119 ラカーシュ逆攻略計画 1
「なるほど、さすがサフィア殿だ。『四百四病の外』とは遊び心に富んだ表現だ」
「ええと……」
一人で納得したかのような様子のラカーシュを前に戸惑っていると、きらきらと輝く瞳で見つめられる。
「ルチアーナ嬢、サフィア殿の怪我については、心からお見舞い申し上げる。そのような状況の中、君にアプローチをすることは不謹慎に思われ、しばらく様子を見ようと考えていたが、……このような状況だからこそ、君の支えになるべきだと考えを改めた」
「え?」
ラカーシュが言おうとしていることを理解できずに聞き返したけれど、彼はそれ以上説明することなく話題を変えた。
「王都で人気の高い観劇のバルコニー席を押さえている。ルチアーナ嬢さえよければ、ご一緒してもらえないだろうか?」
「え? あの、こ、今晩ですか?」
突然の誘いに驚き、しどろもどろになって答えると、ラカーシュは真顔のまま小さく首を傾げた。
「全公演分の席を確保しているから、君の都合がいい日を指定してくれればいい」
「へあっ!?」
全公演分のバルコニー席を確保、購入済ですって?
まあ、公爵家ってやっぱり、とんでもないお金持ちなのね!
こういうお金の使い方は、元庶民には想像もできないわ。
いや、でも、こうやって経済が回っていくのかもしれないし。
様々に脱線しながら、ラカーシュの誘いについて考える。
どうしよう、私は観劇が好きなのよね。気分転換をするのにいいかもしれないわ。
なぜなら今の私は、失った兄の腕が気になって、兄に付きまとい過ぎているし、このままでは慎重な行動をするどころか、『聖獣の真名を一緒に考えましょう!』と焦って王太子に詰め寄りそうだ。
気持ちをリフレッシュして冷静さを取り戻さないと、多くの人に迷惑を掛けてしまうに違いない。
それに、そもそもフリティラリア城でラカーシュから観劇に誘われたまま、返事は保留扱いになっていたのだった。
公衆の面前で私からの誘いを断ったことをラカーシュは後悔していて、何とか埋め合わせをしようと必死だから、1度は誘いに応じないと収まらないかもしれない。
「……お誘いいただきありがとうございます。ラカーシュ様の都合がよろしければ、今晩はいかがでしょうか?」
善は急げということだし、と思って返事をすると、なぜだかラカーシュは驚いたように目を見開いた。
「え? あの、ラカーシュ様……」
もしかして今の誘いは社交辞令で、私は断るべきだったのかしら?
勘違いをしていたのかしら、と決まりが悪くなって、困ったようにラカーシュを見つめると、彼はゆっくりと手を伸ばしてきて私の手を取った。
それから、花が開くようにきれいに笑った。
「……信じられないな。君が私の誘いに頷いてくれるなんて。……自業自得だと分かっていたが、君から拒絶されるたびに私の胸は痛んでいた。なのに、今は胸から光が溢れているような気分だ」
ラカーシュは少しだけ力を込めて私の手を握ると、間近で瞳を覗き込んできた。
「ルチアーナ嬢、夕方に女子寮まで迎えにいくよ。夕食は外で取ろう。また……後で」
ラカーシュは手を離すと、私を通路の方向に誘導し、教室へ向かうようにと促した。
礼儀正しく私を見送る彼の態度を見て、どこまでも女性を優先させるなんて、完璧な紳士ねと思う。
外見もマナーも内面もイケメンって、もう乙女ゲームの攻略対象者の最終形態じゃないの!
そう考えながら教室に入っていった私だけど、……恐らく、その時の私は、心配事が大きすぎて感覚が鈍っていたのだと思う。
あるいは、「何とかして王太子に近付き、聖獣の力を借りないと!」と強く考えすぎていて、恐怖心が麻痺していたのか。
何にせよ、攻略対象者には決して近付かない、との誓いを、その時の私はすっかり忘れてしまっていたのだった。