第09章 左右反転は禁止
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イッQはコピー用紙に、ヒヨコような何かであるピヤ號のデッサンをしていた。マイナマイナの要望で急遽ゲーム内にピヤ號を出す事になったからだ。
様々な角度で観察しながらピヤ號を描いていく。基本的に丸いのでそれほど難しくはないのだが、モフモフの毛並みをなんとか再現しようと何度も線を描き直していた。
そんなイッQの作業が気になり、プログラミングに一段落ついた壱人が覗き込む。
「おー、ピヤ號がいっぱいいる」
コピー用紙には、上下左右斜めなど角度の違うピヤ號の他に、食事、おねだり、寝ているところ、寛いでいるところ、歩いている姿、飛んでる姿、日向ぼっこの様子など、動きのあるスケッチも描かれていて壱人は感心した。
「お前、こんなにたくさんのピヤ號が描けるなんてスゴイな」
壱人の褒め言葉に面映ゆくなりながらイッQは応える。
「こんなもんだろ?これくらい描いておかないとイラストにする時に困るからな」
そう言うイッQに壱人は疑問を感じた。なぜなら深赤薔薇の少女のモデルであるマイナマイナのスケッチは、ゲームをしている状態の横向きか斜めのものしか無いからだ。主人公のライバルであり、ストーリーの重要なポジションである深赤薔薇の少女は、感情を表に出さないという設定ではあるが、それだけに微妙な表情の変化が大事だというのに。
それを指摘するとイッQは一気に動揺した。
「いや、ゲームしてる時くらいしか観察する時間が無くて…」
「それは仕方ないとしても、もっといろんな角度から描けよ。特に正面は必要だろ?」
正論を突きつける壱人に対して、イッQは反論する。
「それができれば苦労しない!正面だと恥ずかしくて描けないんだ!」
何を言っているのだろうと壱人は思った。人の正面なんて一番よく見る角度で、それが恥ずかしいなんて意味が分らないというものだ。
「恥ずかしいって何が?」
「お前もやってみればわかる」
そう言うとイッQはマイナマイナに声をかけた。
「マイナマイナさん、少しだけこいつと向かい合ってくれませんか?」
「今はダメなのデスデス」
ゲームをするのに忙しいとあっさり断られたが、いつもの事なのでイッQはすぐに打開策を打つ。
「この季節限定プリンをあげるので三分間だけお願いします」
「三分だけデスデスよ」
意外と簡単だった。
「じゃあ、マイナマイナさんと正面から向かい合って三分間スケッチしてみろ」
何もしていない状態で見つめ合うのは、さすがに間が持たないので、条件はイッQと同じにした。
「分かった」
そうして意気揚々と壱人はスケッチを開始する。
しかし一分後。
「無理だ」
壱人はすぐに音を上げた。
「な、分かっただろ?」
「正面からの視線に耐えられない…」
「そういう事だ。俺達みたいに人慣れしていない者は、正面からの視線で精神力を削られてしまうんだよ」
今まで気にしなかったが、壱人は自分が正面から人の顔をきちんと見ていなかった事に気付いた。人の顔を見ているつもりで無意識に視線を外していたのだ。だから改まって視線を合わせると、自分が視ている事と他人に視られているという二つの感覚に圧倒されてしまう。しかしスケッチをするなら視線を合わせる必要がある訳で、その恥ずかしさに耐えなければ描けないのだ。
壱人は反省し、深赤薔薇の少女のイラストがほぼ横顔しかなくても文句を言わない事にした。
最後にイッQから奇妙な要望があった。
「深赤薔薇の少女のイラストは、絶対に左右反転するなよ」
ゲーム内の会話のシーンは、画面の右側は主人公のミッQで、ライバル達は左側に表示する。だから深赤薔薇の少女のイラストは左向きだけでも問題ないのだが、ライバル同士の時は右側に表示する事もありえるので左右反転を禁止されると困るのだ。壱人がそう言うとイッQは説明した。
「他のイラストはミッQの素材だから、いくらでも左右反転していい。だが深赤薔薇の少女は俺が描いたイラストだからダメだ」
「え、なんで?」
「大惨事になるからだ!」
絵があまり上手くない人間のイラストはデッサンが狂っている事が多い。左向きなら誤魔化せる事も左右反転すると不自然なところが目立ってバレてしまうのだ。
「ああ…うん」
イッQの言葉に納得した壱人は素直に従う事にした。