第11章 完成するまで現実は見るな!
【あらすじ】
同人ゲームを作ろうとした壱人の前に、黒天使マイナマイナが現れ、ゲーム制作を後悔している10年後の壱人(イッQ)を連れてきた。
※基本的には休載中。今回は例外の更新です。
【登場人物】
壱人 :同人ゲームを作ろうと思っている大学生。
イッQ :ゲーム制作を挫折し続けて後悔している10年後の壱人。美少女フィギュアに憑依中。
マイナマイナ:イッQを10年前に連れてきた黒天使。※今回出番なし。
ピヤ號 :壱人の心から生まれたヒヨコの様な謎の生物。※今回出番なし。
食卓も兼ねるローテーブルで、ゲームに出てくるキャラクター“深赤薔薇の少女”のイラストを描いていた39cmの美少女フィギュアは心の中で呟いた。
(まずいな…)
すぐ後ろには、パソコンに向かってオリジナルゲームを作っている壱人がいる。
美少女フィギュアの中には、10年後から来た壱人自身が憑依しており、壱人と区別する為に、便宜上、イッQと呼ばれていた。
イッQは自分が挫折したゲーム作りをやり直す為にここにいるのだが、数日前から不穏な気配を感じ取っていた。
壱人は毎日作業はしているが、ゲーム制作は進んでいないのである。
作業が進まないのは挫折の兆しだ。早目に解決する為にイッQは現状を確認する事にした。
「今は何の作業をしているんダ?」
声を掛けてきたイッQに、壱人は体ごと振り向く。
「カードを出した時の動作だよ。瞬間的にバッと出るより、カードが画面外から出てきてひっくり返る方が格好良いからさ。」
壱人はその後も聞いてもいないことを事細かに説明し始める。
「何度もやり直してるんだけど、微妙な調整が必要で、まだ満足のいく出来にならないんだ。」
(ナゼ進まないのカ、原因は分っタ。)
イッQは全てを理解した。
壱人はメインシステムの面倒な部分で行き詰まり、簡単に結果が見える演出部分に逃げているのだ。
確かにメインシステムは時間のかかる作業だ。イッQは何ヶ月経っても完成しなかったし、そうなると達成感が得にくい。
だから規模の小さい処理から仕上げてしまおうという気持ちは分かる。
しかしそれは例えるなら、マラソンをする為に柔軟体操を延々と行い、いつまでも走り出さないようなものだ。
それでは進むはずがない!
しかも、ここで客観的に見た現状を伝え、「まずはメインシステムを作った方が良い」と言っても無意味な事をイッQは知っている。
計画が上手くいかない場合、一般的には原因を分析して、対策を考え、それを実行する。困難な目標なら、中間の目標を設定して、一つ一つ達成して満足感を得るようにすれば良いと言われている。
しかし、実はそれが出来るのは、ある程度の能力と知識を持った優秀な人間だけなのだ。
凡人はそれをする事で計画の大変さが見えてしまい、作業をすること自体に抵抗を憶えてしまう。何度も失敗してきたイッQには分かる。
ならばどうするか?辿り着いた結論は一つだ。
「勢い」である!
そう、大切なのは勢いなのだ。凡人が何かを成したいなら、勢いを止めてはいけない。「やればできる!」という根拠のない自信を燃料に、効率が悪くても、とにかく勢いで作業を進めてしまう方が結果が出るのだ。
壱人には勢いがある。壱人自身はその勢いを使いこなせないが、10年多く生きてきたイッQなら制御できるかもしれない。
イッQは呼吸を整え、頭を整理する。
まず一番大切な事がある。これは絶対に守らなければならない掟だ。それは…
『完成するまで現実は見るな!』
である。
これからの作業にどれだけの時間と労力を費やさなくてはならないのか、その作業はどれほど面倒なのか、リトライは数え切れないだろう。しかも、そうまでして作っても、出来るものはクオリティが低く、世間からは評価されないのだ。
その現実を見れば凡人はやる気を失う。
だから、どんな嘘八百、美辞麗句を並べようと、絶対に現実を見せてはいけないのだ!
(さあ、どうする?)
