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なつやすみ  作者: 書常時雨
9/16

2019.6.15

 それは 苦しいときに差した一筋の光のようだった。ずっと応援していたチームの勝利を初めて見届けられたのだ。ドラマのような展開だが、試合前に吹いていた暴風は収まり、試合前に降っていた雨は止んだ。前半はスコアレスで迎えたものの後半に入ってPKとこぼれ球を押し込んで2対0でオレンジと青のチームは勝った。俺は自分の年齢や立場を考えずに馬鹿みたいに喜んだ。

 浪人生として地元に残ることを決意し勉強をしている中、見たくもない現実を突きつけられて落ち込んでいた。そんな中、予備校の授業が休講日に当たった今日、ホームゲームがあり、サッカー好きの叔父さんから連れて行ってもらった。

 俺は今日という日を何度も思い出すだろう。初めて勝利後のチャントも歌えてヒーローインタビューも見れた。周りの知らない人からも俺が勝利試合を初めて見れたのを知って「おめでとう」と声をかけてもらったりもした。かつてチケットを取る事すら難しかった4万人以上収容できるこのスタジアムに半分も人が入っていないが、歓喜に満ち溢れた雰囲気は外にまで零れているように思えた。

 帰り際、まだ中学生になったばかりの従兄弟がポップコーンを入れたケースを落としてしまい、周りにポップコーンをばらまいてしまった。幼く見てえる従兄弟はポップコーンがばらまかれた石の床を見てから叔父さんの顔色を伺うように視線を下から上へ上げた。叔父さんもお父さんだ。だから俺の知っている優しい叔父さんだけではないのは百も承知だ。だから俺も従兄弟が怒られるのではないかと背筋が緊張した。が、叔父さんは「あちゃー」と言って近くにいたスタッフの方に対応してもらった。前節にアウェーで勝ち点3をもぎ取った試合を展開していた。つまり今日で2連勝をし、それもあって叔父さんは上機嫌であった。勝っていなかったら従兄弟を怒鳴り散らしていたかもしれない。しかも相手は現在不調で順位も下の方だった。この2点から胸を撫で下ろすような安堵に襲われた。しかし、スタジアムの雰囲気と試合終了を告げる長いホイッスルが耳に残っていて熱狂冷めやらぬままスタジアムの外へ出た。出口の前で喫煙をしている人がいたが、今日は気にならなかった。むしろ煙草の煙がいい匂いとまで思うほどだった。スタジアムは七色にライトアップされており、湯気が立つほど熱くなった心がまた電子レンジに入れて温められたような感覚になった。外にはバーが設置されており、勝利後とあって人だかりができていた。声の枯れた2人組のお笑いコンビが薄っぺらいMCをしていたが、勝っただけでダウンタウンが司会でもしているかのように盛り上がっていた。傍から見れば猿の集会のような状況下、それでも「勝ち試合」というだけでそれは大目に見られた。地元でただ一つのクラブとあって地元みんなに愛されているクラブだった。他のクラブでは大手電機メーカーや有名なアプリを作っている会社などがスポンサーで金満クラブが多くを占めるのに対してこのクラブの大株主は地元企業の製菓メーカーで金満クラブと呼べない。カテゴリーが1つ下がったことによりそのカテゴリーの中で資金は多い方であったが、十数年在籍した上のカテゴリーで戦えるほどの資金は約束されるほどではなかった。「弱きを助け強気を挫く」戦国時代にいたこの国の武将が残した言葉がそのまま県民性になっているのだろう。それに、クラブの社長が昼夜問わず西へ東へと走り回っている。それもあってこのクラブは愛されているのだと俺は思った。

 人混みの中、叔父さんと従兄弟と車のある駐車場を目指して歩いて行った。その時にリュックと何かがぶつかった。後ろを振り返り、謝ろうとしたがぶつかったであろう人は人混みの中に消えていった。

 今年のユニフォームを着てオレンジのリボンのついたゴムで後ろ髪を結んでいた。右耳にはピアス。とてもお洒落だった。

「優お兄ちゃん?」

 従兄弟に声をかけられて俺がその人を見つめていたことに気が付いた。

「あ!ごめんね!」

 俺は叔父さんと従兄弟のもとへと向かった。鼻には香水の匂いが残っていた。その匂いは自分のでもないし嫌な匂いだと認識していた。


 家に着き、シャワーを浴びてからベッドに横になった。汗の臭いは落ちたのに勝ったという余韻は落ちなかった。そのままインスタを開き、知らない誰かが投稿した動画や画像を見てゴールが決まったあのシーンを思い出していた。

 その中でどこかで見た事のある画像が出てきた。女の人2人で写っている写真だった。「勝利(きらきらの絵文字)(光ってる星)(回っている星)」という文字を添えて、メイクもバッチリ決めて盛っていた。俺は目を凝らし、よく見て、投稿されたアカウント名を見ると、知っている名前だった。

 そう、前の前の彼女だった。

 自分の居場所を奪われ、いることを否定された気がしてならなかった。

 あの失恋によって俺はトラウマを埋め付けられた。考えただけで呼吸が荒くなった。鳥肌を立たせ、ベッドの上で猫のように丸くなって怯えた。

 それから悔しさまで溢れてきた。こうなってしまうのは、自分に自信がないからだ。浪人している自分を自分で否定した。そして、胸の内を机の上に置いてあったルーズリーフに書き殴った。荒々しい文字と一緒に怒りと悔しさもぶつけた。

 声にならない声を出して、ルーズリーフを真っ黒に染めた。そこには「受かりたい」「見返したい」「強い自分になりたい」と書かれてあった。これが本当の自分なんだろう。

 いろんな感情が渋滞を起こし、それが涙となった身体の中から放出された。


 この日を忘れることはないだろう。絶対に見返してやるという強い意志を持って、これからまた勉強をして志望校を目指すのだろう。

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