の一環だったことを思い出す。
……危ない、危ない。
王太子はあらかじめ決められていたセリフを言っただけなのに、本気で捉えてしまったわ。
さすが王太子。学園で人気ナンバーワンだけのことはあるわね!
もう少しで、その気にさせられるところだったわ!
気分を変えようと、頭を大きく横に振りながら、回答票に視線を落とす。
男性が複数の言葉を話した場合は、最後の言葉を記入するというのがこのゲームのルールだったわ、と思いながら私は王太子に頭を下げた。
すると、王太子ははっと息を飲み、私を引き留めようとするかのように片腕を突き出した。
その様子を見て、まあ、王太子は芸が細かいわねーと感心する。
私はペンを取り出すと、忘れないうちに回答票に書き込んだ。
「『君は美しいのだから、そのように微笑むのは止めた方がいい。誤解する男性が出てくるぞ』……ですね」
王太子は何か言いた気な様子を見せたけれど、きっとこれも演技だわと思った私は、笑顔で手を振ると、次の相手の下に向かったのだった。
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出版社や書店さんの企画・キャンペーンなど、これまでお知らせできていなかったものがありましたので、今後はその辺りをお知らせしていければと思います。
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