145 「収穫祭」という名の恋のイベント 4
「あっ、分かりました!」
私は教科書から顔を上げると、正面に座るラカーシュを見つめながら喜びの声を上げた。
―――生徒会室に通うようになって、1週間が経過した。
私は生徒会室の隅を借りて、毎日、授業の復習に勤しんでいるのだけれど、どういうわけか問題が解けなくて悩んでいると、見計らったようにラカーシュが声を掛けてくれる。
「ルチアーナ嬢、何か尋ねたいことはないか?」
ラカーシュが私の隣に立ち、そう確認してくる時は、私が100%の確率で問題に詰まっている時なのだ。
タイミングの良さに感心しながら、毎回、色々な問題を質問するのだけれど、意外なことにラカーシュは教え方が上手かった。
間違いなくラカーシュと私の頭のできは大きく異なっていて、これほどレベル差があれば、彼の言っていることを半分も理解できないだろうな、と事前に覚悟はしていた。
にもかかわらず、予想に反して、ラカーシュの説明は分かりやすく、するすると頭に入ってくるのだ。
全くレベルの異なる他人に分かりやすく説明できるなんて、ラカーシュは本当に頭がいいのだわ、と私は心から感心する。
「ラカーシュ様の教え方は、本当に分かりやすいですね。セリア様の優しい言葉に従って、生徒会室に通ってきてよかったです」
そう言うと、ラカーシュはうっすらと微笑んだ。
「君の役に立てて、私の方こそよかったよ」
ラカーシュは自然に微笑みを浮かべたのだけれど、それはつまり、私の目の前で完璧なる美形が表情を緩め、得も言われぬ極上の表情を見せたということだ。
その破壊力を目の当たりにした私は、ぐうっと言葉に詰まる。
ラカーシュはこれまで「彫像」として無表情を貫いてきたので、今のように突然、笑顔を見せられると、恐ろしいほどのダメージを受けるのだ。
次の言葉を継げずに、ラカーシュをじっと見つめていると、彼は笑みを収めて、頭を少し傾けた。
「ルチアーナ嬢は表情が豊かだな。何も言わなくても、どのようなことを考えているのかが大体分かる。しかし、……時々、今のように考えが読めない時がある」
……それはきっと、「ラカーシュが美しすぎて尊い」とか、「彫像が崩れるのも、またよし」とか、ラカーシュには理解できないことを考えている時のことだろう。
けれど、そんなことを言えるわけもなく、私はそわそわとした気持ちになって、ふっと視線を逸らした。
すると、部屋の中には私たちの他に誰もおらず、ラカーシュと2人きりだということに今さらながら気が付く。
以前、ラカーシュの城で2人きりになった時、『密室で2人きりなど、後からどのような言いがかりをつけられるか分かったものではない』とラカーシュから言われ、すぐにその部屋から退出させられそうになったことを思い出す。
「あっ!」
そのため、慌てた声を上げると、ラカーシュから訝し気な表情で見つめられた。
「どうした?」
「い、いえ、ラカーシュ様と密室に2人きりになってしまったことに、遅まきながら気が付いてですね。すみません、私は絶対に言いがかりは付けませんので……」
そう言いながら、今日はお暇しようと、机の上に散らばっている教科書やペンを両手でかき集める。
すると、ラカーシュが手を伸ばしてきて、私の手を押さえ込んだ。
「神聖なる学園の一室だよ、ルチアーナ嬢。たとえ私がどのような思いを抱いていたとしても、君の許可がない限り実行には移さない」
ラカーシュが言っている意味はよく分からなかったけれど、彼の話は主語が間違っていたため慌てて訂正する。
「えっ? い、いえ、私ではなくてラカーシュ様の方が、悪役令嬢な私から身を守りたいのかと思ってですね……」
「悪役令嬢? 流行りの言葉は分からないが、抗えないほど魅力的なご令嬢のことを、最近はそう表現するのかい?」
深窓のご令息であるラカーシュが、頓珍漢な質問をしてきたため、ぽかんと口を開く。
「へ?」
「……いや、思い出した。私が以前、そのような愚かな発言をしたのだったか」
ラカーシュは自分の過去の発言を思い出したようで、両手で顔の下半分を覆った。
「私は本当に……自意識過剰だったな。君が私に興味があるとの前提で、話を進めているのだから。ルチアーナ嬢、その節は失礼な発言をして申し訳なかった。今さらながら、発言を訂正させてもらえるだろうか」
「訂正ですか?」
取り消し、ではなくて?
「ああ。先日の発言を改める。『密室で2人きりになったとしても、君の許可がない限り、君の信頼を裏切るような真似はしないから安心してほしい』」
やはりいつの間にか主語が変わっていて、私でなくラカーシュの行動の話になっていたけれど、発せられた内容がいかにも紳士的な彼らしいものだったため、私は笑顔で頷いた。
「もちろんですわ、ラカーシュ様!」
すると、ラカーシュは花が開くようにふわりと微笑んだ。
「ありがとう、ルチアーナ嬢。君に信頼されると、自分が立派な人物になったように思えるよ」
まあ、ラカーシュったら謙遜もいいところだわ、と思いながら言葉を重ねる。
「ラカーシュ様は十分立派ですよ! 妹思いですし、高潔ですしね」
そう言うと、ラカーシュはきゅっと唇を引き結んだ。
それから、躊躇いがちに口を開く。
「ルチアーナ嬢、……1つお礼を言わせてくれ」
「はい?」
こんなに毎日お勉強を教えてもらっているのだから、お礼を言うのは私の方じゃないだろうか。
「先日、私は……私のことを知ってほしいと、君に頼んだね」
うっすらと赤らんだラカーシュの頬を見て、彼が仄めかしていることが、レストランでの告白のことだと思い当たる。
「後から自分の発言を反芻してみたが、君に私の感情を押し付け過ぎたのではないかと反省していたのだ。しかし、君はきちんと私と向き合ってくれようとしている。そのことに感謝する」
「ええと、いえ、はい……」
もごもごと返事をする私の回答は、自分で聞いても、肯定なのか否定なのかが分からなかった。
ラカーシュは手を伸ばしてくると、机の上に乗せていた私の手の上に、自分のそれを重ねた。
「ルチアーナ嬢、私の態度に気に入らない部分があれば、遠慮なく言ってくれ。私はずっと自分が正しいと思う生き方を貫いてきた。恐らく女性が好むような、楽しい性格はしていない。しかし、今は君から気に入られたいと考えている。指摘してくれれば、君の好みに合うように直すから」
「いえ、そんな! ラカーシュ様は完璧ですよ」
とんでもないことを言われたわ、と慌てて言い返したけれど、ラカーシュはそうでないと首を横に振った。
「私は完璧でなく、君の好みになりたいのだ」
いつも読んでいただきありがとうございます!
すみません、1つ告知を忘れていました。
ノベル3巻発売に合わせて、出版社HPにSSを掲載しております。
〇SQEXノベル「溺愛ルート」
https://magazine.jp.square-enix.com/sqexnovel/novel/2022.html#m3-01
「ルチアーナ、セリア&ユーリアとパジャマパーティーをする」
また、別作品「身代わりの魔女」が2章まで完結しました。お時間がありましたら、覗いてもらえれば幸いです。書籍化を予定しています。
(下にリンクを貼っています)