2007.9.4
「隣に俺がいなくても元気にしてろよ」
「私は子供じゃないから、元気にしてるから」
私はそう答えた。
彼と私は今日で別れることになった。2年前の暑さが厳しかった夏の日のこと、私達は海へ行ってそこで付き合い始めた。その時は世界一の幸せものになれたはずだ。永遠に続くかと思っていたこの関係。でも、私達の関係は引き裂けられなければいけない運命だった。
「ねえ、海行きたい」
「良いけど、少し寒いと思うよ?」
「いいよ、今暑いし」
「そう、じゃあ車に乗ろう」
彼は2年前と見た目は変わっていなかった。彼だけ歳をとるのを忘れてしまったように皺が顔になく、病気もせずに元気だった。
私は2年前と同じ彼の黄色い車に乗って海へ出かけた。気候が秋らしくなっていた。もう秋が来て冬が来る。でも、寒いからって彼にくっついて暖を取る事なんて出来ないし彼を抱きしめることだってもう出来ない。他の人じゃない、彼じゃなきゃいけなかった。
車へ乗り込んで、灰色の景色から海と砂と夕陽の景色へと向かうため、彼が運転を始めた。
「2年前もさ、そうだったよね」
「うん」
「あーあ。懐かしいな、あの頃はまだ純粋に恋をしていたのに」
「確かにな。俺もガキだったな、あの頃は」
「そんなことないよ」
そんなことあった。付き合いたては子供っぽいと感じることは多々あった。見た目だけが成長して、中身は高校生のまま。でも私はそんな彼が大好きだった。でも、2年が経つと彼は高校を卒業していた。モラトリアムが抜け出し、ちゃんと分別の出来る大人になっていた。私からすれば見た目は変わらないのに、別な人と付き合っている感覚さえした。子供っぽかった彼が好きだったのに、いざ大人になると心が冷たくなるほど寂しかった。もっと子供のままで甘えて欲しかった。
「あの頃は高校生に戻った感じがしたな。何だろう・・・・・・やっぱ純粋って言葉が当てはまるや」
「俺も。好きって感情以外出てこないほど純粋だった」
彼は前を向いたままハンドルを握っていた。以前は私の方を向いて話してくれたのに。
「あのさ、もし私が他の人と付き合ったらどう思う?」
「どう思う、か」
彼は「どう思うだろうな〜」と呟きながら少し目線を上にあげて考えていた。
「ちゃんと祝福はするよ。よくぞ次の人を見つけられた!ってね」
「そう」
2年前にもそんな質問を彼にしたと思う。いや、少し内容は違うけれどもしたことはある。「もし、私が浮気したらどうする?」と彼に質問したら、「この世の終わりかと思うわ。まず、男を殴りに行く。それから悪いところを直してもっといい男になる」と、答えてくれた。高校生に聞いたような答えが返ってきた。そんな彼はもういなくなってしまったみたいだ。
「ほら、着いたよ」
彼とともに車から降りて砂浜へ向かった。もうすっかり秋の気候になって海で遊んでいる人はいなかった。いるとしても散歩をしている人だけだった。
「なんか、寂しくなっちゃったね」
「確かにな」
また私がサンダルの中に砂が入ったと行って足を洗い、お姫様抱っこを頼もうかなと思った。でも、彼がそれに答えてくれなさそうな気がしてやめた。
2年前と同じ時間帯に来たはずなのに、夕陽は海の方向に大きく傾いて沈もうとしていた。
「ねえ、最後のお願いしてもいい?」
「うん」
「防波堤に行こう」
「いいよ」
2人並んで防波堤へ向かった。あの頃と違う2人になってしまったことは知っている。でも、お姫様抱っこや手を繋いでくれたりするのを期待している私もいた。
「まさかさ、俺らが出会う前から繋がっていたなんて思わなかったよ」
今日初めて彼が話を振ってくれた。
「私も。驚きが隠せなかった」
「それ知ったのいつだったの?」
「20歳の誕生日にお母さんから言われたの」
「秋夜の父親は岡本竜秋だって?」
「うん」
「異母兄妹が出会って恋をするってあるんだな」
「ねぇ、あるんだね」
「兄妹は結婚出来ないらしいよね」
「私と別れる理由、それだけじゃないでしょ?」
「え?」
「冬樹はお父さんのことを恨んでいる。だから岡本って名字を捨てて家を飛び出した」
「凄いね秋夜、全部お見通しだな」
「2年間も一緒にいれば分かるさ」
私は得意そうにニヤけてみせた。最後に笑っている私を焼き付けたかった。兄妹だろうが結婚出来なくても良かった。でも、彼が恨んでいるのは私の父親でもあり彼の父親でもある。もしそうじゃなかったら、つまり彼が父親を恨んでいなかったら、私達はこのままでいられたのに。私達は運命を恨み続けることしか出来なかった。いくら恨んでも、恨みの大小関係なく私達の運命は変わることはなかった。
「なあ秋夜」
「ん?」
「俺は親父を恨み続けるよ。人としてやってはいけないことをしたし、社長をやりたくないのにやらせようとしたし、出たかった大学も卒業したかった。でも、卒業したら俺が社長になってしまう。そんなのが嫌で俺は予備校を辞めて自由になろうとした」
「そうなんだ。辛かったよね」
「でも、親父が秋夜のお袋と出会っていなければ秋夜と俺は出会えなかった」
彼は夕陽を眩しそうに見つめながら言った。
「運命を恨み続けても変わらないけど、俺らが生まれついた理由はしっかり2人の中に刻まれたよね」
「もちろん」
涙腺から涙が溢れそうになって私は言いかけた言葉を再び飲み込んだ。でも、涙は溢れ出てきた。すすり泣く私の肩をそっと包み込んで、彼は自分が羽織っていたシャツを私にかけてくれた。
「そうやって優しくするなよ」
「ごめん」
「謝るな」
私は彼の香水の匂いが染み込んだシャツで涙を拭って、子供が泣いてるかのように大声を上げて泣いた。
彼には、私の姿はどう映っていたのだろうか?そんな事を聞けやしなかった。
さようなら、愛しい人。さようなら、私が愛した人。さようなら、楽しかった日々よ。
ありがとう、私を愛してくれた人。
ショートショートストーリー集『なつやすみ』を最後まで読んでいただきありがとうございました。
皆さんにとって今年の夏はこの主人公達と同じように特別な夏を過ごせたでしょうか?また、今年の夏はどんな夏になったでしょうか?
楽しい夏、燃える夏、悲しい夏、苦しい夏、失望した夏、イケナイことをしてしまった夏・・・。
100人いれば今年の夏が100通りのシナリオで映ります。
皆さんのひと夏にこの主人公達が居るならば、こんなに嬉しいことはないです。
また、これからも物語と日誌を更新していくので待っててください!
本当に本当にありがとうございました!