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なつやすみ  作者: 書常時雨
5/16

2018.8.2

 この季節は日本中暑く、暑さから逃れられない状況だった。

 蝉が鳴き、太陽は僕を照りつけて湿度を含んだ空気が体力を削いだ。

 時はインターハイ。僕の高校は、陸上の推薦を県外から積極的に取り入れているほどの強豪校だ。特に長距離に力を入れており、駅伝は県内の中で敵はいない。全国でもそれなりに戦えるほどであった。

 そんな高校で八島と僕は800mを走っていた。八島も僕も県外組で、寮の部屋も同じ、競技も同じで常に競い合っていた。

「おい、矢島」

 八島はレース前のアップをしている僕に話しかけてきた。

「ん?どうした」

「2人で予選突破しような」

「ああ」

 今年の冬、書き初めした日のことを思い出す。八島と僕は『全国入賞』という4文字を風で飛んでしまいそうな紙に黒い墨で書いた。お互いタイムも同じくらいで、毎日タイムや筋トレの回数、自主練の時間を競い合っていた。

 そんな日々が今では少し懐かしくも感じた。


 予選では八島が5組、僕が7組であった。準決勝へコマを進めるには2着か3着以降の選手でタイムの良い3人のみ。出場者の持ちタイムのランキングを見ると僕ら2人は9位と10位にランクインしていた。地方大会では少しの差で僕が優勝を収めた。その時のタイムが2人とも自己ベストであった。

 招集が行われ、トラックへ足を踏み入れた。アスファルト同様、タータンも熱を発していた。

 俺らは運動会で使われているようなテントの中でランニングシューズからスパイクに履き替えた。


 レースが消化されてゆく。今までこういう大きな舞台には何度も立ってきたが、いつも緊張してしまう。

 呼吸が乱れないように深呼吸をしたり、緊張で身体が固まらないようにトラックの脇を走ったり、飛び跳ねたりしていた。

 気温は昼前で34℃まで達していた。その場に立っているだけで汗が出てきてユニフォームにしみを作った。

「では、5組目のみなさん、スタートの位置に立ってください」

 体格の良い役員が5組目の選手を呼んだ。

「じゃあ、行ってくるわ」

「おう、気楽にな」

 僕は八島の肩甲骨の真ん中を叩いた。八島に言った言葉は自分にも向けて言ったつもりだ。

 八島に緊張している様子など全く見受けられなく、ただ飄々とアップをして肩を回して各組のレースをボーッと見ていた。

 それでもスタート前のウィンドスプリントではとても身体が動いているように見えた。頭にハチマキを締めて、目は獲物を捕まえる虎のように目尻が吊って鋭い眼差しをしていた。

 聞こえてくる場内アナウンス。競技場内に緊張が先に走った。「on your makes」この声とともに喋り声も人の動きも蝉の鳴き声すらも止まった。号砲が鳴り響く。一斉にスタートを切る。「頑張れ八島!!」大きな声を張って八島を応援した。トラックの半周に到達した時点で八島は8人中5番手だった。彼にとっての好位置に着たままトラックを1周し、あと1周を知らせる鐘の音が鳴り響いた。「さあ、ここからだ」八島の凄さは後方待機ができるだけではない。そこから更にじわりじわりと順位を上げていく。1周目よりも脚が回っていた。残り200m、物凄い勢いで先頭に迫っていく。恐らく、足音が聞こえるところまで近付いただろう。ここまで上がってこられると先頭は走りにくくなる。残り100m。直線の途中で2番手に押し上げると1番手にぴったりくっつき、ゴール直前で脚の回転を緩めて2着でゴールイン。これで八島の準決勝進出は決まった。

 八島は汗をポタポタとタータンの上に零しながらハチマキを外し、僕に「頑張れよ。暑かったけど無風だから走りやすかった」と告げて、自分の荷物を置いた場所へと戻った。

 1組挟んで次は僕の番だ。ウィンドスプリントは上出来。この組で1番速いのは僕だ。誰にも負けられない。

 闘志が漲り、僕も八島も同じような目をしているのだろう。

 スタートラインに立って胸を拳で2回ほど叩いて「僕はできる」と自分に言い聞かせて「on your makes」の声を聞いた。

 号砲がなり、僕の身体は独りでに動く。200mからレーンは関係なく自由に走れるため、僕は先頭を狙って駆けた。1番速いのはこの僕だ。誰よりも速いんだ。練習で走っているよりも少し速い気がしたが、今日は身体が軽くてピッチが上がっているだけだと思った。そろそろ1周目を走り終える。

 ジリリリリリリリリリ!!残り400mとなった。僕はもっとピッチを上げた。実際は上がっていないだろうが、上げる気持ちで走らないと酷い走りになってしまう。それだけは避けたかった。400mのタイムは54秒。普段より2秒速かった。しかし、ここで気を抜くわけにもいかない。僕は後続を突き離すように走る。脚に乳酸がじわっと溜まってきたのを確認できた。

残り200mとなり、しんどくなってきた。でも、諦めはしたくなかった。絶対に準決勝へ進んでやる。負けるものか!

 カーブを回り、直線に差し当たった瞬間、雷が落ちたかのように痛みが走った。最初、どこから痛みが来たのか分からなかったが、後に腰だと気付いた。1コーナーを走っていた僕は左側の芝生がある場所に倒れ込んだ。

 後続の7人は僕を置いて走り去り、遠くへ消えていった。僕は腰を押えたまま動けず、自然と涙が出てきた。

 八島との約束は果たせず終い。あいつに見せる顔はない。

 僕はどこからか来た涙を目から流して、火傷するくらい熱していたトラックに倒れたままだった。

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