少女のもとへ
人間界へと降りるため、幾度となく通ってきた空間へと踏み込もうとした時だった。
「えらく暗い顔してるじゃないか」
声を掛けてきたのは、俺が回収してきた魂から穢れを拭うーー浄化を司る天使。
魂は、次の生命へと繋げるため、まっさらな状態にしなければならない。
記憶、感情……全てを『穢れ』として浄化をする。
たまに穢れが残っていると、それは『前世の記憶』として人間に残ってしまう。
要するに、再利用しているわけだ。
その声に足を止めて振り返り眉を寄せた。足止めをされたのが気に入らない。
「……何言ってんだ。俺が明るい顔したことなんかあったか?」
「まぁ、それもそうだ。……けど、お前は人間の魂をただ取ってくるだけだ。そこに情は不要だぞ」
遠回しに何かを言いたいようだが伝わって来ない。微かに気が立った。
「は? 何が言いてェんだよ」
「人間が死のうが死ぬまいが、気にすんなって話だ」
最近の人間事情で疲れている様子が、相手にそう見えたのだろうか?
「気にしてねェ。俺はただ、死ぬ覚悟が足りねェ人間共に呆れてんだよ」
そう答えると、相手が可笑しそうに笑った。
「呆れてる、か。そういうところだよ」
「……っ」
いちいち揚げ足を取るような言葉に、舌打ちが漏れた。
取られたくない揚げ足など、無いはずだが……。
「うるせェな。こっちは急いでんだよ。じゃあな」
勝手に話を切って、俺は空間へと飛び込んだ。逃げるように。
ーー
雲の合間から降りてくると、眼下に広がる景色に驚いた。
「広いな。金持ちか」
広大で美しい庭。穏やかに弧を描く噴水。
まるで迷路のように連なる植え込みに色とりどりの花が咲いている。
一瞬、誤って神界へ上がってしまったかと思った。
天国と呼ばれるその世界は、争いもなく穏やかで美しい空間が広がっているという。
俺が行くことは、まず無い。
「……さてと、仕事だ仕事」
庭の奥に佇む大きく立派な建物へと向かった。
名を見た時に浮かんだ顔を探す。
窓の外から、建物の中から、探し回り飛び回る。
「廃墟……?」
辺りの様子に、ふと疑問符が漏れた。
こんなに大きな建物だというのに、人の気配がしない。
建物や庭は綺麗に整えられているから、廃墟では無いはずだ。
取り敢えず、一部屋一部屋確認して、そして……。
ーー見つけた。
優しいレースのカーテンが開かれた大きな窓の中。
ベッドに身を埋めて眠っている。
俺は、首を傾げた。
「……もう死んでんのか?」
念の為、大本を開いて確認してみる。
未だ掠れたまま、消えてはいない。
誰も居ない様子の建物の中で、一人きりの少女。
誰にも看取られずに死ぬ奴も多くなっているらしいが、独りにするには幼すぎる。
……中に入るか。
外からでは魂を取ることも出来ない。
侵入しようと考えた時だった。
「……!」
室内に目を向け、驚きに目を見開いた。
……見られている。
瞼を開いていた少女。
大きく綺麗な瞳と、視線が交わっている。
見えないはずの俺の姿を、少女は確実に捉えていた。