カガミのソト
「ゆかちゃん! 俺と付き合ってください!」
この日、亮太は人生初の告白をした。
心臓が激しく脈打ち、顔が尋常じゃない熱を帯び、息がとても苦しい。そんな緊張感を押さえ込み、二週間も前から決心していた告白を、まさに今日決行した。
ゆかの返事があるまで、下げた頭を上げることは出来なかった。それにその時間が短い人生の中でも一番長い時間にも感じられた。
緊張で全身が震えている亮太がいまにも倒れそうな時、ゆかが口を開く。
「いいよ、よろしくね亮太君」
「え?」
絶対付き合いたいと思っていた亮太。いい返事が聞けて、緊張からも開放され、喜びが全身を駆け巡りそれを体全体で表現したいと心では強く思っていた物の、いざ返事を貰うと心とは逆に頭は真っ白になってなにも出来なかった。
「い、いいのゆかちゃん?」
「うん」
「よおおおおおっしゃあああああああああああ!」
人生初の告白がうまくいって亮太は舞い上がった。
体も心もかつて経験した事ないほどの高揚感を覚え、涙が今にも目から飛び出ようかと言うほど泣きたい気持ちもあった、だけどゆかの前という事もありそれを押し殺した。
嬉しい反面、好きな子を目の前にしどうすればいいかわからない亮太だった。
この日は電話番号とアドレスを交換して、また明日学校で話すという事で別れた。
自分の部屋に帰ってからも喜びを隠せない。
ベッドの上を布団を抱きかかえながら転げ周り、頭の中からはゆかの顔が離れない。
「あ〜、マジで嬉しい! ゆかちゃんが俺の彼女だなんて」
亮太は立ち上がり、鏡の前へ立った。
そこに写ったのは紛れもない自分、しかしいつもよりニヤけた自分がそこにいた。
「よくやったよお前! やったな!」
端から見たら変な光景であろう、亮太は鏡を見ながら自分で自分を褒めていた。
喜びを噛み締め、携帯でメールを送ろうとして下を向いたその時だった。
誰もいないはずの亮太の部屋で声がする。
『今日は機嫌がいいから、お前に教えてやるよ』
「なんだこの声?」
亮太は自分の部屋を見回した。
もちろん誰もいない部屋、しかし絶対に誰かの声が聞こえたはずと動揺する亮太。
『ここだよここ」
その声は確実に亮太の耳に入っている、それと同時に自分の口からも発している事に気付く。
とっさに口を押さえ考える亮太だったが、答えが出る事はなかった。
『こっちみろよ、鏡だよ鏡』
再び声と同時に自分が発しているのに気付く亮太、さっきまでの有頂天から一気に覚めるかのように恐怖を覚えた。
そして、手が勝手に鏡の方へ伸びていく。
鏡に手がついた時、それは亮太の前に現れる。
「これは、手の感触?」
鏡に触れたはずの亮太の手だが、触れたのは紛れもない人間の手だった。
その感触に驚くのもつかの間、急に体が引っ張られる感覚と同時に目の前が真っ暗になった。
「うわ、なんだ? って俺の部屋か」
暗闇を抜け、亮太は自分の部屋だと気付く。
「おい、いつまで寝てんだ」
亮太は呼ばれる声に驚き、急いで振り返ると見てはいけない物を見る事になる。それは紛れもなく亮太だった、亮太の前の前に現れたのはどういう事かはわからないが確実に亮太だった。
「え? 俺?」
「は? 俺がお前なんじゃない、お前が俺なの」
まったく意味が分からない亮太だったが、見慣れた自分の部屋の異変にようやく気付くのであった。
「あれ? 俺の部屋、だよな?」
「だからちげーよ、俺の部屋でお前の部屋じゃないんだよ」
目が点になり、あっけにとられてる亮太にもう一人の亮太は急に頭を掻き毟り言う。
「あああ、めんどくせー! お前の名前はいまからBな!」
「はあ? 俺は亮太って名前があるんだよ!」
「いいから話を聞けB!」
もう一人の亮太の真剣な声に、亮太は真面目に聞くことにした。
そして、さっきから疑問だった部屋の異変にようやく答えが出た。
「わかっただろ? お前の部屋との違いに」
「ぎゃ、逆だ。俺の部屋と配置が逆だ……」
まったく何が起こっているのかわからない亮太改めB。
そんなBにもう一人の亮太が説明をしだした。
「ややこしいから俺の事はりょうちゃんと呼べ、わかったなB」
「お前偉そうだな……」
文句を垂れつつも、現状が理解できないBはりょうちゃんの話を聞くしかなかった。
「お前は、鏡の中の人間なんだ。そしてここは鏡の外」
Bはさらに混乱する。鏡の中なんていう漫画みたいなキーワードを、今目の前にいるもう一人の自分の口から発せられている事、自分の部屋が一瞬で逆になった事など混乱しか出来ない状況だった。
そんなBにりょうちゃんが一冊の本を投げつける。
「それ読んでみろ」
「がくすう?」
Bには見覚えのある物だった、それは文字が逆さに書かれた数学の教科書だった。
