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112 虹樹海 14

「ルチアーナ嬢、なぜあなたにそのようなことが分かるのだ?」

「へっ?」


驚愕の表情を浮かべたジョシュア師団長から質問され、私は間の抜けた声を上げた。


……そ、そうだったわ!

私がプレイしたゲームの中で、『魅了』の持ち主は師団長だったため、当たり前のように話をしてしまったけれど、そのことを知らない師団長からしたら、なぜ分かるのかと疑問に思うわよね。

何て言い訳すればいいのかしら。


咄嗟に上手い答えが浮かばず、凍り付いたかのように動けないでいると、師団長は何かを思い出すような表情で言葉を続けた。


「ルチアーナ嬢は戦闘中、正当な『魅了』の継承者は回復魔術を使えると言っていたな。それから、私は回復魔術を使えるはずだとも。魔法使いであるあなたには、私が『魅了』の能力保持者に、あるいは、いずれ保持する者に見えていたのか?」


……しまった! 物腰柔らかな上、兄とふざけたような掛け合いばかりをしているため、ついつい忘れてしまうけれど、師団長は物凄く有能だったのだわ。

魔術師団長の職位にあるのだから、王国のエリート集団と言われる魔術師団の中でも1番有能なのよね。

それこそ、他人の何気ない一言から、色々と多くのものを読み取ることができるほどに。


そして、実際に色々と読み取られてしまったのだわ。

……まずい、まずいわ。

誤魔化すために口を開きたいけれど、そうしたらますます墓穴を掘って、より多くの情報を漏らしてしまう未来しか見えない。

なぜなら、私は自分とジョシュア師団長の能力差をきちんと見極めることができていますからね。


よ、よし。身を守るため、これ以上は必要なこと以外話さないわと決心し、両手で口を押えていると、ダリルがつんとドレスを引っ張ってきた。

何かしら、と視線を下げると、困ったような表情で私を見つめているダリルと視線が合う。


「お姉様、本当にジョシュア兄上は『魅了』の能力を持つことができるの?」

これ以上何も話さないと決心していたにもかかわらず、可愛らしいダリルの表情を見た途端、知っていることは何でも話しますという気持ちに切り替わる。

ええ、ええ、これは仕方がないわね。

今はダリルになっているけれど、9年間もずっと私の可愛いコンラートだったのだから、条件反射よね。


「ええ、ダリル。次代の継承者を生み出していない代には、特殊ルールが適用されると思うの。継承者が欠けた場合、同じ代の別の者に能力の発現があるというね。そして、現公爵はそのことをご存知じゃないかしら」

「えっ!?」

ダリルが驚いたような声を上げたのと同時に、ジョシュア師団長とルイスも弾かれたように顔を上げた。


デリケートな話なので、言葉に気を付けながら続ける。

「……話を聞いた限りでは、公爵は物凄く『魅了』の能力者を熱望していて、継承者が誕生するまでに4人の子どもを望まれたでしょう? けれど、継承者であるダリルが亡くなって以降、1人の子どもも望まれてないわ。つまり、……残された子どもたちのいずれかに、『魅了』の能力が発現することを分かっていたのじゃないかしら」


ジョシュア師団長とルイスは黙って私の推測を聞いていたけれど、聞き終わると「ああ」「それで」と呟き、2人ともに思い当たることがあるのか、私の話に納得した様子だった。

そのため、最後に付け加える。


「だから、……ダリルが公爵家の者でなくなれば、ダリルの兄弟のいずれかに能力が発現すると思うのよ。公爵家とのつながりを断つ具体的な方法は、あなたの手の甲にある家紋を消すことだと思うわ」


なぜなら、手の紋を失ったダリルは、完全にウィステリア公爵家に連なるものではなくなるからだ。

そして、同時に、「ウィステリア公爵家は3兄弟」とのゲームの設定と同じになるのだ。


私の話を聞いたダリルは、茫然とした様子で呟いた。

「そう……なんだ」


ダリルの表情を見て、『魅了』の継承者が2人になるなんて、考えてもみなかったことだろうと思い至る。

それから、ダリルにはこれまで唯一の継承者としての誇りがあったのかもしれず、そうだとしたら、継承者が増えるのは嫌かもしれないと遅まきながら気が付いた。


そういえば、ダリルが『魅了』の能力をどう思っているかについて、1度も確認したことがなかったわよね。

ダリルの望みは何なのかしら、と次の行動を取りあぐねていると、ジョシュア師団長がダリルの前に跪いた。


そして、目線の高さを合わせると、真剣な表情で口を開いた。

「ダリル、『魅了』の継承者であることは、ウィステリア公爵家の後継者であることを意味する。我が公爵家を継ぐ者の義務は大きいが、行使できる権能も大きい」

「……うん」


「元々、お前はこの家の後継者として生まれてきた。そして、再び、新たな生を与えられたのは、もう1度やり直しの機会を与えられたに違いない。私は今度こそ失敗することなく、全力でお前を助力する。だから、お前がルチアーナ嬢と暮らしたいとしても、我がウィステリア公爵家の一員のままで暮らせばいい」

