140 彫像、人になる 2
ラカーシュが返事を待っている様子だったため、私はそのわずかな時間にぐるぐると考えを巡らせた。
周りでは女子生徒たちがそわそわとし始める。
「涙?」
「涙??」
「ラカーシュ様の涙!? ……見たい」
……そう、いつだって乙女たちは欲望に忠実なのだ。
私はそんな女子生徒たちを目の当たりにし、背中がひやりとする感覚を覚える。
ラカーシュはふらりと教室に入ってきただけだというのに、女子生徒たちは一瞬で視線が釘付けになり、彼の言葉に熱心に耳をそばだて、その内容に想像を膨らませている。
誰がどう見ても、ラカーシュは女子生徒の憧れの的だ。
そんなラカーシュに告白されたことがバレたら、大変な目に遭うことは火を見るよりも明らかだ。
そもそも私は、ラカーシュと誠実に向き合いたいと思ったけれど、大変な目に遭いたいとは思っていない。
告白とは密やかに行うものであって、大勢に知らしめるものではないはずだ。
くうっ、ラカーシュめ、慎みがないにも程があるわ!
私は相手の出方を見極めようと、ちらりとラカーシュを見上げる。
……1番避けたいことは、ラカーシュが私に好意を持っていることを知られることだ。
さらに言うならば、観劇に一緒に行ったことも知られたくはないけれど、何もかも望みが叶うわけではない。
そう、背に腹は代えられないのだ!
ラカーシュからの告白を隠蔽するために、観劇への同行をオープンにするくらいは仕方がないだろう。
後から考えたら、ちっとも「くらい」ではないのだけれど、追いつめられていたため、判断が甘くなる。
私は机の上に置かれていたラカーシュの手に、自分の手を重ねるとぎゅっと握り込んだ。
それは、ラカーシュに逃げられないようにするための手段だったのだけれど、彼は動揺したように体をびくりと跳ねさせた。
私は椅子から立ち上がると、ラカーシュに顔を近付け、誤魔化すための言葉を発する。
「ラカーシュ様、あの劇は非常に感動的でしたわ! 感情の発露として涙が零れたとしても、ちっとも恥ずべきことではありません。それに、感動のまま私に感想を述べられ、同じように感じるだろうと同意を求められたことを『迫った』とは言いませんわ」
私の声は周りで成り行きを見守っている女子生徒たちに聞かせるためのものだったため、良く通る大きなものになっていた。
そのため、誰もが私の声をはっきりと聞き取ったようで、安堵のため息がそこここで零れる。
「あっ、そ、そういうことでしたのね! やだわ、美し過ぎるラカーシュ様の口から出た言葉だったためか、ちょっとおかしな想像をしてしまいましたわ。すげないルチアーナ様の足元に、涙ながらに追いすがるラカーシュ様の姿、なんて」
「まあ、お恥ずかしいけれど、私もですわ。ラカーシュ様のそんな姿は絶対に見たくないけれど、ちょっとだけ見たいような気もしますわね」
少し『乙女遊び』が酷い気もするが、相手が『歩く彫像』のラカーシュであれば仕方がないことだろう。
……そう、結局のところラカーシュは皆のアイドルで、誰だって信じたいことを信じるのだ!
ほっと胸を撫で下ろしていると、別の女子生徒たちが恐ろしい記憶力を発揮し始めた。
「よかったわ。忘れたふりをしていましたけど、以前、ラカーシュ様は『君のことしか考えられない』とルチアーナ様に言っていましたでしょ。あれは、やっぱりそういうことなのかしらと、どきどきしていたところでしたの」
「まあ、でも、あの時は陸上魔術師団長がいらしていたでしょう。あの方は『魅了』の公爵家の方だから、その特殊魔術の影響でラカーシュ様はルチアーナ様に普段にないことを申し上げたのだと聞きましたわ」
凄い、乙女たちの妄想が凄い。
……私も同じようなことを考えて誤解していたことだし、どうやら皆、似たようなことを考えるようだ。
とりあえず誤魔化せたようだわと安堵してラカーシュを見上げると、彼の白皙の頬がうっすらと赤くなっていた。
どうしたのかしらと不思議に思って首を傾げると、彼は困ったように要望してきた。
「……すまない、ルチアーナ嬢。別のことに気を取られて、君の言葉がよく聞き取れなかった。申し訳ないが、もう一度繰り返してもらえないだろうか」
もちろん、もう一度繰り返すはずがない。
生真面目なラカーシュのことだから、私の言葉を正確に聞き取ったならば訂正してくるだろう。
けれど、あいにく私は、全力でラカーシュの告白を秘匿したいのだ。
そのため、私は悪役令嬢としての全スキルを発動すると、嫣然とした微笑みを作り、ひたりとラカーシュを見つめた。
「ラカーシュ様は公明正大で、何一つ隠し事をしない方だと分かっていますが……あの夜のことを人前で話すことはお止めくださいね。乙女には自分だけのものにしておきたい秘密ごとがありますから。……その代わり、ラカーシュ様のなさった行為の全てを許しますわ」
……さあ、効いたかしら?
心の裡で3秒数えて微笑みを収めると、ラカーシュは私が押さえていない方の手で顔を隠した。
え? と驚いて、思わず押さえていた手を離すと、ラカーシュはそちらも持ち上げて両手で顔を隠した。
ええ?
どうしたのかしら、と首を傾げていると、女子生徒たちが周りでざわざわと騒めき始めた。
「……い、色仕掛け? ル、ル、ルチアーナ様は今、色仕掛けを試みられましたわよね?」
「あ、さあ、どうでしょう? 手を握る、というのは友人同士でもある行為ですので……これが色仕掛けに入るかというと……」
「でも、ラカーシュ様には効いていますよね」
一拍の間の後、女子生徒たちは声を揃えて同じ言葉を口にした。
「「「……ラカーシュ様はピュアですね!!」」」
い、いやいや、確かに勢いでラカーシュの手を押さえてしまったけれど、全てにおいてそつのないラカーシュが、それだけのことで動揺するはずもない。
けれど、ピュアという評価は悪いものではないはずだ。
ラカーシュにはその評価を甘んじて受け入れてもらって、そのインパクトで誤魔化してしまおう。
私は動揺しているラカーシュに付け込むために、とどめの一言を発した。
「ラカーシュ様、私たちだけの秘密にしてくださいますよね?」
ラカーシュは両手で顔を覆ったまま、無言でこくこくと何度も頷いた。
いつも読んでいただきありがとうございます!
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〇次にくるライトノベル大賞2021「溺愛ルート」受賞一覧
★総合 第6位
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