2016.8.5
「ずっとそばにいて」
「・・・・・・今いるじゃん」
「そういうわけじゃなくてね・・・・・・」
1番伝えたいことは1番言葉にできない。それは僕が作家を目指しているときから嫌なほど感じてきたことだ。まさか現実でもそれは本当だったとは思いもしなかった。
時刻は日付が5日に変わって午前3時。向かい合ってお酒を飲んでいるのは僕よりも8歳歳下の好きな人。下手すれば未成年誘拐と未成年に飲酒を勧めたとして逮捕されるだろう。お酒の勢いとはいえ、彼女を電話で呼び出すとは自分でも思わなかったし、彼女も来るとは思わなかった。
僕はビールの缶を3本開けてそれをひと口飲んで、口の潤滑油にしようとした。なかなかあの言葉が言えなかったのだ。
「どうしてさ、今日来てくれたの?」
「んー、何もなかったしとにかく楽しそうだったから。かな」
彼女もグレープフルーツ味のチューハイをひと口飲んだ。
「お酒が飲めたし、私は来て良かったって思うよ」
「この事誰にも言っちゃいけないからね。僕が逮捕されちゃう」
「分かってるよ。また誘ってくれるよね?それなら言わずにいるから」
「そのつもりだよ。だから秘密だよ」
「うん!覚えていたら守るね」
「覚えていたらかい」
彼女は僕から笑いを取れて満足気になり、チューハイを一気に飲み干した。
「もう1本ある?」
「あるけど・・・大丈夫?」
「うん!まだまだ」
「そう・・・それなら持ってくるけど」
僕は2人で囲んでいるテーブルから少し離れた白い冷蔵庫に向かって歩いた。
ドラマや小説に出てきそうな、ありきたりなワンルームの中に生活用品は収まっていた。ありきたりではないのは僕が今、犯罪まがいのことをしているのと僕の好きな人が高校生ということ。
一歩間違えたら僕は裁判所において刑事裁判を受けることになるという重い責任を背中に背負っているためか、お酒と一緒に流し込んだつまみが口から出てきそうだ。
「オレンジとグレープがあるけど、どれがいい?」
「んー、オレンジ!」
僕は冷蔵庫に横たわっていた缶チューハイのグレープ味を取り出し、小さく抱え込んで座っている彼女に手渡した。
「もう5%はなくなったからこれで我慢して」
「えー、ちょっと弱い」
「明日親元に帰って酒臭かったら怒られるでしょ?だから3%で我慢して」
「親は明日の夜まで帰ってこないよ?」
「それでもね・・・。悪酔いしてしまったら二日酔いになっちゃうからね?」
「うーん、分かった。じゃあそれで我慢する」
彼女は缶チューハイを受け取ってプシュッと音を立てて、缶を開けた。
僕もひと口残っていたビールを飲んだ。炭酸が抜け切って苦い水になっていた。
「ビールって美味しいの?」
「んー、人それぞれかも。僕は最初飲めなかったな」
「ふーん、ちょっと飲ませて」
彼女は僕のそばに置いてあった缶ビールを手に取ってひと口飲み込んだ。
「うげっ。苦っ」
「でしょ」
「なんか、あれみたいだね。あれ」
「ん?」
「ほら、あれだよあれ」
「あれって言われても分からないよ」
「もういいや」
相当酔っぱらっていて、呂律が回っていないため集中して話を聞かなきゃ彼女が何を言っているのか分からなかった。
彼女がいきなり立ち上がり、窓を開けた。
「クーラー効いてるのに開けなくてもいいでしょ?」
「ねえ、外の空気凄くいいよ」
「ほんとに?」
彼女のように窓から顔を出し、肺が膨らむ限界まで空気を吸った。決して澄んだ空気とはお世辞でも言えなかった。が、退廃していく街の夜がこんなにも感傷的で、哀愁漂う空気が流れていたなんて引っ越してきて3年が経とうとしていたが、初めての発見だった。
「ねえねえ」
「ん?」
「何でさ、私がここに来たか分かる?」
「んー、何だろう」
「好きだからだよ」
「へ?」
「好きなの。ずっとそばにいて欲しいの」
「そう・・・なんだ」
「あーあ、酔った勢いで言っちゃった」
「なんだ。無駄な心配しちゃったな」
2人は感傷的で哀愁漂うこの街の空気を感じながら向かい合った。
東の空はうっすらと明るくなっていた。
「ねえ、近付いて?」
「うん」
「やっぱ暑い」
「うん」
そんな事を言ってたのに彼女は僕の手を握ったままだった。
身長の低い彼女には僕の手は大きすぎたみたいだ。僕の人差し指と中指と薬指を掴みながら、彼女は僕に身を寄せた。