「…………」


ダリルは懸命に感情を隠そうとしたけれど、悲し気に顔が歪むのは止められなかった。

ダリルは魅了の唯一の継承者でいたいのかもしれないと私が考えたように、ジョシュア師団長は当然のように、ダリルは公爵家の後継者でいたいはずだと考えたようだった。

けれど、ダリルの表情から判断するに、師団長の推測はダリルの希望とは相反しているように思われた。


恐らくダリルは、公爵家の後継者であることを望んでいないのだ。


ダリルの心情を肩代わりするかのように、双子の兄であるルイスが代わって口を開いた。

「ジョシュア兄上、僕はね、ずっと『魅了』の継承者になりたかったんだ」

「……ルイス?」

ルイスの突然の発言に師団長は戸惑っている様子だったけれど、ルイスは構わずに言葉を続ける。


「だって、僕が継承者だったら、ダリルは苦労する必要はなかったからね。……双子だから分かる。ダリルは『魅了』の能力を望んだことは1度もないよ。公爵家の後継者であることを望んだこともない。ただ、あれほど継承者を熱望していた父上と母上の手前、そのことを口にできなかっただけだ」


ルイスの言葉を聞いた師団長は、驚いたようにダリルを見つめた。

「そうなのか!?」

「…………」


ダリルはやはり口を噤んだままだったけれど、その申し訳なさそうな表情を確認した師団長は、ルイスの言葉通りであることに気付いたようだった。

そのため、先ほどまでとは異なり、ダリルの気持ちを確認するような質問に切り替える。


「ダリル、どうやら私はお前の気持ちを誤解していたようだ。では、私にお前の望みを教えてくれ。私は全力でお前を助力すると約束した。それは、お前の望みが叶うように手伝うということだ。私たちは兄弟で、助け合う存在だから、お前の望みがどのようなものであれ、私は受け入れて力になろう」


ジョシュア師団長の誠意ある言葉に、ダリルはやっと正直に話をする勇気が持てたようで、地面を見つめたまま、噤んでいた口を開いた。

「……ごめんなさい、ジョシュア兄上。ルイスの言う通り、僕は『魅了』の力をほしいと思ったことはないんだ。本当は、誰の感情も操りたくない。だから、このまま公爵家に残って、家のためにこの能力を使いたくない」


ルイスからダリルは継承者の地位を望んでいないと示唆されていたにもかかわらず、師団長にとってダリル本人から告白されたことは衝撃だったようで、驚いたような表情でダリルの言葉を聞いていた。

けれど、聞き終わった師団長は全てを受け入れるかのように頷くと、ダリルの両肩に手を置いた。

「……そうか。ダリル、よく話してくれたな。これほどお前の気持ちを誤解していたとは、……気付いてやれなくてすまなかった」


それから、申し訳なさで俯いているダリルに向かって師団長は言葉を続ける。

「ダリル、私も1つ、今まで口にしなかった心情を告白してもいいか? ……私はお前と逆で、『魅了』の継承者になりたかったのだよ」


「え?」

ダリルは驚いたように顔を上げると、真意を確かめるかのようにじっと師団長を見つめた。

ダリルの気持ちを軽くするために、師団長が口から出まかせ言っているのではないかと疑っているようだった。


そんなダリルの視線を正面から受け止めると、師団長は言い聞かせるかのように言葉を続ける。

「私は歴史あるウィステリア公爵家を誇りに思っていたし、この家を守る礎の1つであろうとする父を尊敬していた。そして、継承者の多くが長子であるというのに、継承者になりえなかった自分を不出来だと考えてきた」

「兄上、それは!」

驚いたように声をあげるダリルに向かって、師団長は取りなすように小さく頷く。


「ああ、今では私も理解している。選ばれなかったことに意味はないのだと。公爵家出身という後ろ盾が力添えをしたとしても、魔術師団長の職位に就けたことで一定の自信もついた。が、それでも、『魅了』の継承者となり、父と同じ道を歩みたい気持ちは消えなかった。私はね、長男として弟たちを守るべきだと勝手に考えていたのだ。継承者としてこの家を継ぎ、公爵家とお前たちを守っていきたいと。だから……」


そこで一旦言葉を切ると、師団長は真剣な瞳でダリルを見つめた。


「ダリル、お前が『魅了』の継承者として、公爵家の後継者としてありたくないと言うならば、私にその役を担わせてほしい」


いつも読んでいただきありがとうございます!


8/6発売予定のノベル2巻について、特定店舗で付いてくる店舗特典SSは、なくなり次第終了となります、とお知らせしていたところですが、既に品切れの店舗があるようです。


すみません&ご予約いただいた方、ありがとうございます。

ということで(?)、別の話にはなりますが、2巻発売記念SSを出版社HPに掲載していますのでよかったらご覧ください。


〇SQEXノベル 「【SIDEジョシュア】サフィア脱走の顛末(6年前)」

https://magazine.jp.square-enix.com/sqexnovel/novel/2021.html#m08-04

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★Xやっています
☆コミカライズページへはこちらからどうぞ

10/7ノベル9巻発売予定です!
ルチアーナのハニートラップ講座(サフィア生徒編&ラカーシュ生徒編)
サフィア&ダリルと行うルチアーナの断罪シミュレーション等5つのお話を加筆しています

ノベル9巻

コミックス6巻(通常版・特装版)同日発売予定です!
魅了編完結です!例のお兄様左腕衝撃事件も収められています。
特装版は、ルチアーナとサフィア、ラカーシュの魅力がたっぷりつまった1冊となっています。

コミックス6巻


コミックス6巻特装版

どうぞよろしくお願いします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾

― 新着の感想 ―
[良い点] ゲーム開始時点の前日譚段階でココまで前提が覆るとヒロインからしたらヌルゲー転じて無理ゲーになるのではwww [気になる点] 本来のルチアーナが馬鹿だったのは確定として前世アラサー喪女の新生…
[一言] ほほー、ジョシュア様ったら
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