121 ラカーシュ逆攻略計画 3
私はフード付きのシンプルなコートを羽織ると、鏡に映った姿を満足して見つめた。
鮮やかな黄色のドレスと、綺麗に巻き上げた髪の全てがコートの下に隠れてしまい、地味で目立たない格好になっていたからだ。
けれど、私の後ろに位置する侍女2人の表情は、満足しているとは言い難かった。
「……お嬢様、せっかく素晴らしいドレスを身に着けられましたのに、どうして頭の上から足の先まですっぽりと、その地味なコートで隠してしまうんですか!」
「そうですよ! フードまで被られたら、せっかくセットした髪型も見えないじゃないですか」
「だからよ」
不満そうな表情で苦情を言ってくる侍女たちに、これが正解なのだと説明する。
「学園でラカーシュ様がどれだけ人気者だと思っているの! そんなラカーシュ様と一緒に出掛けることがバレたら、女生徒たちからやっかまれること間違いないわ。だからこそ、女子寮まで迎えに来るという申し出も断ったのよ。きらきらのドレス姿で寮から出て行ったら、何事かしらと疑われるけれど、このシンプルなコート姿ならば、誰もが私は一人で散歩に出掛けるのだと考えるはずよ」
「え……、お嬢様が今から出掛けられるのは、誰にも見られない仕組みになっている秘密のデートクラブではなく、多くの貴族が集まる劇場ですよね。どの道、劇場で多くの貴族たちに見られるではないですか」
「へっ、そ、そう言われればそうね」
考えてもみなかったことを指摘され、私は驚いて目を見開いた。
学園内で生徒に見られないことだけに気を配っていたけれど、確かに劇場で他の貴族に会う可能性は高い。
どうしたものかとしばらく考えたけれど、いいアイディアが浮かばなかったため、成り行きに任せることにする。
「……まあいいわ。今さらどうしようもないし。もしも生徒の父兄から目撃され、生徒を通して質問されたら、同じバルコニー席にお兄様かセリア様がいたのだと言い張ることにするわ」
「お嬢様の計画は緻密なようで、肝心なところが雑ですよね」
侍女の1人が呆れたように呟いたけれど……柔軟性があると表現してちょうだい。
その後、私は寮を静かに抜け出すと、待ち合わせ場所である学園の正門に向かった。
正門の前には、立派な黒馬に引かれた豪華な馬車と、それ以上に豪華な衣装に身を包んだラカーシュが待っていた。
「ぐふっ!」
すっかり油断していたため、思わず声が零れる。
今夜のラカーシュの衣装は、普段の豪華で上品なものとは異なり、華麗さに重点を置いたものだった。
白を基調に、黒と金が効果的に散りばめられた衣装を着用しているのだけれど、黒百合を意匠化した刺繍が服全体に縫い付けられていて、はっとするような華麗さだった。
その上、大ぶりの青い宝石を胸元に飾っており、そこから洒落た鎖がラカーシュの肩や胸元に幾つも伸びて、彼を華やかに彩っている。
さらに、最後の仕上げとばかりに、片方の肩には濃い青色のマントまで羽織っていた。
控えめに表現しても、目の前にいるのは光り輝くほどに美しい存在だった。
そんなラカーシュは、頭から足先まですっぽりと黒いコートで覆われた私の姿を見ると、目を丸くした。それから、ふっとおかしそうに微笑む。
「これは、……どれほどつましやかな衣装でも美しさは隠し切れないのだから、謙虚さを優先させた君が正しいね。ルチアーナ嬢、申し訳なかった。自分に自信がないあまり、私はつい華美な衣装を着用してしまったようだ」
くうっ、満点だわ!
私は心の中でうめき声を上げた。
恐らくラカーシュの発言は、私が着用しているドレスが、コートと同様に地味だろうと考えてのものだろう。
だからこそ、私に恥をかかせまいと、自分を落としてまで私を立てようとしてくれたのだ。
いやいや、ラカーシュ! そんな美を体現したかのような格好をされたら、減点のしようがないのだから、外見について自分を貶める言葉を口にしても無駄だからね!
私はラカーシュの手を借りて馬車に乗り込むと、彼と向かい合う席に座った。
目の前のラカーシュは足を組んでいるだけだというのに、その姿が驚くほどに麗しい。
ああ、こんな風にありとあらゆる恩恵を受けた存在っているのね。
この美貌を持ち合わせているだけで凄いことなのに、筆頭公爵家の嫡子で、上級魔術を行使できて、品行方正で性格イケメンだなんて、完璧すぎて気味が悪くなってくるわ。
あまりにもじろじろとラカーシュを見つめ過ぎたようで、彼から訝し気に質問される。
「どうした? 私の顔に何か付いている?」
「あ、いえ、そうではありません。その……ラカーシュ様は立派ですよね。そこまで完璧だと、他人に感銘を受けることがあるのかしら、と考えていたんです。ラカーシュ様が恋に落ちる相手はどんな方なのでしょうね」
言葉にした瞬間、馬鹿なことを口にしたと後悔する。
もちろん、ラカーシュが恋に堕ちる相手はゲームの主人公だ。
根性と高い魔力を持った、全ての攻略対象者から好かれる男爵令嬢。
慌てて口を噤んだ姿をどう誤解されたのか、ラカーシュは嬉しそうに目を細めた。
「会話選びの一つだとしても、君が私の恋に興味を持ってくれるとは嬉しいね」
そう言って微笑んだ姿があまりにも蠱惑的過ぎて、私はぽかんと口を開ける。
……ま、魔性だわ!
私を誑し込もうとするはずないから、何の意図も目的もなく口にした言葉だろうに罪深過ぎる。
学園の女生徒が聞いたら、100人が100人ともラカーシュは自分に気があるかもしれないと勘違いするに違いないセリフと態度だもの。
ああ、ラカーシュは天然の人たらしだわ。
浮ついたような言葉を簡単に口にできるタイプだったのね。
用心深い目でラカーシュを見つめていると、なぜだか苦笑された。
「なるほど、ここまで言ってもまだ流されるのか。ルチアーナ嬢は正に難攻不落だね」
ラカーシュは困ったように呟いてきたけれど……それはこっちのセリフだわ。
難攻不落の「歩く彫像」はあなたでしょう。