147 「収穫祭」という名の恋のイベント 6
さて、収穫祭といえばカボチャだ。
何はなくともカボチャが必要だろう。
私は寮の私室の姿見の前で、登校前の姿をチェックしながら考えを巡らせる。
……ということで、ハロウィン用の立派なカボチャを育てたいと思ったのだけど、そのためにはカボチャの収穫時期である、「秋の庭」の使用許可が必要になってくる。
基本的に「四季の庭」は、家紋の花が咲く季節と一致する花壇を、それぞれの生徒が担当することになっている。
撫子は夏だし、黒百合は春だ。
家紋の花を持つのは公爵家と侯爵家、そして一部の伯爵家に限られるから、ジャンナとカレルは家紋を持たない。
そして、家紋の花を持たない生徒は、入学時に担当する庭を割り当てられるのだけれど、残念ながら2人とも秋ではないとのことだった。
「うーん、困ったわ」
ちなみに、藤も春だし……。
私は首を傾げると、秋の庭担当の生徒を探し始める。
うーん、というか、そもそも私には友達がいないのだったわ。
いるのは取り巻きだけだけれど、彼らに『お願い』したら、きっと『命令』だと解釈されるわよね。
脱悪役令嬢を目指す身として、それはどうなのかしら。
仕方がない。他に思い当たる相手といえば……私とは仲良くしたくないだろうけれど、この間嫌味を言ってきたクラスメイトの伯爵令嬢がいたわよね。
彼女の家紋は彼岸花で、秋の花だったわ。
「うふふ、私は善良な悪役令嬢よ」
自分にそう言い聞かせると、私は完全なる下心を持って、リコリス伯爵令嬢ラウラに近付いた。
声を掛けた時間帯が放課後ということもあって、運のいいことに、ラウラはこれから「秋の庭」に行くらしい。
私は婉曲に話を切り出した。
「秋と言えば食欲の秋、収穫の秋ですよね。たとえば『秋の庭』の隅っこの隅っこに、ちょっとだけ野菜を植えさせてもらったりできないものかしら?」
ラウラは呆れた様子で腕を組んだ。
「まあ、何を庶民のようなことを言っているのですか! どこの貴族が花壇に、それも、常に魔術を使用して秋の季節に保っている特別な庭の花壇に、花ではなく作物を植えるというのです!」
うん、貴族令嬢ならそう言うわよねー。
イベントのために協力してほしいと思ったけれど、ラウラの頑なな表情を見る限り、一筋縄ではいかないようだ。
「そもそも今は、我が家の家紋である彼岸花が咲き誇っていますのよ! 作物を植える隙間などありませんわ」
馬鹿にしたように言い切ったラウラは、難攻不落に見える。
うーん、何と説明したら、ラウラを説得できるのかしら?
ぐるぐると考えを巡らせるけれど、すぐには上手いアイディアが浮かばない。
悩んでいる間に、ラウラと私は「秋の庭」に着いてしまった。
すると、設置してあるベンチに、よく見知った姿が見えた。
「えっ?」
驚く私の声は、より大きなラウラの声にかき消される。
「まああああ、サフィア様!!」
どういうわけか、兄を見つめるラウラの頬が真っ赤になっていた。
……あ、あれ、ラウラはラカーシュが好きなのではなかったのかしら?
