143 「収穫祭」という名の恋のイベント 2
私の自信満々な様子を目にしたセリアは、期待に満ちた表情を浮かべた。
「まあ、お姉様のその表情! ご相談したばかりなのに、もしかしてもう新しいアイディアが浮かびました?」
そんなセリアに対し、私は不敵な笑みを浮かべる。
ふっふっふ、違うわ、セリア。
アイディアが浮かんだのではなく、そもそも私は正解を知っているのよ。
なぜなら実際に『収穫祭』のイベントを、ゲームでやったことがあるからね!
長年の乙女ゲーム愛好家であった私は、我慢できずに口を開く。
「セリア様、たとえば今回は男性全員に、『定型文』を決めてもらうのはどうでしょうか」
「『定型文』……ですか?」
セリアは戸惑った表情で、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
そんな彼女に対して、大きく頷く。
「そうです! これまでの『収穫祭』では、男性の皆さまは複数の『甘い言葉』を準備していて、それらをランダムに使用していましたよね。たとえば1番目の女性には『今日も可愛いね』、2番目の女性には『今日は特別綺麗だけど、僕のためかな?』、3番目の女性には『声を掛けてくれて嬉しいよ』、そして、4番目の女性には『今日も可愛いね』と繰り返す、とかです。けれど、今回は1人1つしか『甘い言葉』を用意しないんです。そして、誰に指されようとも、同じ『甘い言葉』を返すのです」
「まあ」
私の企画の全貌が分かっていないセリアが、曖昧な言葉を返す。
「このイベントのため、生徒会では前もって回答用紙を用意しておきます。そして、女子生徒たちは聞き取った『甘い言葉』をその用紙に記入し、その数で順位を競わせる、全員参加型のゲームを実施するのはどうでしょう。あるいは、点数制にすると、もっと盛り上がると思います。エルネスト殿下やラカーシュ様のように、遭遇するのが難しい相手は3ポイント、それ以外の男性は1ポイントにして、一番総合ポイントが高かった方を優勝者とする、とかですね」
「まあ!」
私の提案内容を理解したセリアが、瞳をきらきらと輝かせ始めた。
「さらに優勝者には、後日、ご希望の男子生徒の寮の部屋に招待されるという特典を付けるのはどうでしょう?」
「まあ!!」
セリアはソファから立ち上がると、ぱちぱちと拍手を始めた。
離れた場所では、ジャンナも立ち上がって拍手をしている。
「天才! ルチアーナお姉様は天才ですわ!! 何て魅力的なゲームかしら!!」
「いえいえ、それほどでもありませんわ」
発した言葉は謙遜の形を取っていたけれど、表情が裏切っていることは分かっていた。
なぜなら自分でも、渾身の回答だと思っていたからだ。
ふっはっはっはっは、前世の私は誰とも付き合ったことがなかったため、永遠の乙女だった。
結果、乙女の気持ちを30年近く持ち続けていたため、乙女たちが乙女ゲームに何を求めているのか、私はとても良く分かっているのだ。
最後に付け足した『優勝者を男子生徒の寮の部屋にご招待』は、そんな私のオリジナル提案だ。
そして、永遠の乙女である私が断言しましょう!
全ての女子生徒が、今回の『収穫祭★甘い言葉収集ゲーム』に夢中になることを!!
キラキラした目で私を見つめてくるセリアとジャンナとは対照的に、ラカーシュはドン引きの表情を浮かべ、カレルは恐怖の表情を浮かべていた。
けれど、私は彼ら2人のことを丸っと無視した。
なぜならここは乙女ゲームの世界なのだ。
全てのイベントは乙女が楽しむためにあり、男子生徒はその協力者でしかないのだから!
