149 「収穫祭」という名の恋のイベント 8
日々忙しくしていたためか、あっという間に収穫祭の前日がやってきた。
そして、このタイミングでエルネスト王太子が外国から戻ってきた。
収穫祭は学園内における大きなイベントのため、生徒会長として日程を合わせて戻ってきたのだろうけれど―――ちょうどその時間、私は生徒会室で皆と一緒に配布資料の整理を行っていた。
「1か月も留守にして悪かったな」
王太子は笑みを浮かべて入室してきたけれど―――私を目にした途端、すっと笑顔を消した。
その劇的なまでの表情の変化を見て、何て分かりやすいのかしらと思ったけれど、これまで王太子にしでかした数々の悪行を考えれば、仕方がないと納得する。
なぜなら悪役令嬢ルチアーナは、王太子に夢中だったのだ。
そのため、何と言われようともへこたれない鋼のメンタルと、どこまでも1つのことを追い続ける執着心で、王太子をつけ回していた。
この生徒会室だって、王太子を追いかけて、何度も押しかけてきたことがあるくらいだ。
「エルネスト、外遊中の苦労話については聞いている。大変だったな」
ラカーシュは王太子を労うことから始めた。この辺りの対応はさすがだと思う。
それから、後ろに控えていた王太子の側近であり、生徒でもある2人に軽く頷くと、王太子を私の前に誘導した。
「エルネスト、お前が不在にしていた間、ルチアーナ嬢に生徒会の仕事を手伝ってもらった。彼女の尽力のおかげで、今回の収穫祭はこれまでになく素晴らしいものになりそうだ」
「……そうか。ルチアーナ嬢、私が不在の間に色々と世話になったようだな。感謝する」
エルネスト王太子は、人当たりの良い笑顔を浮かべて、私に感謝の言葉を述べた。
けれど、もちろん私はその笑顔に騙されなかった。
なぜなら「エルネスト図鑑」が作れるほど、私は王太子に詳しいのだ。
記憶が戻るまでのルチアーナは、毎日のように王太子をつけ回していたため、彼の多くの言動が記憶として残っている。
そして、前世において、私はこの世界の元になった乙女ゲームのエルネスト王太子ルートを3回クリアしていた。
つまり、これらの経験から得られた王太子の言動を総合的に勘案することで、彼の心情を完璧に理解できるのだ。
そして、そんな私の能力を最大限に活用して、王太子の発言を解析すると……。
『……そうか。ルチアーナ嬢、私が不在の間に色々と世話になったようだな。感謝する』
(私が不在の間に、生徒会に入り込んだか。なかなかの手口だな)
……王族って大変ね。思ったことを口にもできないなんて。
王太子を散々追いかけ回し、迷惑をかけっぱなしの私が、彼の不在をいいことに、彼の学園の本拠地である生徒会室に入り込んでいるのだから、王太子が立腹するのは当然だ。
さらに、王太子の大事な従兄であるラカーシュを、私が誑かしていると考えているのだから、文句の1つや2つ言いたいはずだ。
そして実際に、これまで王太子自身がルチアーナから散々被害を受けているのだから、彼に文句を言う権利は十分あるだろう。
普段であれば、空気を読んで退散するところだけれど、今の私には王太子と仲良くなるという使命があるのだ。
そして、王家の聖獣に兄の腕を治してもらわなければいけない。
私は至極控えめな笑みを作ると、王太子を見つめた。
すると、なぜだか王太子はたじろいだ表情を見せ、遠くでセリアがうっとりとした表情を浮かべた。
「まあ、お姉様の微笑みは、大輪の花が咲いたようですわね!」
……解せない。けれど、今はそれどころでなく……。
私は他意がないことを示すために、広げた両手をひらひらと振った。
「王太子殿下、私は生徒会の役員ではありませんから、一時的にお手伝いをしているだけで、生徒会に入り込んだわけではありません。もちろん殿下が感心されるような手口なんて、一切ありませんよ」
それまではたじろいでいた様子の王太子だったけれど、私の言葉を聞いた途端、今度は驚いて目を剥いた。
なぜだかラカーシュや王太子の2人の側近も、驚愕した表情を浮かべている。
「ルチアーナ嬢、君は何を言っている?」
(なぜ私の真意を理解している)
質問をされたので、丁寧に回答する。
「殿下は王族ですからね。思ったことを口にできるような、軽々しい身分ではないでしょう。そのため、婉曲な表現を使われていますが、私だってそこまで出来が悪いわけではありませんからね。殿下の真意くらいは理解できますよ」
「そんなわけないだろう!!」
どういうわけか、王太子から裏表のない言葉で、激しく否定された。
信じられないといった表情を見て、さすがに私もむっとする。
「いえ、そんなことありますよ。確かに私は学園の劣等生ですが、最近は少し勉強を頑張っているし、そこまで出来が悪くはありませんから」
私の言葉を聞いた王太子は、訳が分からないとばかりに頭を振った。
「一体どういうことだ? 今の発言は、出来が悪いうんぬんの話でないことは、誰だって分かるだろうに。私の婉曲な表現は完璧に理解するのに、露骨な表現になると、全く理解しないだなんて、そんなことがあり得るのか!?」
動揺している様子の王太子を見て、ラカーシュが落ち着かせるように王太子の肩に片手を置いた。
それから、彼の問いに答える。
「恐らく露骨な表現は、もっとはっきり言わなければ伝わらない。……ルチアーナ嬢、エルネストが言いたかったのは、彼の真意を理解できるので驚いたということだ」
「まあ、そんなことですか。ラカーシュ様や側近の方々も理解できているのですから、そう難しい話ではないでしょう」
私はさらりと話を流すと、今日はこれくらいで退散すべきと判断し、ぺこりと頭を下げた。
それから、セリアの元に向かう。
すると、私の後ろ姿に向かって、王太子が小さな声で何事かを呟いていた。
「……いや、この3人が理解しているのは、私が婉曲な嫌味を口にしたという事実だけで、これほど正確に内容まで読み取れはしないから」