126 魅了の兄弟 3
「なっ、ルチアーナ嬢もピアスを開けるのか!? だが、石は……」
ジョシュア師団長は顔色を変えると、一大事とばかりに尋ねてきた。
師団長が慌てる理由は分からなかったけれど、勢いに押されて返事をする。
「できればお兄様とお揃いがいいです」
「だよなあああ!!」
私の返事を聞いた師団長は、がくりとテーブルに突っ伏した。
兄が付けていた石は透明で、色付きの宝石に比べたら安価だろうと思って答えたのだけれど、なぜだか師団長は絶望的な表情を浮かべている。
対する兄は、朗らかに言葉を紡いだ。
「やあ、それはいいアイディアだ。私がはめている石は師団長からの贈り物だから、お前も同じものを贈ってもらえ」
兄の言葉を聞いた師団長は凄い勢いで顔を上げると、苦情を申し立てた。
「無茶を言うな、サフィア! そもそもお前がはめている石だって、お前自身が収集したものを魔術師団で保管しておいただけだ。そして、そのレベルの石は、魔術師団にもうないぞ」
「ふむ、では、これから森林探索に出掛けるとするか」
そう言うと、兄はわざとらしい流し目を師団長に送った。
けれど、流し目を送られたジョシュア師団長は、噛みつくような表情で返事をする。
「は、お前、何を言っている? どう見たって、私の服は普段着だろう! 魔術防御が施された師団服を着ているわけではないのだぞ」
そんな師団長に対し、兄はしかつめらしい表情で頷く。
「並みの団員ならば気にするべき話だが、魔術師団長ともあろう者にとっては誤差の範囲だな」
「そんなわけあるか!! お前がこれから私を連れて行こうとしているのは、細心の注意を払い、全身を防御して向かうべき場所だ! 待て、落ち着け。お前だって、片腕を失っているのだぞ」
「うむ、ちょうどいいリハビリだな」
兄の言葉を聞いた師団長は、信じられないといった表情で叫んだ。
「森林の深淵に踏み入ることをリハビリだと!! 正気か!?」
それから、師団長は必死の表情で兄に詰め寄ったけれど、兄はいつもの飄々とした様子で返事をするだけだった。
以前通りの2人の姿を目にしたことで、失いかけていたものを取り戻したような気持ちになった私は、ふっと小さく微笑む。
……よかった。ジョシュア師団長は変わらずお兄様のよいお友達でいてくれるのだわ。
「お2人とも、森林探索に向かわれるのなら、お弁当を用意しましょうか?」
王都にはいくつかの自然公園が存在する。
その中の一つが、『森林公園』と呼ばれていたはずだ。
2人の会話から想像するに、兄のピアスに使用した透明の石は、その公園の奥深くで拾うことができるようだ。
そう考え、これから出かけるのならばお昼代わりにお弁当を持っていくのはどうかしらと提案したのだけれど、ジョシュア師団長は驚愕したように目を見開いた。
「森林に向かう私たちに対して弁当だと!? ルチアーナ嬢はサフィアの妹だけあって豪胆だな!」
それから、師団長はがくりと項垂れると、「分かった。これほど冷静な2人の前で取り乱すのは見苦しいことこの上ない」と呟き、諦めた様子で髪をかき上げた。
そして、髪の間からじろりと兄を睨みつける。
「サフィア、お前のことだから、部屋に怪しげな魔道具を幾つも持っているのだろう。私のお守りとしてそれらを全て持ってこい!」
「もちろんだ、師団長と外出できるのならば何でもしよう」
にこやかな表情で兄が出て行くと、応接室にはジョシュア師団長と私の2人が残された。
魔術師団長という多忙な身であるにもかかわらず、わざわざ兄を訪問し、変わらない態度で接してくれるジョシュア師団長に感謝を覚え、お礼を言う。
「ジョシュア師団長、ありがとうございます。師団長と一緒にいる兄は、生き生きして楽しそうに見えます」
ジョシュア師団長は苦笑しながら片手を上げた。
「いや、こちらこそサフィアより遥かに年上だというのに、大人げない態度を取ってしまい失礼した。サフィアが以前と変わらないことが嬉しくて、つい浮かれてしまったようだ」
それから、師団長は表情を改めると、両手を膝の上に乗せて深く頭を下げた。
「ルチアーナ嬢、今回の騒動については迷惑を掛けて申し訳なかった。全ての事柄の責任は、我がウィステリア公爵家にある」
師団長の態度に驚き、私は思わずソファから立ち上がった。
「ジョ、ジョシュア師団長、頭を上げてください!」
公爵家の嫡子であり、陸軍魔術師団のトップでもあるジョシュア師団長が、年下の女学生に頭を下げるなど、ありうべからざる事態だと思われたからだ。
そもそも私が来る前に、師団長と兄は2人で部屋にいたのだ。
師団長の性格からして、既に兄に謝罪したのではないだろうか。
「師団長は既に、兄に謝罪をされたのでしょう? 私にまで謝られる必要はありません」
私の言葉を聞いた師団長は頭を上げると、困ったように眉を下げた。
「ああ、だが、サフィアは謝罪も謝意も一切受け取らなかった。『私は私のために行動しただけだ』の一点張りでね」
「お兄様ならそう答えるでしょうね」
兄の言葉に納得する一方で、私はジョシュア師団長の考えに驚いていた。
なぜなら兄にしろ私にしろ、今回の事案に巻き込まれるべき理由が十分あったというのに、ジョシュア師団長は全て公爵家の責任だと考えていたからだ。
責任感の強い師団長らしい考えだけれど、兄がそんな話に同意するとは思えない。
そう考えながら、ちらりと師団長を見ると、分かっているとばかりに頷かれた。
「サフィアなら誰のせいにもせず、自分の決断だと言い張ることは予想が付いていた。だが……」
何なりと謝罪したい私の気持ちを分かってほしいものだ、と師団長は小さな声で続けた。
それから、師団長は諦めたようにため息を吐くと、何かを思い出すような様子で窓の外を見つめた。
「知っているか、ルチアーナ嬢。サフィアは決して折れない剣だということを。彼はそこにいるだけで、正しく皆を守るのだ」
唐突な話題の転換に戸惑ったけれど、師団長が口にしているのは軍生活をしていた頃の兄の話だろうかと興味が湧く。
そのため、口を差し挟まずに耳を傾けていると、師団長は話を続けてくれた。
「サフィアが魔術師団にいた頃の話になるが、不思議なことに、サフィアがいるだけで誰もが心強く感じることができた。あの男は我々に決して負けないと思わせることができ、そして、実際にどんな場面でも、強大な魔術を行使して勝利した。……あれは凄い男だよ」
男性に人気がある男性は本当にいい男だ、と以前本で読んだことを思い出す。
昨夜もラカーシュが兄を褒めていたし、ジョシュア師団長も兄を褒めている。
つまり、間違いなく兄はいい男なのだろう。
嬉しくなった私は、「はい、兄は凄いです」と、師団長の言葉に喜んで同意した。
けれど、次の瞬間、そういえばラカーシュも兄を褒めていたけれど、その直後に恋心を告白されたのだったわ、と全く関係ないことを思い出した。
―――後から思い返せば、それは予感だったのかもしれない。