中を開くと全ての文字が逆に書かれていた。
「ずいぶん手のこんだイタズラだな」
Bはいまだに信じられない。
いや、それが普通であろう。
そんなBを見かねたりょうちゃんがさらに証拠を伝える。
「はあ……、お前の目の下のホクロどっちにある」
「右だけど?」
「俺のはどっちにある?」
「左……」
Bは認めたくはなかったが、りょうちゃんの言うとおり鏡の世界ならすべての辻褄が合うと思った。
しかし、引っ掛かる事が一つあった。
「ちょっと待ってよ、俺が鏡の中? 逆なのはそっちでしょ?」
すべての物が反対、そして自分は鏡の中に入ってしまったんだとBは思う。
「それはお前の頭の中だと『逆』に見えるからだろ? これが『普通』なんだ、お前は俺達から見て『逆』のものを普通と思って生活してるから『逆』に見えるだけだ」
人とは不思議な生き物である、自分にとって普通な物は普通、それ以外は異端だと思ってしまう思考回路を持っているのだ。普段何気なく読んでいる文字、見ている景色などそれがすべて逆に見えると『逆になった』と思うが、実際自分が逆だった事については想定もしないのだ。
「しょ、証拠はあるのか?」
「ほんとバカだなお前、お前が俺だと思うと余計に腹が立つぜ」
そう言ってりょうちゃんはBを外に連れ出した。
その手には鏡を持っている。
外に出た瞬間Bは目を疑った。
自分が毎日見ていた街の光景が全て逆になっているのだ。
イタズラだと思っていたBの心にも、やっと恐怖心が襲ってきた。
「おいおい、まじかよ……」
「よお、りょうちゃん」
そんなB達を呼ぶ声が聞こえた、それは友達の勇次だった。
「ゆ、勇次?」
友達の名前を呼ぶBだったが、すぐにいつもの勇次との違いにも気付くのであった。
「お、こっちが鏡の中のりょうちゃんか」
「ああ、俺はBと呼んでいる」
「よろしくな、B」
勇次は彼女の清美を連れていた。
そんな二人をりょうちゃんが手に持った鏡で写す。
「勇次、それじゃ例の頼むな。Bは鏡をよく見てろよ」
「って俺鏡に映ってない?」
りょうちゃんに言われるままBは鏡を覗くと、そこに自分の姿はなかった。
鏡の中の人間、つまり自分が鏡の外にいる以上そこには何も写らないのだ。
「そんなのいまさらいいから、勇次たちをよく見てろよ」
Bは鏡の中の二人を見た。
そこに写る二人は突然キスをする。
「こ、これがなんなの?」
「よし、俺がいまから鏡を逆に向けるからお前もこっちこい」
りょうちゃんは鏡を逆に向けた。
そしてBも回り込み、再び鏡を覗く。
鏡の中にはもちろん誰も写っていない。
鏡から目線を少しあげると、そこでは勇次と清美がまだキスをしている。
「よし、顔だけ鏡の中に突っ込むぞ」
そう言ってりょうちゃんはBの顔を鏡の中に突っ込んだ。
そして、数秒後引き戻す。
「どうだったB?」
戻ったBはすぐに勇次たちを確認した、そこにはまだキスする二人がいる。
「勇次達が、歩いてた」
それが何を意味するのかBにはいまだにわからなかった。
目の前でキスする二人が、鏡の中では歩いていた……。
りょうちゃんが再び勇次たちに鏡を向ける。
「もう一度見てみろ」
Bがもう一度鏡を見ると、勇次たちはキスをしている。
「ど、どういうことだよ。説明してくれよ」
「要するにだ、鏡に写ってる時のお前達は俺達と同じ行動しか出来ない。そして鏡に写ってない間は違う行動をしている」
まったく理解できてないBだが、矛盾している事に気付く。
「ちょっと待てよ、仮にりょうちゃんが言った事が正解だったとしよう」
「正解だ、いい加減認めろよ」
「それなら、鏡の中の勇次が鏡に写らない様に移動したらどうなるんだ? おかしいだろ?」
Bが言いたい事はこうだ。
鏡の中の勇次が鏡に写らないように隣町まで行って、その時目の前にいる勇次を鏡で写したらどうなるのかという疑問だった。
鏡に写らない間は勝手に行動する、それだと鏡の中と外で違いが出てくるはずなのだ。
そんなBの疑問にもまったく動じずりょうちゃんが教えてくれた。
「お前には悪いが、すべてこっちの世界が優先される」
「優先?」
「そうだ。鏡の中の世界でお前達が、いくら鏡に写らないように旅行でも海外でも行ったとしても、こっちの世界で鏡に写ればお前達もそこにいる事になる」
「それだと、瞬間移動でもできないと無理だろ。それに一緒に旅行に行ってる人が疑問に思うだろ?」
「どんな状況であろうと、どんな場所にいようと鏡に写った事が優先される」
Bはどうしても納得が行かなかった。
頭では理解しようとしているが、あきらかに不可能な事なのだ。
一瞬で移動したり、事実が書き換えられるという事に。
