10 フリティラリア公爵の誕生祭 1
「ユーリア様、ご無理を言って申し訳ありません」
私は馬車の中、申し訳ない気持ちで頭を下げた。
馬車の中では兄と私が並んで座り、対面する位置にユーリア様と彼女の侍女が座っている。
私の言葉を聞いたユーリア様はひらひらと手に持っていた扇を振ると、何でもないことのように微笑んだ。
「問題なくってよ、ルチアーナ様。このような可愛らしい方の恋の手助けができるなんて、楽しいことだわ」
ユーリア様の思いがけない言葉に、「まあ」と思わず言葉が零れ落ち、私はそのまま絶句した。
悪役令嬢である私を、可愛らしいですって?
王太子にされたように、婉曲な嫌味かなとも思ったけれど、ユーリア様の視線や口調は優しくて、私を蔑む感じは見受けられない。
まあ、もしかして、本当に私を馬鹿にすることなく受け入れてくれるのかしら?
自然と期待する気持ちが湧いてきて、私はユーリア様をまじまじと見つめた。
ユーリア様はチョコレート色の髪と瞳をした、とても精悍な女性だった。
隣国と隣り合う北方領土を守るビオラ辺境伯の娘として、2人の兄とともに父である辺境伯に直接剣の指導を受けたというユーリア様は、将来は王宮の女性騎士を目指しているらしい。
そのためか、流れるような淑女としての動作の中にも、きりりとしたカッコよさが混じっている。
ユーリア様はその切れ長の目で、私を興味深げに見つめていた。
うわー、ユーリア様ってばカッコいい。ただ馬車の座席に座っているだけなのに、カッコいい。
これぞ正に「ハンサム美女」だわ。
隣にだらしのない我が兄がいることが引き立て役となって、さらにユーリア様を素敵に魅せているわね。
「まて、妹よ。お前は今回、誰のおかげでフリティラリア公爵家を訪問できると思っているのだ。今、路傍の石……いや、ゴミくずを見るような目で私を見たぞ。もっとこの偉大なる兄に感謝し、褒め称えるべきじゃあないのか?」
どこにも売ってないようなキラキラしい服を着た兄が、不服そうな表情で苦情を申し立ててくる。
私は大袈裟に頭を下げると、兄の望み通り褒め称える言葉を口にする。
「ははあ、お兄様。さすがです。その無駄にきらきらしい顔立ちも、女性の知り合いしかいない交友関係も、私にはないものです」
「……ルチアーナ、それで本気で私を褒めているつもりならば、お前の追従能力には大いに問題があるぞ」
「ほほほ、そんなわけないじゃないですか。婉曲すぎて分からなかったかもしれませんが、今のは、はっきりとお兄様を馬鹿にしました」
兄と気の置けない会話をしていると、正面に座っているユーリア様から可笑しそうに笑われた。
「仲がいいのね、ダイアンサス侯爵家の兄妹は。兄のサフィア様は軽薄な感じで、妹のルチアーナ様は取り澄ましたイメージだったけれど、お会いしてみると異なるのね。お2人の普段の様子を見られただけでも、今回のお話を受けて良かったわ」
ユーリア様の言葉に、私はきゅきゅーんと胸をときめかせる。
「ユーリア様、そのお気遣いに満ちた言葉選びはさすがですわ! 兄は軽薄と言うよりも浅はかで、モテもしないのに三兎も四兎も追って、全てを取り逃がすタイプですわ。私だって取り澄ますだなんて大人しい言い回しではなく、傲慢で我儘な悪辣令嬢だってはっきり言っていただいてもいいのに、このお優しさ!」
「まぁ、ふふふふふ、ルチアーナ様ったら本当に面白くて可愛らしい方なのね。このような方に訪問されて、フリティラリア公爵もお喜びになられるわ」
「とんでもないことです! ご訪問の機会をいただきまして、ユーリア様には感謝の言葉もありませんわ」
ユーリア様の言葉に、勢い込んで返す。
それは、私の心からの言葉だった。
実際、ユーリア様のコネクションがなければ、フリティラリア公爵の誕生会など出席できるはずもなかったのだから。
フリティラリア公爵とビオラ辺境伯は仲が良く、辺境伯の子どもたちは皆、公爵が名付け親なのだという。
そのため、本日の誕生会も、辺境伯と2人のお兄様、ユーリア様の4人で参加予定だったのだけれど、領地にトラブルが発生し、辺境伯とお兄様たちは急遽参加できなくなったとのことだ。
辺境伯からはユーリア様一人だけでも参加してほしいという意向があったようだけれど、女性一人で参加する気にはなれず、欠席のお返事を公爵家に送ろうとしていた正にその時、兄からのメッセージが届いたらしい。
つまり、どこからかビオラ辺境伯領でのトラブルを掴んでいた兄の、公爵家誕生会へご一緒させてほしいというメッセージが。
その話を聞いた時、私は冷ややかな視線で兄を見たものだった。
なにが、『素晴らしいゴシップ把握能力』よ! お兄様の諜報部員の方が、何倍もいい仕事をしているじゃない!
けれど、きちんとした仕事をしていても、表面ではふざけた様な態度を取るのが兄のスタイルだということが段々と分かってきたので、私はため息とともに言葉を飲み込んだのだった。







