2017.8.16
俺は踊らされている。そう気付いていたのはこの女が他の女と違って演技をしているのが見え透いたからだ。
それでも俺は構わなかった。それぐらい満たして欲しかった訳ではなく、俺は演技をしている女が気になって仕方がなかった。悪びれなく浮気するこの女の魅力にどんどん惹かれてしまったのだ。
これが夏のせいというものなのだろうか。俺は自分で自分を振り返って馬鹿らしくなって、地下のダーツがある部屋で甲子園のピッチャーのような投げ方でダーツを投げた。
お盆明けに俺はユアという女と約束をして、一緒に映画を見る約束をした。ユアはバドミントン部に所属しており、いろんな人から聞くところ相当なやり手で、過去に4股をして男を弄んだらしい。それでも俺はユアの掌の中でピエロとなってサーカスをしていた。
駅で待ち合わせをして昼食を摂り、映画館へ向かった。駅構内から外へ出たとき、痛いくらい照りつける日差しと熱風、まとわりつく湿度で毛穴から汗がじわっと溢れ出した。
「今日も暑っついね〜」
「な。ほんと異常だなこの暑さ」
俺の目にうつった温度計は34℃を表していた。現在午前9時。ここまで暑い日はそうそうない。
俺は隣にいるユアを見下ろした。目鼻立ちがくっきりしていて目は大きくて二重、顔は小さく俺と目が合うと笑顔で答えてくれた。
「何見てるの?」
「そっちこそ、何見てるの?」
「いや、特に」
「嘘つけ」
「ほんとだって」
「私のこと好きなくせに」
俺はこれ以上答えられなかった。だって、好きだから。この女に全てを差し出してもいい思うくらいに。
映画館に着いて2人でチケットを購入後、少し時間があるため川の景色が見える赤いソファーに2人で座った。その右側には映画の予告を伝えるモニターが設置されていた。
「ねえ、この背景後ろにして写真撮ろう」
ユアはそう言ってスマホを横にした。どうやら加工アプリを使っているらしく、スマホの画面上には俺らの顔から熊の耳が生えて、目は丸くなり、顔が小さくなって頬がピンクに染った。どうやら撮れたようで、ユアはスマホを縦に戻して操作した。
「夏斗の顔が小さいから並ぶの嫌だな〜」
「そうか?」
俺は輪郭を触ってみた。何も変哲もない顔だった。確かに昔、親戚から「お母さんと似て小顔だね」と言われたことはあった。思い当たる節はそれくらいだ。
映画が上映される時間となり、2人で大型スクリーンのある部屋へと入った。それから映画を楽しみ、暗かった大きな部屋が一気に灯りが点いた。
横を見るとユアはハンカチで自分の目に当てて、鼻を啜っていた。
「ヤバい。感動した」
「確かにな。あれは泣けてしまうな」
夏に相応しい映画だった。また、主人公とヒロインが別れてしまう典型的な映画でもあった。そんな映画で涙腺が壊れるのは大林ぐらいであろう。
「泣き止むまでゆっくりしようか」
「うん」
なかなか涙が止まりそうもなく、さっきの赤いソファーに座った。俺は泣いている彼女の頭を撫でた。そうしたら彼女は俺の方向を向いて笑っていた。
「もう、気が済んだか?」
「うん!気が済んだよ」
俺ら2人は映画館から出て、灼熱の太陽の下へ。地面は焼け焦がれて日差しは痛いほど照りつけ、空気も怠そうに湿度をいっぱい含んで俺らの肌にまとわりついた。
俺の横を見ると彼女は凛として、さっきの様子が全く見受けられなかった。
「次はどうする?」
「え、もう帰るよ?」
「でもまだ早くない?3時だよ?」
「早くないの」
どこか冷たくなった彼女を不審がったが、それでも彼女の言いなりになった。
俺らは駅へ向かい、電車を待った。
「うーんと、9番線だね」
「私、4番線乗るね」
「え?だって家はこの電車乗らなきゃ着かなくないか?」
「ちょっと寄るところがあるの。じゃあね」
彼女はちいさな身体を一生懸命動かし、足音を立てながら4番線へと向かった。
「ねえ、ちょっと待ってよ」
「嫌だ」
「誰のところへ行くのさ」
「誰でもいいでしょ」
「一緒に帰ろうよ」
彼女の身体が俺に向いて「はぁ」と大きなため息をしてから
「あなたのためにどうして私が束縛されなきゃいけないの?そんなに本当の彼氏の場所に行ってしまうののが嫌なの?あなたとは遊び相手だからね。別に付き合っているつもりではなかったから」
と、大きな声で俺に言った。彼女は「じゃあね」と言ってその場を離れた。
ああ、そうか。俺は振られたのか。それ以上に「付き合っているつもりではなかった」という言葉が胸に深く突き刺さった。