2017.8.1
熱風を抱きしめて、私は砂漠の中を歩いていた。
ユラユラと目の前を泳いでいた蜃気楼に目が止まった。それは彼というオアシスだったのだ。
私は悩んでいた。時間がないのに悩んでいた。
「あーずさ、どうしたの?そんな浮かない顔して」
同じ吹奏楽部で同じフルートを演奏している杏が話しかけてきた。
「んーん、なんでもない」
「なんでもなくないでしょ!だってフルートを持ちながらブルドッグみたいな顔してたもん。そんなん梓沙の好きな人に見られたらたまったもんじゃないでしょ」
脊髄反射のように身体がビクッと反応してしまった。あーあ、また杏にバレるじゃん。
「ほほーう」
杏は目を細めながら私に寄ってきた。そして、しばらく黙って首を縦に振った。
「繋がった!山下君でしょ?」
「はっ!?あっ!?だっ!?」
「いやわかりやす」
「そっとしておいてね?好きになろうとして好きになったわけじゃないから」
「うんうん!山下君カッコイイもんね!でも私は山下君の近くにいる岡本君がタイプだけどね」
「杏ってそういうタイプなんだね」
「まあね〜」
私達は音楽室が人数の割に少ないこととクーラーが効かないことから普段教室として使っている部屋を練習場所にしていた。私達フルートは4人だが、今日は後輩2人がオープンキャンパスで不在のため、2人で練習している。
杏はフルートを置いて黒板の前に立って話し始めた。
「じゃあ、今日山下君を誘ってみよう」
「へ?」
「だから、山下君を誘うの」
「どこに?」
「ラブホ」
「バカ!!」
私は顔でお湯が沸けると思うほど真っ赤になって額から汗が出てきた。
「冗談冗談、8月12日はなんの日だ?」
「ええ。花火?」
「That's Right!それに山下君を誘うの」
顔が豆粒みたいに小さい杏は顔いっぱいに笑顔を作った。そして黒板に「山下君を花火に誘おう計画」と、堂々と書いた。
「で、質問するけど山下君とは連絡取ってるの?」
「うん」
「頻度は?」
「毎日。大体5回くらい返信してる」
「あ、丁度いい」
杏は黒板に「連絡→毎日5回返信」と白いチョークで書いた。
「そもそも彼女は?」
「多分いない」
それも杏は黒板に書いた。
「1回聞いてみよう。花火見に行く人いるかどうか」
私はリュックサックからスマホを取り出し、未読のままだった彼の個人チャットを開いた。「山下君って花火誰かと見に行く??」丁度花火の話を始めたばかりで、とても助かった。
「送ったよ」
「おっけ〜」
今の時刻は11時24分。彼は部活を終えてスマホを見るだろう。無視しないで見てくれ!と、グラウンドの方向に目を向けて念力を送った。
「そういえば梓沙、陸上部みんな競技場へ行ってたわ」
ガクッ。私の念力は最初から意味は成さなかったが、山下君のいないグラウンドに向かって念力を送るという無駄なことをした。
「じゃあ、今度は色んな可能性に備えて返信の仕方を考えてみようか」
杏は黒板を消してリュックサックからルーズリーフとシャーペンを取り出して何かを書き始めた。
「まずね、女の子と見に行くってなったら諦める。それと・・・」
「2人とも、お昼にしない?」
部長が教室に入ってそう告げた。作戦会議は一旦終了。彼からの返信を待つのみでスマホと作戦を書いたルーズリーフをリュックサックに突っ込んで、皆が集まる2年1組へ弁当を持って向かった。
お昼を終えてスマホを見ると、彼から「今のところはないよ〜」「誰も行く人いないし、人がたくさんいるから花火は行かないつもりかな」とLINEが来ていた。
「・・・・・・想定外なんすけど」
杏は全てを悟ったかのような顔を私に向けてきた。私もヤバいと感じた。ルーズリーフには、
『女子と見に行く→諦める。けど、その人と上手くいかなかったらチャンス
友達と見に行く→遠慮気味に誘う。友達を優先させたら脈なし
予定がない→誘う。ガツガツ誘いまくる』
と、書いてあったが行きたくないまで考えてなかった。しかも、めちゃくちゃ返信困るし。
「杏、これどうしよう」
「一旦未読無視しよう。練習しながら考える」
杏はフルートを口に当てて演奏を始めた。私もこのLINEにはお手上げだから、フルートを口に当てて、いつも上手くいかないパートを練習することにした。
練習をして2時間ほど経って部活も終わりに迫った頃、ガラガラと大きな音を立てて教室の扉が開いた。
そこには汗だくになった男子生徒が入ってきた。
「え?」
「あ」
「?」
「!?!?」
「山下・・・くん?」
「徹?」
「梓沙じゃん。久しぶり」
何が起こったのか分からなかったが、花火に誘おうとしていた人物―山下徹が目の前に立っていたのだ。
「梓沙、こりゃチャンスだよ」
隣にいた杏が私の左耳に囁いた。
「どうしたの?てか汗拭きなよ」
「ああ、そうだ。実は忘れ物に気付いて、部活終わってから帰って制服に着替えてから取りに来た」
ここは彼のクラスである2年5組だった。教室はその日毎適当に選ぶのだが、まさか彼が教室に来る時にこの教室に居るなど考えもしなかった。
「それって学校で部活するときで良かったんじゃないの?そんな汗かかなくて済んだのに」
「そうだったな」
私にとっては最大のチャンス。彼が考えなしの馬鹿で良かった。
「あのさ」
「ん?」
「12日の花火一緒に行かない?」