「鏡だけと思うなよ? 水面、ガラス、プラスチック、金属など写るものなら全て優先されるんだ。お前達が自由に行動できる時間なんてほとんどないといってもいい。何よりも理屈じゃなくそう出来ているんだ世界が、お前達は所詮鏡の中の『何か』にすぎないって事だ」
「だめだ、いくら話しても意味わかんねーよ」
Bは考えるのを諦めた、いくら考えたとこでわかるはずがないのだ。
ついさっきまではそんな事考えなくてもいい世界で普通に生活できていたんだ、今更そんな事知ったってなんの意味があるのか? と思った。
「第一なんで俺を呼んだんだ? どうせそっちの都合とやらになるなら教えても意味ないだろ?」
「お前は仮にももう一人の俺なんだ、俺の性格くらいわかるだろ?」
りょうちゃんは不適な笑みを浮かべBに質問した。
りょうちゃんの性格はBの性格でもある、いやBの性格がりょうちゃんの写しとでも言っておこう。
「お前さっきすごい喜んでただろ?」
「ああ、好きな女の子に告白して成功したからな」
「どこで告白した?」
「放課後の教室だけど」
Bは思い返した、そしてりょうちゃんの言いたい事もなんとなくわかったのだ。
Bが告白した場所は教室、そこには沢山の窓があった。
そう、窓が……。
「まさか、あの告白もりょうちゃんがした事であって、俺はその写しでしかないと?」
「ほう、さすが俺だな。とうとう理解したか」
「あのドキドキも全て自分自身で感じたものではないと?」
「そうだ、お前がゆかちゃんを好きなんじゃない、俺が好きだからお前も好きなんだ」
いまだに起こっている事を理解していないBであったが、もし本当ならと考えると正気ではいられなかった。
反対に、ゆかちゃんへの思いが自分の物でなかった、あのドキドキも嬉しさも全部自分の意思じゃないと思うとBにはとても信じきれなかった。
「俺はSな性格だからな、お前が鏡に写ってない間苦しむかと思ったのさ。残念なのはその様子を見る事が出来ない事だ」
Bはりょうちゃんに殴りかかった。
心のどこかでは、この行為がすべて後で自分に返ってくるとわかっていながらももう一人の自分が許せなかったのかもしれない。
いや、もしかしたら自分の存在を知ってそれが許せなかったのかもしれない。
「いてーな! 鏡の中にもどったらお前も痛みがあるんだぞ!」
「そうなのか、それならそれでいいさ。ああ、一つ聞き忘れてたよ」
Bは何かを覚悟した様子で、りょうちゃんに近づく。
「もしこの状態で、俺がお前を殺したらどうなるんだ?」
鏡の外の自分を殺せば、もちろん鏡の中の自分も死んでしまう。
それを分かった上でBは聞いていた。
りょうちゃんを殺して、自分が鏡の外の住人として暮らすつもりなのだ。
そんなBを見て、りょうちゃんが急に大声で笑い出す。
「ははははは、やっぱ俺だよお前。予想通りだよ、せいぜいあっちの世界で苦しめよ」
Bは目の前が真っ暗になった。
「あれ、いつのまに部屋に戻ったんだ?」
Bは部屋を見回すと、そこはいつもの部屋でいつものベッドの上だった。
「なんだったんだ今のは? 夢落ちって奴か?」
Bは立ち上がり鏡を見た、そこには自分が写っている。
「痛っ、あいつマジで殴りやがって。まあ、苦しむが良いさ」
Bはそう言って、再びベッドに横になった。
「今、俺何言ってたんだ? それにこの顔の痛みはまさか……」
その日、Bは疑問を抱きつつも眠りについた。
次の日、目がさめるとそこは洗面所だった。
「やっぱアザになってるよこれ、ゆかちゃんになんて言おう」
Bは顔を洗い、朝ごはんを食べにリビングに向った。
朝ごはんを食べようと思った刹那、Bは自分の部屋の鏡の前にいた。
「よお、まだ夢だと思ってるのか?」
Bは鏡に向って言った。
そして何事もなかったかのように制服へ着替え、学校へ向った。
「まさか、あれは夢じゃないのか? なんか今日はおかしい」
学校の校門近くで、勇次がBに話しかけてきた。
その手には手鏡を持っている。
「よおB、おはよう」
「Bだと? なんでお前がそれを知ってるんだ?」
勇次は周りを見回した後、俺に言った。
「りょうちゃんに頼まれたんだよ、『鏡を持ってBに話しかけてくれ』ってね」
Bも急いで見回すと、そこの近くにはBの姿を映す物は何も無かった。
「やっぱり本当だったのかよ……」
「そして、この鏡をBに向けると〜」
勇次がBに鏡を向けた。
「よお、俺」
鏡に映ってない時、Bは鏡の世界の話を思い出す。
だが、考えても無駄なのだ……気がつけば鏡の前にいるのだから。
書いててまとめきれませんでした。
文章で表現するには文章力が足りなすぎました。
こんな内容でもなんとなく言いたい事が分かってもらえれば幸いです。