128 ジョシュア師団長逆攻略計画 2
まずい、まずい、まずい。
何だかよく分からないけれど、ジョシュア師団長がよく分からないことを言い出してしまった。
王国に4つしかない公爵家の嫡子で、『魅了』の継承者で、王国魔術師団長だ。
経歴だけでも凄いけれど、加えて大人の色香を伴った麗しい美貌の持ち主だ。
無理だと思う。
それが何事にせよ、師団長に本気でかかられたら、私は絶対に負けると思う。
けれど、そうだとしても、世の中には絶対に負けられない戦いがあるのだ。
ばくばくと高鳴り出した心臓を押さえ、まずは相手の出方を見るべきだわと、師団長の言葉に集中する。
「ええと、その、つまり、私はどうすればいいのでしょうか?」
「もしもあなたがラカーシュ殿からの告白に迷うものがあれば、承諾の返事をするのを待ってほしい」
「へきゃ!」
おかしい、おかしい。
ラカーシュへの返事が、承諾前提になっている。
いや、勿論私ごときがラカーシュの告白を断ることなど分不相応なため、承諾以外の選択肢は存在しないと師団長が考えるのは当然だろうけれど。
でも、人には事情があるので、もしかしたら、ことによっては、私がラカーシュを拒絶する未来もあるかもしれませんよ。勿体なさ過ぎて、罰が当たりそうですが。
「え……と、その……」
何と答えたものかと言葉を探す私に対し、師団長は困ったように眉を下げた。
「申し訳ない、ルチアーナ嬢。あなたを困らせるつもりは一切ないのだが、結果として困らせているな」
「い、いえ」
それ以外答えようがなく、私は心を落ち着けようと、目の前の師団長から視線を逸らした。
すると、師団長は大人の男性らしく、同じように顔を背けてくれた。
恐らく、私がゆっくりと落ち着くための時間をくれたのだろう。
私は何度か深呼吸をすると、心を決めて師団長に視線を戻す。
すると、ジョシュア師団長も顔を戻し、真剣な表情で見つめ返された。
「ルチアーナ嬢、あなたにとって私の話は唐突で、困惑させていることは十分理解している。だが、……よければ最後まで聞いてほしい」
こんな真摯な態度の師団長を拒絶できるはずがない。
「は、はい」
私がこくりと大きく頷くと、師団長は少しだけほっとしたような表情を見せた。
それから、口を開く。
「私にはずっと望み続けたものがあった。だが、一方では、絶対にその望みが叶わないことを理解していた。だからこそ、生涯手に入れることはできず、焦がれ続けるしかないのだと諦めかけたその時、……あなたが運命を書き換えて、私の望みを叶えてくれた」
「いや、それは……」
もしも師団長が仄めかしていることが『魅了』の能力だとしたら、元々彼のものになるはずだったもので、私は何もしていない。
そう答えようと口を開きかけたけれど、いや、待てよと思う。
確かに私が何も行動しなかったとしても、いずれ『魅了』の能力は師団長のものになっただろう。
けれど、その未来にダリルはいなかったかもしれない。
想像でしかないけれど、きっと魔法使いを見つけることができなかった東星はダリルとの契約を履行せず、ダリルは新たなる生を与えられなかったのではないだろうか。
なぜなら、ダリル・ウィステリアとして再び生を受けたならば、ダリルは『魅了』の継承者であり続けるため、ジョシュア師団長がその能力を継承することはなく、ストーリーが大きく変わってしまうからだ。
そうだとしたら、弟思いのジョシュア師団長は一生涯、後悔するだろう。
彼が望み続けた『魅了』の能力は、弟の死とともに授かったのだと、深く深く後悔するだろう。
そのため、師団長が望むものを入手するために私が助力したというのは間違いではないかもしれない。けれど……。
「私1人ではなく、皆で協力したおかげですよ」
こちらの方が真実だわ、とまっすぐ師団長を見つめながら口にすると、ふっと小さく微笑まれた。
「ああ、そうだね。あなたはそう言うだろうと思っていたよ」
それから、師団長は眩しいものを見るかのように目を眇めた。
「ルチアーナ嬢はダリルに新しい人生を与えてくれた。だからこそ、ダリルは手の甲から藤の紋を消し去り、しがらみのない人生を選び取ることができた。同時に、私は『魅了』の継承者となることができ、毎日が望み描いていた素晴らしいものに変わった。とても素晴らしいものに」
そのことについての報告は聞いていた。
