135 兄妹デート 5
なぜ恋愛に制約をかけているのかと聞かれたら、ここが乙女ゲームの世界で、私が悪役令嬢だからだ。
この世界はゲームの主人公のためのもので、悪役令嬢である私が攻略対象者とかかわりを持てば、ヒロインとの恋路を邪魔したと断罪されることが決まっているのだから。
……と言ったら、頭がおかしいと思われるのだろうな。
どうしたものかしらと、ちらりと兄を見ると、私の言葉を待っている様子でこちらを見つめていた。
結局のところ、兄は面倒見がいいのだ。
ラカーシュの城に行きたいと言った時も、全てを手配してくれ、付いてきてくれ、魔物討伐まで協力してくれたのだから。
兄の発言内容から判断するに、私が攻略対象者を避けていることに気付いているようだけれど、気付いたタイミングが今日ということはないだろう。
恐らく兄は前々から気付いていて、私の様子を見ながら、確認するタイミングを計っていたのだ。
そして、ラカーシュとジョシュア師団長に告白されたタイミングを狙って、確認してきたのだ―――私がこの2人の気持ちに正面から向き合えないと、申し訳なく思っていることを感じ取って。
「お兄様は私の心が読めるのではないかと、思う時があります」
そうでなければ、これほど絶妙のタイミングで確認してこれるはずがない、と考えていると、おかしなことを言うとばかりに片方の眉を上げられた。
「そんな人知を超えた能力が、私に備わっているはずがないだろう。私はただ、お前をよく見ているだけだ」
それは、色々と気付くほど、いつだって私を見ているということだろうか。
そちらの方が、凄いことをされている気持ちになる。
私はもう色々と負けた気になり、観念して口を開いた。
「お兄様の言う通りです。私は恋愛に制約があります。それは……」
けれど、そこで何と説明したものかと口ごもる。
ここは乙女ゲームの世界だと話をしても、とても通じるとは思えないし、そもそもゲームが何かから説明しなければならない。
必要のない部分は割愛して、分かりやすく説明すると……。
あっ、閃いたわ!
「お兄様、世の中には『運命の恋』というものがあるのです!」
「運命の恋?」
兄は胡散臭いものを見るかのように、目を細めた。
「はい、この世界には一人の選ばれた女性がいて、彼女の恋は何があっても必ず成就するのです。なぜなら『運命の恋』だからです。そして、そのお相手となるのが、王太子殿下、ラカーシュ様、ジョシュア師団長といった方々のうちの一人なのです」
「ふむ、お前がなぜそのようなことを知っているのかが気にはなるが、……その『運命の恋』とやらは、それほど高確率で叶うのか?」
「ほぼ100%です! そして、お相手がどの男性だったとしても、ヒロインにメロメロになります! そのため、もしも私が彼らとかかわりを持っていたら、『運命の恋』を邪魔したと断罪されるのです!!」
真顔で言い切ったというのに、兄は馬鹿げた話を聞いたとばかりにぷっと噴き出した。
「ははっ、ラカーシュ殿がお前以外の女性にメロメロになるのか。その挙句、お前を断罪するのか。……いや、悪かった。お前の話を馬鹿にしているわけではなく、あまりにも突拍子がない話だったため、微笑ましく思っただけだ。それはまた、逆に見てみたくなるな」
吞気な様子で、兄が冗談を口にする。
お遊びではないのに、とむっとして眉を吊り上げると、兄はひらひらと手を振った。
「だが、断罪とは穏やかでないな。一体何が行われるのだ?」
「それはもちろん、ラカーシュ様にしろ、ジョシュア師団長にしろ、高位貴族ですからね! 持てる権力の全てを使って、私を潰しに来るのです!! たとえば侯爵家が取り潰されて、お兄様を含めた家族全員で追放されるとか! あるいは、私が修道院に閉じ込められるとか、そういうことです!」
「ほう、ラカーシュ殿やジョシュア師団長が私に向かってくるのか。これはまた、楽しめそうだな」
ぱきぱきと指を鳴らす兄を見て、全然分かっていないと思う。
「お、お兄様、私は真面目な話をしているんですよ! 侯爵家が取り潰されて、一家で放逐される話は冗談ではないんです!!」
言い募る私の脳裏に、ぼろぼろの服を着て、追い出された侯爵邸を羨ましそうに見上げている家族の姿が浮かんでくる。
脳内の兄も、それはぼろい服を着ているのに、目の前の兄はこの悲惨さを全く理解していないのだ!
「うむ、お前も恋を夢見るご令嬢だからな。恋愛に重きを置いて、恋愛のもつれで侯爵家が潰されることがあり得ると考えているのかもしれないが、……現実的な話をすると、我が侯爵家はそう軽いものでも、脆いものでもない。そのうえ、私にしろ、父にしろ、黙って潰されるのを見ているはずもない。政治的な失敗を犯したわけでもないのに、侯爵家が取り潰されることなどあり得ないだろう」
「えっ?」
当然のことのように、私の言葉に反論してきた兄に驚く。
私の中で、断罪されることは絶対的な未来であるのに、兄にとってはそうでないのだと気付かされ、素直に驚いたのだ。
確かに、我がダイアンサス侯爵家は歴史が古く、貴族同士のつながりも多く、そう簡単にどうにかなるとは思えないけれど……。
いえ、そんなことは関係ないわ! とぷるぷると頭を横に振る。
きっと、ヒロインの可憐さにやられた攻略対象者が、全力で私を断罪しにかかるのだ。それこそ、家ごと潰すくらいの勢いで。
「お兄様、ラカーシュ様のところのフリティラリア公爵家のお城を見た時に、私は思ったんです。『これだけの広大な領地を所有し、美しく維持するお金と権力を持っているのだから、もし、この一族が本気で私たち一家を放逐しようとしたら、それは赤子の手をひねるようなものだろう』と」
「ふむ」
兄もフリティラリア公爵家の城を目にしているので、私が言いたいことは伝わるはずだ。
私はできるだけ恐ろしさが伝わるようにと、脅すような表情を作って話を続ける。
「もちろんただの恋愛のもつれですが、公爵家だか王家だかのお金と権力の全てを使って、我が家を潰しにくるのです! その方法として、もしかしたら政治的な失策を犯したように見せかけてくるかもしれませんね」
「……ラカーシュ殿だか、ジョシュア師団長だかは、それほどまで恋に愚かになるのか?」
兄は疑わしいと言わんばかりに顔をしかめたけれど、すぐに表情を改めると、私に視線を定めてきた。
「分かった。一旦、その話は置いておこう。それで、ルチアーナ、お前はどうしたいのだ?」
「え?」
質問の意味が分からずに問い返すと、兄は気安い様子で補足してきた。
「『運命の恋』とやらが機能しないとしたら、お前はどうしたいのだ。ラカーシュ殿やジョシュア師団長との恋愛を楽しみたいのか? それとも、彼らを避けて、私と2人で暮らすか?」
兄の極端な質問に、私はぱちぱちと瞬きを繰り返した。