150 「収穫祭」という名の恋のイベント 9
王太子と側近の2人、それからラカーシュの4人は、分厚い書類の束を手に取ると、別室で打ち合わせを始めた。
どうやら王太子が外遊していた間の出来事について、情報共有するようだ。
私はこれ幸いと、この場を離脱することにする。
改めて考えるまでもなく、今回の収穫祭はやりすぎたと少々反省していたからだ。
収穫祭のテーマにしてもそうだ。
結果として、生徒たちの人気投票という形になったため、王太子も面と向かって反論し辛いだろうけれど、彼に相談することなく共通のテーマを決め、勝手なイメージでセリアやジャンナとともに、王太子の衣装を作ってしまった。
セリアがラカーシュのために用意した衣装を見た時の、ドン引きしたラカーシュの表情を思い出し、王太子との間で同じ場面が繰り返されることを確信する。
なぜなら王太子の衣装は、ラカーシュのものと対になっているからだ。
よし、逃げよう!
そう考えた私は、自分の手荷物を手早くまとめると、セリアにこっそりと耳打ちする。
「セリア様、『秋の庭』に行って、イベント用のカボチャを回収してきますね。兄が担当しているので問題ないと思うのですが、人手が足りないかもしれないので手伝ってきます。本日はもう生徒会室には戻りませんので、これで失礼します。それでは、明日の収穫祭でお会いしましょう」
そうして、私は一目散に生徒会室を後にした。
王太子の衣装はラカーシュが手渡してくれるだろうから、その場にいて怪我をする必要はない、と自分に言い聞かせながら。
―――さて、そんな私が向かった「秋の庭」は、どういうわけか女子生徒でごった返していた。
「あれ? どうして何の変哲もないカボチャ畑に、こんなにたくさんの女子生徒が集まっているのかしら?」
そう疑問が浮かんだけれど、彼女たちの真ん中にいる兄を見つけ、主犯が誰かを確信する。
「お、お兄様! 一体何をやっているんですか!?」
そう、なぜだか兄が女子生徒の真ん中で、にこやかな笑顔を浮かべている。
いや、笑顔の理由は、女子生徒に囲まれて楽しいからなのだろうけれど。
兄はへらりとした笑顔のまま、私に向き直った。
「やあ、ルチアーナ。明日のイベントを前に、カボチャの収穫を手伝ってもらっているところだ。このカボチャは特別仕様のため、中身がスカスカでもの凄く軽いからな。か弱きご令嬢方でも、簡単に収穫できるというわけだ」
―――時々、様子を見に来ていたので、そのことは知っている。
種を蒔いてから、たった3週間で収穫できるカボチャ自体が異常だけれど、短期間で育ったために中身が詰まっていないのか、持ちあげても凄く軽かったのだ。
「イベントでは、これらのカボチャを通路にディスプレイするとともに、生徒一人一人に携帯させる予定だったな?」
「ええ、そうです。収穫祭のお祭りらしい雰囲気を、少しでも出したいと思いまして」
全員が砂漠の民の格好はするものの、明日はあくまで収穫祭のイベントなのだ。
そのため、生徒全員にカボチャを持たせたら、収穫祭らしい雰囲気が出るだろうなと考えたのだ。
そのことを前もって兄に伝えていたため、できたカボチャは片手に乗るくらいの小さなものだった。
「このカボチャは軽いので、中身をくり抜く必要はない。必要なのはカボチャに顔を描くことくらいか。それから、こちらのベルトをカボチャに付ければ、簡単に腕に取り付けられるようになる」
兄の説明を聞き終えた私は、感心して頷く。
何とこのカボチャは、暗くなるとほんのりと発光し始めるらしく、陽が落ちた際にはランタン替わりにもなるとのことだった。
さすが兄が魔術陣まで敷いて作成した、特別のカボチャだ。
「何から何までありがとうございます。ところで、なぜ女子生徒のみが集まっているんですか?」
「やあ、それを私に聞かれてもな。私はクラスで皆平等に声を掛けたのだが、集まったのが女子生徒だけだったのだから」
「…………」
そんなはずはない。
兄が腕を失くしたばかりの頃、一緒に侯爵邸に引きこもっていた際に、学園の女子生徒たちからたくさんの手紙や贈り物が届いたのは事実だ。
けれど、男子生徒からもそれなりに手紙が届いていたのだ。
だから、兄が男子生徒たちから避けられていることはないはずだ、とじとりとした目で見つめると、兄はにやりと笑った。
「お前は今、ただでさえ収穫祭の準備に追われて大変なのに、今日は王太子殿下まで戻られたからな。間違いなく疲労しているに違いないと、これ以上の心配事を与えまいと気を遣ったのだ。そのため……そうだな、私が畑の手伝いを依頼した時、教室内にはたまたま女子生徒しかいなかったかもしれない」
兄はさらりと口にしたけれど、王太子が学園に現れたのはつい先ほどだ。
授業終了後に学園に到着したようで、ふらりと生徒会室に現れたのだ。
それなのに、どうして兄は王太子が戻ってきたのを知っているのかしら、と不思議に思ったけれど、……いけない、いけない、こうやっていつも本題からズレるのだわ、と最初に浮かんだ疑問を口にする。
「それはありがたい考え方ですけれど、どうして男子生徒を呼ばないことが、私に心配事を与えないことにつながるのですか?」
兄の意図することが理解できずに首を傾げる。
すると、兄はおやといった様子で私の顔を見つめた。
「やあ、お前は今、手持ちの恋愛問題で手いっぱいだと思っていたのだが、そうではなかったのか?」
「え、どういう意味ですか?」
質問に質問で返すと、兄は肩を竦めた。
「お前の見た目は、素晴らしくいいからな。男子生徒をお前に近付けたら、誰だってすぐに懸想するだろう。そのため、ここでお前と鉢合わせることがないよう、男子生徒にはあらかじめご遠慮いただいたというわけだ」
……それはまた、物凄い過保護っぷりですね。完全に無駄な配慮ですけど。
確かに3学年の生徒とはあまり会う機会がないけれど、顔を合わせたくらいで懸想されたら、世話はない。
私は兄のちょっとズレた過保護っぷりにため息をつくと、カボチャの収穫を手伝うため、畑に足を踏み入れた。
そして、それ以降は、カボチャを収穫することに集中した。
つまり、布できゅっきゅっとカボチャの表面を拭いて、『顔作成担当』に渡すことを繰り返す。
―――収穫祭は、明日に迫っていた。