オーバン副館長とルイスの立ち合いの元、ジョシュア師団長がダリルの手の甲から藤の紋を消し去ったということは。
けれど、師団長がどう感じたかについては、今初めて教えてもらった。
私を見上げる師団長の表情に危険なものを感じ、少しだけ体を後ろにずらす。
すると、師団長はどこかを痛めたような表情をした。
「……ねえ、ルチアーナ嬢、叶わない望みを抱き続けることは辛い。何度も、何度も、望んだ強さの分だけ、自分が傷付く形で返ってくるからだ。だから、もう諦めようとしたその時、あなたは私に教えてくれた。たとえ傷付いたとしても、行動し続けなければ、望みの物を手に入れることはできないと。あなたは私にとって、正しい道を示してくれる光だ」
ジョシュア師団長は一旦言葉を切ると、はぁと悩まし気にため息を吐いた。
それから、長い髪を気だるげにかき上げる。
「だからこそ、私はあなたに側にいてほしいと思う。私は間違いなくあなたに魅かれているが、……この歳まで恋をしたことがないので、そのやり方が分からない」
「……っ」
少しだけ頬を赤らめて、恥ずかしそうな表情で告白してくる師団長を見て、真正の魔性だと思う。
言われなくても分かっている。
私のように相手がいなかったから恋ができなかったのではなく、師団長は星の数ほどいた彼に恋する乙女の誰の手も取らなかったから恋をしなかったのだ。
にもかかわらず、師団長はそのことを仄めかしもせず、まるで彼にそのチャンスが一度もなかったかのように、ただ『恋のやり方が分からない』と恥ずかしそうに告白してきた。
一切の駆け引きをせず、まるで恋愛初心者のように麗しい顔を赤らめてこられては、……さらに恋愛初心者である私が応対できるはずがない。
凍り付いたように、思考と体が停止していると、師団長はゆっくりと私の片手を取り、その甲に唇を落とした。
「だから、私にあなたの時間をくれないか。あなたが受け入れてくれるならば、私は簡単に恋に堕ちるだろう」
「ひぎゃ!!」
触れられたことで体の硬直が解けたようで、私は奇声を上げるとソファから飛び上がった。
そんな私を、ジョシュア師団長が心配そうに見つめてくる。
「ルチアーナ嬢?」
私を見上げる師団長の瞳に、熱が籠っているように思えるけれど……。
「お、お言葉を返すようですが、師団長がこれから恋をしたいのであれば、私以外の方を選ばれるのはいかがでしょうか。失礼な物言いになったら申し訳ありませんが、師団長の告白は責任感の強さからきているように思われます。恐らく、師団長は腕を失ったサフィアお兄様へ罪悪感を覚えていて、だからこそ、兄が守護すべき私を代わりに守ろうとしているのではないでしょうか」
私の言葉を聞いた師団長は、驚いたように目を見開いた。
それから、目を伏せると小さな声で肯定する。
「……いくらかはその通りだ。私もサフィアと同じ長男だからなのか、年長者として兄弟を守りたいという気持ちが強くある。サフィアから頼まれたわけではないが、彼の分まであなたを守りたいと思ったことは確かだ。見透かされるとは思わなかったが、それでも気持ちのわずかな部分でしかない」
ジョシュア師団長は顔を上げると、正面から私を見つめてきた。
私の片手を握っていた師団長の手に、少しだけ力が籠る。
「あなたに告白した理由の大半は、私自身が心底あなたを知りたいと思っているからだ。ねえ、ルチアーナ嬢、私がこの歳まで恋に落ちなかったのは、恋をしにくいタイプの証明だろう。あなたは人生で初めて感じた光で、だからこそ、あなた以外が相手であれば、私は生涯誰とも恋に堕ちないだろう」
「えっ!」
さらりと伝えられた内容が物凄く重いものに感じられ、驚きの声が漏れる。
茫然としてそれ以上言葉を出せないでいると、ジョシュア師団長は握っていた片手を少し持ち上げた。
それから、師団長は甘えるように私の手の平に自分の頬を押し当てる。
「ルチアーナ嬢、お願いだ。私に初めての感情を覚える機会を与えてくれ。私はあなたと恋をしたいのだ」
―――その表情はどこまでも真剣だったため、緊張で喉がひゅっと震える。
何度も何度も瞬きを繰り返したけれど、目の前の現実は変わらなかった。
信じられないことに、……王国が誇る公爵家の嫡子で、怜悧な美貌を持つ王国一の魔術師は、私の手に自分の頬をすりつけながら、私と恋をしたいと懇願してきたのだ。
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