142 「収穫祭」という名の恋のイベント 1
「生徒会室といえば、皆の憧れの部屋よね!」
私は燦然と輝く「生徒会室」と記されたプレートを見上げながら、この世界の元になった乙女ゲームを思い浮かべて独り言ちた。
なぜならゲーム内で、『学園内、憧れの部屋ランキング』なるものが開催されたことがあり、生徒会室は栄えある第6位か第7位に入っていたからだ。
順位を聞くと、一見低いように思われるが、それより前の順位は全て個人の部屋が選ばれていた。
つまり、1位はエルネスト王太子の寮の部屋、2位はラカーシュの寮の部屋……と、攻略対象者の部屋が延々と続くのだ。
乙女ゲームのプレイヤーは欲望に忠実だと思った瞬間だった。
そのランキングにおいて、私室を除くと1番入ってみたい部屋……それが生徒会室だったのだ。
ああ、皆の憧れの部屋に私は今から足を踏み入れるのね、と考えながら、そわそわした気持ちでノックすると、扉を開ける―――実のところ、前世の記憶が戻る前に何度か入室したことがあったけれど、その時は王太子が目当てで、彼しか目に入っていなかったため、部屋自体に着目するのは初めてなのだ。
扉を開けた先には、広い部屋が広がっていた。
突き当りの壁に大きな窓があり、その手前には豪華な生徒会長用の執務机が設置されている。
その両脇に役員用の机が並び、それぞれの机の上に洒落た羽ペンや高級そうな本が積んであった。
ぐるりと見回すと、他にもテーブルとソファ、装飾された暖炉が配置されていたため、思わず2度見する。
えっ、学校の生徒会室にいかにも高級な装飾された暖炉ですって!?
と、一瞬その豪華さに驚いたけれど、この建物は元々、王妃様の離宮だったのだから、高級感溢れる仕様も当然だと納得する。
視線をずらすと、部屋の中に4人の生徒がいることに気が付いた。
ラカーシュとセリア、それから知らない男女が一人ずつだ。
セリアは私の姿に気が付くと、すぐに小走りで駆け寄ってきた。
「ルチアーナお姉様、来てくださってありがとうございます!」
そう言いながら、私の腕に腕を絡めてくる。
「お久しぶりですわ、セリア様。お邪魔してよろしいかしら?」
「もちろんですわ!」
ラカーシュがいつの間にか近くに立っており、私の代わりに扉を閉めてくれた。
本人の説明によると、セリアは生徒会の書記をしているとのことだった。
それから、部屋にいた2人が自己紹介をしてくれた。
「はじめまして、生徒会会計をしておりますクロポトフ子爵家のジャンナ、2年Bクラスです。実家は商会を経営しております」
ジャンナはアプリコット色の髪をした可愛らしい女性だった。
「庶務をしているバラーク男爵家のカレル、1年Bクラスです」
カレルは赤銅色の髪をした整った顔の男性で、必要最小限な紹介をすると、口を噤んで目を逸らした。
その態度から、ああ、どうやらカレルはルチアーナが嫌いなのね、とピンとくる。
前世の記憶が蘇るまでのルチアーナは典型的な悪役令嬢だったため、それも仕方がないことかもしれない。
というか、以前のルチアーナは王太子に夢中で、つきまといの一環として生徒会室に何度か来たことがある。
王太子しか目に入っていなかったので、他の生徒がいたかどうかは不明だけれど、もしかしたらカレルがいたのかもしれない。
「あー」
間近でルチアーナが王太子に誘いかける様子を見たとしたら、嫌になっても仕方がないわね。
納得した私は、セリアに勧められるままソファに座った。
セリアもソファに座ってくると、瞳をきらきらと輝かせた。
「お姉様、実は私、凄く困っているのです!」
満面の笑みで発言する様子からは、全く困っているように見えない。
一体どういうことかしら、と不思議に思いながらセリアを見つめる。
すると、セリアは思ってもみないことを口にした。
「およそ1か月後に『収穫祭』があります。お姉様もご存じでしょうが、10月末日のその日は授業がなく、1日かけて生徒会主催のイベントが行われるのです」
もちろんそのイベントのことは知っている。
「ええ、誰もが『魔法使い』や『獣人』、『エルフ』などに仮装して過ごし、学年を超えた交流を楽しむイベントですよね」
……そう、『収穫祭』とはハロウィンのことだ。
この世界は、前世でプレイした乙女ゲームが元になっている。
そして、そのゲームは日本で作られていたため、日本の様々なイベントがゲーム内にも組み込まれているのだ。
ただし……。
考えに没頭していると、セリアが嬉しそうに手を打ち合わせた。
「そうなのです! それで、今年はぜひこれまで以上にイベントを盛り上げたいので、お姉様のお力をお借りしたいと思ったのです」
にこにこと楽しそうに微笑むセリアを前に、私は思考の続きに戻る。
ただし、……ここはあくまで乙女ゲームの世界なのだ。
そのため、全てのイベントが恋する乙女のためのものになっている。
つまり、実際のハロウィンは「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ」というのが決まり文句で、お菓子をあげるか、いたずらをされるかを選ばせるのが定番の行動だった。
けれど、ここでは、「甘い言葉をささやかなきゃ、いたずらするぞ」という乙女のためのイベントになっているのだ。
つまり、その日は女性全員にスティックが手渡されるのだけれど、そのスティックで指された男性は必ず、甘い言葉を口にしなければいけない決まりなのだ。
まさに、ザ・乙女ゲームの世界!
……いや、楽しいけど。
王太子をスティックで指せば王太子が、ラカーシュをスティックで指せばラカーシュが、甘い言葉をささやいてくれるのだ。
文句なしに楽しいイベントであることは間違いない。
「毎年、同じことの繰り返しで、目新しさがないものですから、何か新しいイベントを企画できればと思っているのです」
そう言いながら、期待を込めてセリアが見つめてくる。
そのため、私は自信満々に頷いた。
まかせてちょうだい、セリア!
乙女のための新たな恋のイベントね。
私には完全に、その答えが見えているわ。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
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ゲーマーズ様、フェア参加電子書店様、とらのあな様、WonderGOO様、メロンブックス様、TSUTAYA様&全国のフェア参加書店様、アニメイト様にてのご購入となります。
なくなり次第終了の特典となります。活動報告に詳細を記載していますので、よければ覗いてみてください。
どうぞよろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