124 魅了の兄弟 1
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
カーテン越しに太陽の光が差し込んでくる。
ちゅんちゅんと鳥の鳴き声が聞こえてくる爽やかな朝だ。
けれど、私はというと、兄の腕を失った時以来の一睡もできない、爽やかとは真逆の朝を迎えていた。
無言で目を見開いたまま、太陽の光を全身に浴びる。
普段であれば朝食を取り終わる時間になっても、ベッドに横になったままの私を見て、侍女たちが呆れたように声を掛けてきた。
「まあ、ルチアーナ様! いくら今日は学園がお休みといっても、さすがに寝過ぎですよ」
「うふふ、もしかして昨夜、何か刺激的なことがあって、悶々とした夜を過ごされました?」
「ラカーシュ様に告白された……」
昨夜の衝撃が強すぎて、未だ茫然とした様子で呟くと、驚いたように問い返される。
「ええ、告白ってもしかして、常々ルチアーナ様の底意地が悪いと思っていたとか、そういう告白ですか?」
「いえいえ、高位貴族にもかかわらず、怠け者過ぎるから目障りに思っていた、とかの告白ですよね?」
普段であれば、侍女たちに悪口を言われたと嘆くところだけれど、「ああ、そうよね」と放心したまま呟く。
ラカーシュが私に告白したと言ったら、誰だってこれまでの苦情についての告白だと考えるわよね。
…………どうしよう。
あり得ないことだけれど、あのラカーシュ・フリティラリアが真剣に、私に恋をしていると告白してきたのだけど。多分。きっと。恐らく。
私は昨夜のラカーシュの表情と声を思い出して、ごくりと唾を吞み込む。
―――ラカーシュの告白からこっち、どうやって寮の部屋まで戻ってきたのか覚えていない。
驚き過ぎて、頭が真っ白になったところで記憶が途切れているのだ。
ただ、途切れ途切れにラカーシュの困ったような表情や、『動揺させて申し訳ない。ゆっくりでいいから、今後は私を知ってほしい。また、誘ってもいいかな』との彼の言葉が思い出されるので、告白の後もしばらく彼と一緒にいて、ここまで送り届けてもらったのだろう。
「………でも、一体どうして、あのラカーシュ・フリティラリアが………………」
他の男性ならまだしも、何一つ不足がない完璧で完全なラカーシュが、私に彼の恋を救ってほしいと頼むなんて、何度考えてもあり得ない話に思われる。
むぎぎっと頬をつねってみると痛い。痛いから夢ではない。ということは……。
私は気付かないうちに黒魔術を身に着けていて、ラカーシュに怪しい術を掛けたのだろうか。
あるいは、何か特殊な魔術で……。
「あ、魅了!?」
突然閃いて、大きな声を上げる。
そうだわ、魅了の魔術だわ!
きっとダリルが気を利かせたつもりになって、ラカーシュに魅了の魔術を掛けたに違いない。あるいは、ジョシュア師団長が。
思い当たることがあった私はベッドからがばりと起き上がると、侍女たちに指示を出した。
「急いで着替えるわ。そして、これから侯爵邸に戻るわ。今日は土の曜日だから、侯爵邸で1泊できるよう準備してもらえるかしら」
考えれば考えるほど、ダリルかジョシュア師団長の仕業だと思えてくる。
さあ、そうと分かったら、すぐにでも魅了の魔術を解除してもらうわよ!