不思議に思ってラウラを見つめている間にも、彼女の頬がどんどん赤くなっていく。
「やあ、ラウラ嬢、秋の庭を楽しませてもらっているよ」
学園の女子生徒の名前を全て覚えていると言い切っていた兄は、さらりとラウラに呼びかけた。
それだけで、ラウラは嬉しそうに顔を輝かせる。
「サ、サフィア様にお越しいただけるなんて、光栄ですわ!」
「そうか。だが、実のところ、私はあまり花の良さが分からなくてね。君にこの庭を案内してもらえるとありがたいな」
「も、もちろんですわ!!」
感極まった様子で両手を握りしめるラウラににこりと微笑みかけると、兄はふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、もうすぐ『収穫祭』だな。イベントを盛り上げるために、特別なカボチャを栽培したいのだが、『秋の庭』を使用することは可能かな?」
兄の質問に、ラウラは食い気味に答えた。
「もちろんですわ!! この一帯に咲き誇っている彼岸花を、ちょうど全て摘み取ろうとしていたところだったのです!! そうしましたら、この一帯は何も植わらなくなるので、花壇が寂しくなると困っていましたの!! どうぞ、ぜひ、お使いくださいな!!」
「えっ、ラウラ様、あなた今さっき、野菜なんてとんでもないって……」
あまりの変わり身の酷さに、思わず指摘しようとしたけれど、ラウラの大きな高笑いにかき消される。
「おほほほほ、いやだわ、ルチアーナ様ったら! もちろん植物に貴賤なしですわ!! 秋にカボチャだなんて、季節感溢れるセレクトで、素晴らしいセンスの良さじゃあないですか!!」
「そうですか……」
ラウラのあまりの変わり身の早さに、私はがくりと脱力した。
いや、いいけど。協力してもらえるならば、これ以上は望まないけれど。
そうして、ラウラの気が変わらないうちに、カボチャの種子を買いに行くことにする。
どうやら兄は、これからラウラに「秋の庭」を案内してもらうようなので、兄を置いて買い物に行った。
カボチャの種子を買い、再び畑に戻ってくると、そこにいたのは兄1人だった。
しかも、既に彼岸花が撤去され、畑には新しい土が撒かれている。
そして、そんな状態の畑に、兄はよく分からない魔術陣を描いている最中だった。
その様子を見て、私は嫌な予感を覚える。
明らかにそこら辺に落ちていた棒を拾って、無造作に地面に書きつけている様子だけれど、その魔術陣を見ているだけで、背中がぞわぞわとしてきたからだ。
「……お兄様、何をやっているのですか?」
問いかけると、兄は手を動かしながら答えた。
「やあ、カドレアに返してもらったため、今の私には無駄に魔力があるからな。それを発散させる目的で、常駐の魔術陣を描いているところだ。呪文を唱えて魔術陣を展開する方法では、私が陣の上に立ち続ける必要があるだろう? 一方、直に書きつける方法だと、魔力が切れるか、陣が崩れるかしない限り、効力が持続するからな」
兄は軽い調子で話をしているけれど、このぞわぞわする魔術陣は相当魔力を喰いそうなので、通常であれば、魔術師の魔力の方がすぐに切れるはずだ。
けれど、兄の魔力量が桁違いであることは理解していたため、別のことを質問する。
「どんな効力が持続するのですか?」
「カボチャの生育の促進だ」
私の質問に対し、兄はあっさりと答えた。
けれど、兄の胡散臭い笑顔を見て、嘘ではないが本当でもないと確信する。
兄が私に嘘を吐くことはない。
そのため、兄が口にした植物の生育促進という効果は確かにあるのだろうけれど、恐らくそれ以外にも何らかの効果があるはずだ。
事細かに質問してもいいのだけれど、……そして、質問すれば兄は答えてくれるのだろうけれど、なぜだか聞いたら負けな気がする。
あるいは、兄の悪だくみに加担した形になると思われる。
そのため、私は「ほほほ、ご苦労様です!」とだけ言って、兄の手にカボチャの種子を押し付けると、早々にその場を退散した。
悪ノリをするという意味では、私は兄の足元にも及ばない。
だからこそ、兄にカボチャ担当という1番大事な役割を、安心して押し付けることにする。
イベントなので、少々悪ノリをした方が、楽しい結果につながるわよねと考えながら。
さすがに遅い時間だったので、私は生徒会室に寄ることなく、まっすぐ寮に戻ると、すっきりした気持ちで、授業の復習に取り掛かったのだった。