表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なつやすみ  作者: 書常時雨
8/16

2018.8.31

 今、風が吹けば飛んでいってしまうほど弱気になっていた。あの楽しかった日々が通り過ぎてしまったかのように今日は寒く、寂しかった。

 今日は彼女と一緒に帰る金曜日で普通ならば胸が踊るのに、何故だか楽しい気分になっていない自分がいた。その理由は分かっている。死ぬと思っているのに、負けると思っているのに「お国のために」と張り切って戦争へ行った先人達はこんな気持ちだったのだろう。

 俺は教室を離れて玄関へと向かった。あの頃の暑さが嘘のように消えていて、ひんやりとしていた。正面から彼女の姿が見えた。その顔は何かの決意を決めたかのような、凛としていてとても美しい顔だった。

「お疲れ」

「お疲れ」

 2人は靴を履き替えて外へと向かった。足取りは少し早い気がした。

「最近、勉強していてどう?」

「うーん、結果がまだ着いてこないや」

 彼女の前で笑って見せた。分かっているけど分かっていないふりをした。

「相当レベルが高いもんね」

「確かに。もう少し優しくても良いのにな」

「そんな事だったらみんな勉強せずに大学入ってるよ」

「だよな〜」

 早く言って欲しかった。結末は知っているから。でも寂しい思いを誤魔化すために俺はピエロになり続けた。

「実はさ、伝えたいことがあって」


 告げ終えて頭がフリーズした。分かっていたんだ。こういう事は予想していたはずなのに、言葉が出ない。

「そうなんだね」

「うん」

「ごめんね、何もしてやれなくて」

「なんで謝るの。謝んないでよ」

 俺も不思議だった。謝るのは彼女の方なのに、申し訳なさが心の内から溢れてくる。

「出会うのが遅すぎちゃったね」

「それはー、ちょっとあるかも」

 俺は突然別れを告げた原因を探り探り考えた。直感だが、友達と何かがあったのかもしれないと思った。

「俺もさ、最後にやりたかったことがあるの」

「何?」

「抱き締めさせて」

 彼女は予想もしていない言葉に少し戸惑いを見せていた。が、頬を赤くして「いいよ」と言ってくれた。ひっそりとした路地に誰もいないことを確認して俺は腕を彼女の肩に回した。体温を身体いっぱいに感じた。彼女の吐息も俺の右耳から聞こえてきて、心臓の鼓動も重なった。緊張しているのか、彼女は肩で息をし始めた。それに気付いた俺は彼女の横にあった顔を前に持ってきて唇と唇を重ねた。もちろんこれが彼女との初めて。一体どんな顔をしているのだろうか。俺は口づけをしたまま彼女を抱き締めた。それに彼女も応えてくれた。

 でもその後、彼女が我に返って俺を突き飛ばした。彼女は唇を左手で隠しながら目線を下にしていた。


 その後、2人は並んで歩いていたものの暫く何も話さなかった。

「あのさ、さっきのキス、私、初めてだったんだよね」

「え、そうだったの?」

 とてつもない後悔が自分の胸に押し寄せてきた。別れ際にあんなことをするなんて往生際悪い。ましてや彼女の初めてのキスが自分だったなんて。おぞましいぐらいに自分を恨んだ。

 「じゃあ、私ここで」と、駅前のバス停で別れた。

「うん。じゃあね」

「うん」

 彼女は終始目を合わせてくれなかった。それは致し方ないことだと思ったが別な方法を選べば良かったと思った。

 泣き出しそうな雲から1粒の雫が俺の鼻をかすった。

 思い出の次の日は雨だった。

 でも今日は思い出の日が雨になった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