―――と、考えた私だったけれど。
「へ? 何もしていない??」
侯爵邸に戻り、ダリルの部屋を訪れた私は、にこにこしながらシュガートーストを頬張っているダリルを前にぽかんと口を開けた。
「うん、僕はまだ誰にも、長期間継続する『魅了』をかけたことはないよ。幼い頃、母に魅了をかけていたことが悪い経験になったからね。『もう1枚シュガートーストが食べたいな』なんて思った時に、瞬間的な『魅了』を侍女にかけたりするけれど、それだけだよ」
「つまり、ラカーシュ様には何もしていないということ?」
「うん、してない」
想像と異なるダリルの返事に、私は動揺する。
「え、だったら、ジョシュア師団長の仕業かしら? そんなことをするタイプには見えないけれど」
私の独り言を拾ったダリルは、もぐもぐと口を動かしながら教えてくれた。
「うん、僕もジョシュア兄上はそんなことしないと思うけど、気になるなら聞いてみたら? 今、サフィアのところに来ているから。このシュガートーストは、ジョシュア兄上からの差し入れなんだ」
「そうなのね。ありがとう、ダリル!」
何という狙いすましたようなタイミングかしらと思った私は、踵を返すと応接室に向かった。
応接室を覗いてみると、ダリルの言葉通りジョシュア師団長とサフィアお兄様が向かい合って座っていた。
師団長は公爵家嫡子に相応しい煌びやかな服を着用しており、対する兄も、複雑な刺繍が入った華やかな服装をしている。
男性2人で談笑しているだけの光景で、人目を気にする必要はないのに、どうして両人ともにこれほど麗しい服装をしているのだろうか。
普段着姿が魅力的過ぎて、近寄り難く思われる。
あまりの煌びやかさに当てられ、部屋に入ることを躊躇していると、そんな私に気付いた師団長が顔を向け、ふっと小さく微笑んできた。
それから、胸に手を当てると、挨拶代わりに小さく首を傾けてくる。
同時に兄も私に気付いたようで、ふざけた様子で同じように胸に手を当てると、師団長の仕草を真似してきた。
2人ともに遊び心で行った動作だというのに、元々の美貌と相まって流れるほどに美しく、一瞬にして得も言われぬ流麗なる空間が作り出されてしまう。
私は思わず棒立ちになり、扉の前で立ち尽くした。
そんな私に対して、きらきらとした陽の光を浴びながら、ジョシュア師団長が爽やかに挨拶をしてくる。
「ルチアーナ嬢、お邪魔しているよ。随分遅くなってしまったが、先日の騒動の謝罪とお礼に伺ったところだ」
声を掛けられたことで悪い魔法が解けたようで、硬直状態から解除された私は挨拶の意味を込め、師団長にぺこりと頭を下げた。
それから、数日ぶりに見た兄に視線を移す。
私の視線は兄の表情を確認した後、無意識のうちに兄の左腕に吸い寄せられたけれど、肘から下の部分の服はぺしゃりと潰れたままだった。
―――瞬間、胸がきしりと痛む。
けれど、私が悲しむたびに兄の表情が曇ることを理解していたため、無理して笑みらしきものを浮かべる。
それから、私は2人の側まで歩み寄ると、明るく聞こえる声を出した。
「ジョシュア師団長、歓談中お邪魔をして申し訳ありません。1つ質問があるのですがよろしいでしょうか? 師団長はラカーシュ様に『魅了』をかけました?」
単刀直入な私の質問に、師団長は戸惑ったような表情を浮かべた。
「ルチアーナ嬢にどう見えるか分からないが、私には男性から言い寄られる趣味はないよ」
師団長の返事から、質問の意味を誤解されたことに気付いた私は、慌てて言葉を続ける。
「い、いや、そうではなくて、ラカーシュ様が私を好きになるように魅了をかけましたか、ということです」
私の言葉を聞いた師団長は唇の端を歪めた。
「……他人の恋心に干渉するような趣味は、私にないな」
いつも読んでいただきありがとうございます!
このたび、「次にくるライトノベル大賞2021」という、ユーザー参加型の賞にノミネートしていただきました。
シリーズ3巻以内のノベルを100作品以上紹介してあり、どなたでも毎日1作品に投票できる仕組みになっています。
下記にアドレスを載せていますので、ご参加いただけましたら幸いです!
〇次にくるライトノベル大賞2021
https://tsugirano.jp/nominate2021/
〇溺愛ルート投票ページ(労力省力化のために貼っておきます)
https://form.tsugirano.jp/vote.php?id=71250
☆12/15までの毎日、投票可能です!
☆他ノミネート作品も、私が読んだことがある作品は全て面白いものばかりでしたので、よければご覧ください!
最後に、ノミネートのためには読者の方からのエントリーが必要とのことでした。
ご助力くだった方、どうもありがとうございました(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