死の天使
「馬鹿じゃねェの」
雲のかかった薄暗い空の下、白い翼を羽ばたかせる。
とある校舎の屋上を見下ろし、呆れた声色を漏らした。
視線の先に男が二人。
自殺をしたい者。
それを止めようとする者。
彼らは、一つの命を巡って言い争っている。
俺はそれを眺めるだけ。
死んだら魂を抜かなきゃならない。
自ら死を選ぶ者以外の者が居合わせた時、長丁場となる。
早く話をつけて欲しいところだ。
この時間が長すぎると、いつも思う。
「死ぬか生きるかの二択で、何を言い争ってんだか……」
つい溢れる言葉も、人間には聞こえない。
こいつらに、天からの使いなんか見えないんだ。
また長丁場になりそうだと考え、フェンスの上に腰を下ろした。
よじ登ろうとする男と、それを力ずくで阻止しようとする男を眺める。
死にたいと訴える男と、必死で説得する男。
『死んだら悲しむ者がいるから』
『生きていればいいことがあるから』
その内容に溜息が漏れた。
「生かすなら責任取れよ」
必死に引き止めながら、あまりに生温い言葉。
死を選んだはずの男は、その説得に応じてしまった。
閉じていた翼を大きく広げて飛び上がる。
「所詮は、その程度か」
雲を抜ける直前、天界へと戻るために歪む空間へ飛び込み、帰路につく。
ーー
別に、人間の死を望んでいる訳では無い。
地縛になる前に、死んだ人間の魂を天界に持っていく。
それが俺の仕事だから。
人間界の全ての者の名が記された大本。
死にそうな人間がいれば名前が掠れて示す。
そうなると、俺はわざわざそこに降りなきゃならない。
手間かけてそこまで行って、他人の言葉で『やっぱやめた』なんてされたくないわけで。
死がどれほど重いものなのか、もっと考えた方がいい。
軽く考える奴が多すぎる。
それ以上に、死を考える奴を産み出す奴が多すぎるのだろう。
今の人間界は、あまりに殺伐としている。
これから忙しくなりそうだ。
給料上がんねェかなァ。
ーー
天界に戻るとすぐに、大本が開いた。
「おいおい、マジかよ……」
休む間もなく下界に降りる羽目になるとは。
名前を確認するだけで、俺の頭の中にその者の顔が浮かぶ。
「……女か。まだガキだな」
一体どんな理由なのか。……いや、それを考えるのも問うのもタブーだ。
死んだら魂を取り上げるだけ。
俺はまた人間界へと飛び込むため、踵を返した。