11 フリティラリア公爵の誕生祭 2
フリティラリア公爵領は筆頭公爵家だけあって、王都の隣に位置していた。
道路は綺麗に舗装され、一面に豊かな畑が広がっており、公爵領の豊かさが一目で見て取れる。
私はぼんやりと窓から外を眺めるふりをしながらも、どきどきと緊張してくる体を意識していた。
『フリティラリア公爵家のセリア嬢が亡くなると分かっていて、知らない振りができるのか?』
それは昨夜、私が一睡もせずに考えていた問題だ。
私は特に正義感が強いわけではないし、勇気がある方でもない。
ものすごい魔術が使えて、セリア嬢を襲うであろう強力な魔物を撃退できる力もない。
だけど……
自分よりも幼い少女を見殺しにするほど、卑怯な人間にはなりたくなかった。
だから、私は私に出来ることをやろうと決めた。
昨日は、ラカーシュにデートを断られた時点で、私にできることはもうないと諦めたけれど、本当は他にも出来ることがあるはずだ。
私はぐっと握りこぶしを作ると、力を込めた両手を見つめた。
すると、兄がそんな私をちらりと横目に見ながら、話しかけてきた。
「……ルチアーナ、そんなに気合を入れるなんて、いやはや、お前は本気だな。だが、ラカーシュ・フリティラリアは難攻不落の要塞だぞ。なんせ『歩く彫像』だ。血も涙も通っていないから、動く心がない」
どうやら兄は馬車の中でじっとしていることに飽きてきたようで、私をからかおうと思ったらしい。
兄は腕を組んで考える振りをすると、言葉を続けた。
「だから、ラカーシュ殿が相手を選ぶ場合、感情ではなく計算で女性を選ぶのだろうが……」
そこで一旦言葉を切ると、兄は値踏みするように私を見つめる。
「冷静に打算の目でお前を見た場合……家柄は侯爵家だ、悪くない。見た目も……お前は外見だけは完成されているからな、満点だ。が、それ以外が誠に酷い。頭が悪い、魔力が低い、努力が嫌い、他人を見下す、従魔すら持っていない。言っておくが、王国広しと言えど、高位貴族で従魔を持っていないのなんてお前くらいだからな」
兄の言葉を聞いたユーリア様は驚いたように私を見つめた。
「あら、ルチアーナ様は従魔を持っていないの? とても従順で可愛らしいわよ?」
「ええと、その、……世話をするのが億劫でして」
何ともお粗末な回答だが、ルチアーナが従魔を持っていない理由が実際に『従魔の世話をするのが嫌』なのだから、仕方がない。
従魔というのは、魔物を飼いならしてペットのようにしたもの、と言えば分かりやすいだろうか。
魔物を魔物たらしめているのは、体内にある魔石だ。
生物でいうところの心臓の役割を果たしており、その色はどす黒い。
そして、その黒い色は魔素によって色付くということが解明されていた。
魔素とは森や海に色濃く漂う瘴気だ。だからこそ、魔物は魔素が濃い森や海をねぐらとするし、滅多なことではその場所を離れない。なぜなら、魔素を多く吸い込み、色濃い魔石をもつほど強くなれるからだ。
その魔物を幼い時に魔素がたゆたう場所から引き離し、凶暴さと凶悪さをできるだけ抑えた状態で契約で縛ったものが従魔だ。
自然の魔物よりは力が劣るものの、中には魔術を使える魔物もいて、契約主を守ってくれる。
魔物を従魔にするのは、非常に手間暇がかかり、膨大な費用もかかるので、貴族の間では従魔を持つことが1種のステータスとなっていた。
「……まぁ、お前もやっと、王太子殿下一本鎗だったのをやめて、他の男性に目を向け始めたのはいいことだ。ただ、その相手が難攻不落のラカーシュ殿というのは、実質的には無意味ということだが。だが、ルチアーナ、お前にあるのはその顔以外、侯爵家という家格だけなのだから、お前自身の格式を上げるためにもそろそろ従魔を飼う時期だ」
「……考えておきます」
冗談ではない。私は目立たず、騒がず、攻略対象の目につかないようにひっそりと生活していく予定なのだ。
16年間も従魔を従えていなかったのに、今更飼ったりしたら話題になるじゃあないか。絶対に嫌だ。
「……ルチアーナ、お前はもう少し腹芸を身に付けろ。心の中が全て顔に出ている。そんな顔で『はい』と返事をされても誰も信じないぞ」
兄から厭味ったらしい顔でお小言を言われた私は、わざとらしい笑顔を作ると従順な返事をした。
「はい、分かりましたわ、お兄様」
「そういうところだぞ、ルチアーナ」
けれどもちろん、笑顔とは裏腹の不満たらたらの気持ちをサフィアお兄様には読み取られたようで、間髪入れずにお叱りの言葉が降ってきた。
そんな私たちを見ていたユーリア様はくすくすと笑い続けられ、……そして、馬車が止まった。
どうやら、フリティラリア公爵領の領主館に到着したようだった。