151 「収穫祭」という名の恋のイベント 10
―――待ちに待った収穫祭当日。
私は寮の私室にて、死んだ魚のような目で鏡を見つめていた。
「『虎穴に入らずんば虎子を得ず』とは言ったけれど……」
絶望的な気持ちでそう呟く私を、侍女の一人であるマリアが、得意気な表情で鏡越しに見つめてくる。
「うっふっふ、どうですか、ルチアーナ様? 私たちの持てる技術の全てを費やした最高傑作です!」
そうでしょうとも、確かにこれは最高傑作だろうけど。
「素晴らしい出来栄えなのは間違いないけど、頑張り過ぎじゃないかしら?」
目に見えたものが幻であるようにと願いを込めて、強く目を瞑る。
すると、そんな私に対し、チャンスとばかりに、もう一人の侍女であるドナが、しゅっと何かを吹きかけてきた。
「うふふふっ、媚薬効果もあるという魔法の香水です! これで、男子生徒の全員がルチアーナ様に夢中になること間違いありませんわ」
「えっ! それは、ちょっと」
慌てて香水の霧から逃げ出そうとしたけれど、時すでに遅く、甘ったるい香りが私の体中に染み付いていた。
「ちょ……この格好で、こんな甘ったるい香りを振りまいているなんて……」
どう考えてもやり過ぎじゃないかしら、と絶望的な気持ちで、私はもう1度鏡を見た。
すると、そこにはとんでもなく扇情的な格好をした美少女が映っていた。
ビキニでしょうか、と言いたくなるようなフォルムの上衣に、ビーズや薄布を巻き付けてある派手な服は、実際の10倍くらい私を妖艶に見せていた。
下衣がパンツスタイルであることだけは救われた気持ちになるけれど、お腹が見えている時点でアウトに思われる。
さらに、仕上げとばかりに、髪や首元、腕にじゃらじゃらと装飾品が飾られていた。
『虎穴に入らずんば虎子を得ず、と言うでしょう! 私自身が露出の多い服を着てこそ、当然の顔をして男性陣の服装を鑑賞できるというものよ!』と言い切っていた、2週間前の私を揺さぶってやりたい。
その言葉とともに、侍女の2人に「テーマ通りの服をお願いするわね」と指示を出していたのだけれど、出来上がりを見てやり過ぎだと絶望的な気持ちになる。
セリアは『実際に砂漠地帯にお住まいの方々が着用されている服ですから問題ない』というようなことを言っていたけれど、間違いなくこれは、日常生活で着用する服ではないだろう。
「イベントなので」と、侍女たちがより特徴的な服にアレンジしたため、艶っぽさに特化してしまっている。
頭を抱える私とは対照的に、マリアとドナはやり切った表情を浮かべていた。
「他の侍女の方々とも情報交換しておりますので、この衣装が派手過ぎるということはございませんわ! それに、以前のルチアーナ様は、このお衣装以上に扇情的なドレスをたくさん着用されていたではないですか! 最近は大人しいデザインばかり着られていますが、以前のような服装もいいものですよ」
「マリアの言う通りですわ! ルチアーナ様はせっかく素晴らしい外見をお持ちなのですから、どしどし活用すべきです!」
……確かに、一理あるけれど。
ルチアーナは物凄くスタイルがいいから、こういう格好をしたら際立つのは事実だわ。
だけど、元喪女としては全力で遠慮したい服装なのよね。
まあ、ここまで来たらやるしかないし、他の生徒たちも同じような格好をしているのならば、覚悟を決めるけど。
私はぐっと握り拳を作ると、鏡に向かって大きく頷いた。
堂々としている方がかえって恥ずかしくないはずだし、せっかくマリアとドナが準備してくれた衣装だから、今日一日は背筋を伸ばして過ごすわよ!
そう心の中で宣言すると、私は踵を返して部屋を後にしようとした。
すると、ドナから声を掛けられる。
「ルチアーナ様、お忘れ物ですわ!」
振り返ると、慌てた様子で魔法のスティックを手渡された。
「……ありがとう」
まあ、1番大事なアイテムを忘れようとするなんて、思ったよりも緊張しているようね。
なぜならどんなに自分に言い聞かせても、この衣装は私には扇情的過ぎる気がするからだ。
うう、でも、他の生徒たちも私と同じような格好をしているのよね。
マリア、ドナ、信じるわよ!
私は大きく息を吸い込むと、2人に手を振って、部屋を後にした。