2018.8.3
季節は夏となり、心が躍る季節へとなった。
遊ぶ以外で来ないこの街で、俺はヤツを待っていた。
「お待たせ〜、タツヤ」
「おう!久しぶり!タツヤ」
彼は水谷達哉。地元で有名な自称進学校に通っている頭の良いヤツだ。俺は前田辰哉。専門学校へ進学することを決めていて、達哉ほど忙しくはないが週に1度の面接練習に追われていた。
「じゃあ、行くか」
俺らが仲良くなった場所━カラオケへ向かった。
「俺らって不思議なもんだよな」
「同じ名前のヤツが同じ女に騙され、同じカラオケ店で再開する」
「ドラマみたいだな」
「ほんとその通りだ」
圧倒的に灰色の多いこの街で街路樹を見つけては蝉が1週間の命を謳歌するように声高々と鳴いていた。それに伴って太陽も火力を強めているように思えた。
「なあ、1つ聞いていいか?」
「ん?」
「まだ3150って言葉使ってるのか?」
「ああ、はああ。それはもう、使ってねえぜ」
「だよな」
「あの時は興奮しすぎてポロッと言葉に出てしまっただけだから。気にすんな」
3150とは、達哉が俺と初めて出会った時、俺が最高という意味で使ってきた言葉だ。最初はゲラゲラと笑っていたが、家に帰ってよくよく考えてみるとダサい言葉だと気がついた。
「あれはだせぇよな」
「うん。自分で認めるけど、だせぇ」
2人はあの頃のようにゲラゲラと笑った。何となしに歩みを進めていたら、あっという間にカラオケ店の前にいた。
「どーこでーこわれーたのーohフレーンズ」
達哉は昔の失恋ソングを外にいた蝉のように声高々と歌っていた。これが受験によるストレスか・・・・・・。受験生恐るべし。全国の受験生が集まったらこの街は一瞬で壊されてしまう勢いだろう。
外とは違って冷蔵庫のように冷えていたカラオケボックスは俺にとって肌寒かった。俺は腕を擦り、室温を上げた。
「いやー、最高だね。カラオケって」
あー、もうヤツの目は触れちゃいけない薬物を使ってしまった人の目になっていた。これなら職務質問されるだろう。腕をまくられて注射の跡を見せる未来が見えた気がした。
「1日どんくらい勉強しているん?」
「そうだな、大体10時間くらいかな」
「は!?10時間かよ!」
「うん。それでも時間が足りないくらい」
そりゃ目もギラギラするはずだ。相当疲れているのに誘ってしまって申し訳なかった。
「大変だよな、受験」
「まあ、大変だね」
ギラギラしていた目から穏やかな目になって話を続けた。
「俺、ユアに裏切られたことがすげー悔しくて、妥協ができねぇんだよ。いつか見返してやろうって思うし、ここで頑張らなければ一生このまんまな気がして自分自身が許せねぇんだよ」
「そうなんだな・・・・・・」
達哉は俺と違っていた。名前は同じなのに、捉え方が。
確かに俺は大学へ行く気がないが、このまま堕落した夏休みで良いのかな?と思った。
依然としてクーラーの効いた部屋は寒いままだったが、彼の志はこのカラオケボックスを真夏に変えてしまうほどの熱を持っていた。
どのくらい歌ったか覚えていないほど狂ったように歌っていた。喉も枯れてあまり声が出なくなった頃、店外へ出るともう空はオレンジ色になっていた。
「相当長く居てしまったな」
「それな」
「どっか寄るか?」
「んー、何でもいい」
達哉はそう言って笑った。
「なあ」
「ん?」
「ここにみうら竜也来てるってよ」
「え?」
この街で1番大きな書店で、みうら竜也のトークショーとサイン本の手渡し会が行われていたらしい。
「ちょっと行ってみるか?」
「いや、もう終わってるな」
書店の入口に貼ってあったポスターには14時から18時までと書いてあった。
「ほんとだ」
「でも、赤本欲しいからちょっと寄ってもいいか?」
「俺は構わないよ」
2人で店内へ入っていった。カラオケボックスとうって変わってちょうど良い温度だった。地下1階に参考書コーナーがあるらしく、エスカレーターを下った。下りたところに喫茶店があり、コーヒーと本の匂いが漂って鼻をくすぐった。そこから少し奥に進むと、重圧感のある、赤い本の塊がそびえ立っていた。
「どう?」
「すげえ」
「だろ?」
そこから達哉は目当ての大学の名前を見つけてそれを手に取った。
「そこが目指している大学なのか?」
「いや、滑り止め」
そう言っていたが、その学校は全国的にも有名な私立大学だった。
「お前、頭良いんだな」
「どうってことねぇよ」
そう言っていたが、達哉は少し誇らしげにしているような感じだ。
1階にあるレジで会計を済ませて書店から出ようとした時、スーツを着た人が長身のラフな格好をした男の人にペコペコと頭を下げていた。ラフな格好の男に見覚えがあるような気がしていた。
「おい、あれあの時の」
「もしかして?」
「多分、そうだと思う」
彼がみうら竜也であり、ユアの彼氏でもあった。
「まさか、作家さんだとはな」
「そりゃ俺らは負けるよな」
「ああ」
俺らはその姿を見た時から1歩も動けなかった。
色んな感情が押し寄せて身体が破裂しそうだった。
俺らが愛した人は大人気作家の彼女だった。あの本で出てきていた「彼女」はユアだったんだ。俺らはビルが爆発して崩れるかのように膝の力が抜けていった。
そして、外には「彼女」の姿が映っていた。




