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なつやすみ  作者: 書常時雨
6/16

2012.9.1

 山の中から夏が重い腰を上げて南の国へ帰ろうとしていた。2学期が始まって最初の休日に僕は梓沙と秘密の場所へ来ていた。

「ちゃんと虫除けスプレーしてきた?」

「うん!」

「刺されちゃダメだからね」

「うん!」

 梓沙は左の掌に大きくて真っ赤に腫れた虫刺されがあった。体質的に腫れやすいらしく、痒みが出やすいみたいでよく梓沙の家へ行くと、梓沙のお母さんとお姉ちゃんがうるさく梓沙に「虫除けスプレーは?」と言っていた。だから僕もその真似をしているだけなんだ。

「ヤッさんこそ、山の中を走りすぎて倒れないの?」

「うん!もう慣れちゃった」

「へぇ。慣れちゃったとかあるんだね」

 僕達は他愛もない会話をしながらあの場所へ着いた。秘密の場所から見える景色は最高だ。山の麓にある僕らの街もハッキリと見えるしそこから伸びる田園もハッキリと見える。そこから少し小さいけれど、お店もたくさん並んでいる。ここは梓沙と僕しか知らない場所!誰にも教えたくない2人だけの場所なんだ。

「私ね、決めたことがあるの」

「なに?決めたことって?」

「私、大学行きたいの」

「ふーん」

 大学って「しんだい」とか「やまだい」とか「とうだい」ってところかな。僕はそう思いながら梓沙の話を聞いていた。

「でもね、県外から出てみたいの」

「そうなんだ」

 その言葉を聞いた僕は、何故だか胸がキュッと締め付けられた気がした。梓沙と離れ離れ。そんなこと考えたことすらなかった。

「ヤッさんも大学とか考えてるの?」

「うーん、僕は……」

「ヤッさん頭良いじゃん。大学行った方が良いと思うよ!」

 僕は将来のことまで考えている梓沙が羨ましく、楽しくて野山を駆け回っている僕と違って大人に感じた。彼女の横顔がまるで大学生のようにも思えた。

「僕は、大学生になっても走りたい。大学生っていうのは僕が大学に入るんじゃなくて、大学生の歳になったらってこと」

 僕はタジタジになりながらも自分のやりたいことを梓沙に伝えられた。

「だから、駅伝に出てみたいの!箱根でも、出雲でもいいからさ」

 「箱根」も「出雲」もどこにあるのか、僕の頭の中の日本地図には書いてなかった。もしかしたら中国なのかな。

「それって大学生にならなきゃ出られないんじゃない?」

「え?そうなの?」

 驚いた。まさか梓沙と同じ大学生にならなきゃ出られないなんて。

「じゃあ、僕も大学生になる」

「一緒に大学生目指そっか」

「うん!」

「じゃあさ、指切りしよ!」

「うん!」

 梓沙と僕は2人で息を合わせて「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます!指切った!」と、大人も立ち寄らない秘密の場所で誓った。

「大学生になるの、楽しみだね!」

「うん!すごく楽しみ!」

 前は霧で何も見えないが、山の頂上はハッキリと見えている。そんな感覚が僕も梓沙にもあるんだろう。

「あとね僕、もうひとつ指切りしたいことがあるの」

「ん?なに?」

「梓沙を守りたい!ずっと梓沙を守っていたいの」

「え!何それ!すごく素敵!」

 僕は「へへへ」と、頭の後ろを掻きながら照れ隠しに笑った。

「じゃあ、それも指切りしよっか」

 また2人で指切りをした。

 もし今見ている夢が破れたとしてもまた秘密の場所で新しい約束を誓い合えば良いと思った。

 だって未来の梓沙が本当の梓沙で、未来の僕が本当の僕だもの!

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