イッQは頭の中でグルグルと渦巻く言葉から慎重に選ぶ。
否定的なものは避け、肯定し、持ち上げ、煽て、もてはやすのだ。失敗は許されない。しくじればゲーム作りは停滞してしまうだろう。
そして、これだと言うものを口に出す。
「お前も成長したナ。」
意外な言葉に壱人は戸惑う。
「何言ってんだよ。調整が上手くいかないって言ってるだろ?」
「分かってるヨ。オレが感心したのはお前がメインシステム以外の作業をやってるって事サ。」
「どういう意味だ?」
「今、お前がやっているのはゲーム進行から言えバ、そこまで重要な部分ではないダロウ?」
「まあ、そうだけど。」
「以前のお前ナラ、そういう所は飛ばして先に進んでいたはずダ。」
「うん。」
壱人は微かに頷く。
「だけどプログラムの技術が上がり、出来ることが増えたカラ、そういう細かい所にもこだわるようになった、と言う訳サ。」
イッQの説明に壱人は顔を輝かせた。
「確かに、そうかも!」
(ヨシ、食いついタ!)
第一段階は上手くいった。次は第二段階だ。
「だけど締切もある事だシ、マズは大まかにメインシステムが動くようにした方が良いんじゃないカ?」
イッQはさりげなく、且つ、分り易く目標を変更する。
「そうだな…」
壱人は頷くが、直ぐには行動には移らず、考え込んでいた。
「どうしタ?」
内心の焦りを隠してイッQが尋ねる。
「今やってるやつをちゃんと終わらせたいんだよ。中途半端は嫌だし、もうちょっとで出来ると思うんだ。」
(誘導が甘かったカ!)
壱人をメインシステム作りに集中させる為には、今やっている作業を止めさせなければならない。イッQはまた頭を働かせ、何とか自然に切り替えさせようと話し始めた。
「そのカードの演出ダガ…実は今のままではは絶対に納得いくものは出来ないんダ。」
「何でだ!?」
もう少しで完成すると考えている壱人は、不思議に思って尋ねた。
「完成させる為には、あるものが足りないのサ。」
「あるものって?」
「“枠”ダ」
「“枠”?」
「“境界線”でもイイ。」
益々意味が分からないという顔の壱人に、イッQは言った。
「現実のものじゃないゾ。概念の事ダ。」
イッQはテーブルの上のシャープペンシルや消しゴム、定規、コップなどを集める。
「今のお前は、広いスペースに物を自由に置いている状態だ。」
それらを色々動かし、重ねたり、広げたりして見せる。
「確かにいくらでも広げる事ができるし、逆に小さな範囲に積み上げる事もデキル。しかしその自由さのせいで、返って何が正解か分からなくなっているんダ。」
今度はA4の紙を置き、その中に先程の品物を配置する。
「そこで登場するのが“枠”ダ。スペースが決まっていると、その中に必要なものが収まれば完成だから、判断しやすいだろう?」
「なるほど。」
「ゲーム作りも同じダ。メインシステムという“枠”を作る事で、各処理の完成が判断できるようになるのサ。」
「そういう事か!」
感心する壱人に、イッQは脅かすように言う。
「その判断ができないと、永遠に作り直しを繰り返す事になるから気を付けろヨ。」
「何て恐ろしいんだ!」
恐怖を覚えた壱人だが、それでもカード演出に未練があるらしくグズグズとしているので、イッQは最後の一押しをする事にした。
「心配ナイヨ!」
「突然どうした!?」
憑依しているフィギュアのキャラクターであるミッQの決め台詞の一つを、ポーズ付きで披露して壱人の注意を引くと、イッQは安心させる為に付け加える。
「ゲームが一通り出来たら、調整する時間をちゃんと取るヨ。」
「本当か?」
「勿論ダ。後から調整した方が、良いものが出来るカラナ。」
「そうだよな。」
「そうだゾ。」
まんまと信じて疑わない壱人を見ながらイッQは心の中で呟いた。
(嘘だけどナ!)
そう、後で調整する時間なんて絶対に取れないのである!締切が来てもゲームがちゃんと動くか怪しいくらいだ。
(ダガ、ここでは本当の事を言う必要は無イ!)
ゲームを作る時は、勢いを止めてはいけない。只、ゲームを完成させることだけを考えて、前に進まなければならないのだ。
「メインシステム作り、頑張るぞ!」
壱人の気合いを入れる声を聞き、イッQは安堵する。
(とりあえず今回はなんとかなりそうダ。)
しかしイッQの戦いは終わらない。ゲームが完成するまで、壱人に現実を見せてはいけないのだ!
※最後までお読み頂き、ありがとうございます!
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