「……ルチアーナ嬢が提案してくれたのは、とても素敵なゲームだと思うが、少し斬新すぎやしないかな?」
ラカーシュが婉曲にゲームの内容に否やを唱えてきたが、セリアとジャンナは笑顔で首を横に振る。
「いいえ、ちっとも! 全ての女子生徒が夢中になる、素晴らしい企画ですわ!!」
「ええ、その通りです!!」
2人の様子を見て、一瞬押し黙ったラカーシュだったけれど、再度、口を開く。
「では、100歩譲ってそのゲームを実施するにしても、私のポイントを特別高くする必要はないだろう? その……、私とエルネストが同じ得点というのも不敬な話だ」
ラカーシュはよっぽど、このゲームで重要な位置を担いたくないようだ。
国王夫妻以外で唯一「エルネスト呼び」が許されているラカーシュは、誰もが認める王太子と並び立てる存在だ。
にもかかわらず、並び立つのは不敬だと言い始め、親友のエルネスト王太子を売り飛ばすような発言までしてきた。
けれど、ラカーシュの努力は報われることなく、セリアとジャンナは当然のように笑顔で首を横に振った。
「いいえ、ちっとも! お兄様はエルネスト様に負けず劣らず大人気ですもの!!」
「ええ、ええ!! 彫像に血が通っ……近付きやすくなったと、最近、ラカーシュ様は人気急上昇中ですから! むしろ、王太子殿下の不動の人気も危うくなったのではないか、との評判まで出ているくらいです!!」
「……そうか」
公爵家嫡子として、女性の意見に正面から反対しないよう育てられてきたラカーシュは、それ以上言葉を続けることができなかったようで、気落ちした様子ながらも引き下がった。
彼の納得しきれていない様子を見て、今度は私が口を開く。
「ラカーシュ様、これこそが『貴族の義務』ですよ! 『収穫祭』は人事交流を目的に開かれるイベントです! 普段は消極的で、ラカーシュ様に近付きたくても近付けない乙女たちが、ゲームの名の元にラカーシュ様に近付ける千載一遇のチャンスなのですから」
「いや、確かに『収穫祭』は人事交流を目的に実施するが、『貴族の義務』では、……義務というのは少し違うと思うが」
弱々しく反論してくるラカーシュの言葉を、私は勢い込めて遮った。
「何も違いませんよ! 恥ずかしがり屋の乙女たちには、『高ポイントだから』というラカーシュ様に近付くための特別な理由が必要なのです!! そして、このイベントこそが、これまで引っ込み思案だったご令嬢たちが、社交的に変化する転機になるかもしれないのです! つまり、ラカーシュ様はご令嬢たちが美しい蝶になるお手伝いをしているのですよ!!」
「これは、そんな話だろうか……」
納得しかねるといった表情で、疑問を呈してくるラカーシュの前で、私はぱちんと両手を打ち鳴らす。
「ああ、そうですね! 確かに学園には、物凄く内気なご令嬢もたくさんいますから、その方々のことも考えなければいけませんね! では、優勝賞品には『希望の生徒の私室招待券』の他に『図書室の自由使用券』も加えましょう。これでしたら、『図書室を自由に使いたいから、このゲームに勝ちたいんです』という良い言い訳になりますものね」
「いや、そこまでして参加者を増やす必要は……」
小さな声で反対意見を述べるラカーシュを、セリアの興奮した声が遮る。
「天才! ルチアーナお姉様は本物の天才ですわ!! それなら間違いなく、全ての女子生徒がこのゲームを楽しむことができますわ! まあ、一体どうやったら、そのように次々とアイディアを出せるのですか?」
「おほほほほ、セリア様、私はこの手のアイディアでしたら、無限に思い付くことができますわ!!」
私の乙女ゲーム的な発想を褒められ、支持してもらったことで、嬉しくなった私は高笑いをする。
ああ、残念。こういうところにまだ、私の悪役令嬢気質が残っているわね。
その気質が、前世の乙女魂と結合したことで、タガが外れてしまったようだわ。
分かっていたけれど止められずに高笑いを続ける私を、セリアとジャンナはうっとりとした表情で見つめ、ラカーシュとカレルは引きつった表情で見つめていたのだった。