2015.7.30
夜中の午前2時、私は家族全員が寝ている家をこっそりと出た。今日は私達のグループや私達のグループのボス格の彼氏がいるグループが真夜中に集まる話なんか聞いていない。だから私達は外へ出たのさ。
夏特有の湿った風が私の身を包んだ。その風は日中のように熱気を持っておらず、特に嫌気は差さなかった。
公園の赤いベンチにはもうすでに工藤の姿が見えていた。
「遅くなってごめんね。待った?」
「いや、全く」
工藤はそれ以上何も言わなかった。彼は優しいから、待ったとしても「待ってない」と言うんだろう。
「会いたかった」
「俺も」
2人が会う時はこの時間で警察も飲んだくれもお家に帰っているから、開放的になる。
工藤は私の上半身に腕を回した。それに応えるように私も彼の肩に腕を回した。工藤の身体は羨ましいくらい細く、少しだけ筋肉質だった。私達は盛り上がりはしたが、「今日は止めておこう」と私は彼を止めた。
その代わり、彼は女性的で、自信のない身体の私を細くて、筋肉質の身体に密着させた。唯一自信のある乳房が潰されて彼の身体に遠慮なくくっついた。
私の身体から離した後、工藤は満足気にクシャッとした笑顔を見せてくれた。
生徒会応援団長で仕事人の顔をしているのに、私と一緒にいるときはこの顔を見せてくれた。
私達2人は決して交われない世界にいた。
工藤は中学1年生と2年生の頃に私の所属しているグループから嫌われた。原因は彼が小学生の頃に私のグループのボス格の彼氏と対立し、完全に男子の中で、彼のグループとボス格の彼氏グループで二極化したらしい。
サッカー部や野球部などのスポーツが出来る、いわゆる陽キャが中学生の頃も実権を握り、工藤達のグループは陰に隠れることになってしまった。
それ故、小学生の頃の対立が工藤の小学校と私の小学校が合わさった中学校でも引きずって対立が生じた。
でも、私は工藤を好きになった。私の中学校では例えカラスが黒くても実権を握っているやつが白と言えばみんな白と言う。でも、工藤だけは黒と言って村八分にされる。あそこまでハッキリと言える人などこの学校には工藤1人だけだろう。だから、よく衝突してしまうのだ。
「なんか、こうしているだけで落ち着くね」
「うん」
「ごめんね。窮屈な思いさせちゃって」
「ううん。いいの。隠れてだけど2人でいれるなら」
私達2人はLINEで会話をしていた。
中学1年生の頃、工藤と私は同じクラスだった。そのクラスには私の小学校の陽キャが実権を握っていた。そこで工藤は陽キャ達に面白いを理由に気に入られ、一時期工藤が陽キャに昇格したときがあった。それは長く続かなかったものの、その時にクラスLINEで工藤と私は繋がった。
お互い惹かれあった。それも工藤が陽キャ達と仲が悪くなればなるほど。
私達はロメオとジュリエットになったのだ。
闇のような空が青くなってきた頃、私達は公園のベンチで手を繋いで眠たい目をこすり、限られたこの時間を噛み締めていた。
「今度さ、いつになるか分からないけど、映画とか美味しいお店とか買い物とかしよ?」
「それ、デートのことでしょ」
「うん。その言葉言うのが恥ずかしかった」
「だったら一緒の学校へ行こう?」
「え?私勉強出来ないよ?」
「分かってる。でもそうじゃなきゃずっとこの関係続けなきゃかと思うし、少しでも楽になるためにもさ」
「じゃあ、頑張ってみるね」
「うん。俺も1つランク落とすからさ」
真夏の太陽が東の山から顔を出し、セミが鳴き始めた。もう朝だ。シンデレラがみすぼらしい姿に戻るように、私も工藤という王子様と一緒にいられる制限時間が音を立てて近づいてきた。
「もう、朝だね」
「うん。もう朝だ」
「また私達は知らないふりをしなきゃいけないんだね」
「広瀬のためにもそれはちゃんと守るから」
「あのさ」
「ん?」
その後に続いて口から出したかった言葉が喉につまって出てくるのを躊躇った。1回バレないように深呼吸をして
「最後に名前で私のこと呼んで」
彼は予想外の言葉だったのか、驚きを顔に描いていた。
「じゃあ、広瀬も俺のこと名前で呼んで?」
今度は私が顔に驚きを描いた。でも逆に嬉しかった。
「いいよ」
彼は唇の間から白い前歯が見える程度の微笑みを返した。
「美佳」
「優」
「美佳」
「なに?」
「ずっと傍にいてね」
優はそう言って私の頭に大きいけれど繊細な手のひらを乗せた。
一瞬心臓が止まった。