第09章 ストーリーを考えよう①
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壱人が大学に行っている昼間、イッQはコピー用紙にゲーム内のメインライバルである深赤薔薇の少女のイラストを描いていた。衣装も決まり、かなり描き慣れてきたのだが、その手がふと止まる。
この前、壱人が表示を2Dから3Dに変えたいと言い出した時はなんとか阻止したが、同じ事をまた言い出さないとは限らない。作業が停滞気味になると、そういう目新しいものに飛びついてしまうからだ。
個人のゲーム制作においてマンネリズムは最大の敵である。飽きた途端に作業が止まり挫折の原因となる。だから寄り道や余分な作業だとしても、多少の変化をつける事も大切なのだ。
そんな考えから、ゲーム作りはあまり進んでいないものの、目先を変えるような事を始めようと思った。もちろん影響の小さなものを選んでだ。
大学から帰ってきた壱人に、早速イッQは切り出す。
「そろそろストーリーモードを進めないか?ストーリーを固めてゲームの進行を決めるんだ」
壱人のゲームは、カードバトルのシステムの出来が評価の全てと言っても過言ではない。だからストーリーモードはそれほど重要ではないが、ゲーム自体に思い入れしてもらう為には大切な要素である。
しかもストーリーを考えるだけならプログラミングの負担は増えないし、壱人も自身の考えた話だから興味があるだろうと踏んだのだ。
「それ、いいな」
思った通り提案を聞いた壱人はすぐに良い反応を示す。そこまでは良かったのだが、次の言葉でイッQは唖然となった。
「じゃあ頑張れよ。監修はしてやるから」
その軽すぎる態度に、イッQは面喰らいながら慌てて言い返した。
「お前が考えるんだよ!」
そう言われた壱人は不思議そうに尋ねる。
「前にあらすじとキャラクターの設定を渡しただろ。他になんかする事あるのか?」
イッQの懸念が現実になった。もしかしたらと思っていたが、設定だけ決めてその後は何も考えていなかったらしい。設定は点である。点がどんなにたくさんあっても、それだけではストーリーにならない。それを結ぶ線が必要なのだ。
「お前から貰った設定は、身長、体重、年齢、食べ物の好き嫌い、イメージカラーとかそんなものだろ。簡単に性格も書いてあるが、キャラクターが何を考えて行動してるのか、キャラクター同士の繋がりなんかが全然分らない。その空白を埋める為に、キャラクターが動いたり喋ったり考えてるエピソードが欲しいんだ」
そうしないと台詞一つ出てこないと訴えたのだが、それを聞いた壱人の反応は薄かった。
「えーあれで全部だよ。後は想像力を働かせてなんとかしてくれ」
面倒くさがって丸投げしようとするので、いくらなんでも無理だと思ったイッQは、壱人を動かすために考えを巡らせた。
「そうだ。プロローグだけでも書いてくれないか?」
物語の初めだけでもはっきりすれば、多少おかしくてもなんとか形になるのではと思ったのである。そしてそれが上手くいかなくても、イッQにはもう一つ思惑があった。
「それくらいならいいぞ」
イッQの申し出に壱人は快く応じた。自分の頭の中で既にストーリーはできているから、それを文章にすれば良いだけだと思ったのだ。そして数秒間、何やら考えると大学ノートに書き始める。
“この世界が始まったのは何年も前…”
どこかのバラエティ番組の寝台特急の一シーンで出てきたような文章を書いた後、壱人の手は止まってしまった。書こうとはしているのだが、あやふやなイメージが固まらず文字に変換されないのだ。
「…書けない。なんでだ?」
それを壱人は不思議がるが、イッQはそうなる事を知っていた。企画書の時と同じである。完璧なのは頭の中だけで、実際はガラクタの寄せ集めなのだ。本当に組み立てたいのなら、それを頭の中から外に出して客観的に考えなければいけない。そして欠けている要素を補うために、様々な事を調べ、知識を増やし、試行錯誤しながら、最良の組み合わせを探す必要があるのだ。
その事実を突きつけると、言われるだけ言われた壱人は反論する。
「それだけ分かっているなら、お前がなんとかしろ!」
イッQも言い返す。
「原因が分かるだけで、対策は知らん!」
「その思考力を使って、俺の考えを読み取ってお前が書けよ!」
「お前の頭の中なんて分かるか、無茶言うな!」
「俺とお前は同じ人間なんだから、なんとかなるだろ!」
「なるわけないだろ!」
不毛な言い合いがしばらく続いたが、そんな中、壱人がイッQに言い放った。
「お前、それだとゲームが作れない原因を研究してる人だぞ!お前はゲームを作る人になりたいんだろ!原因を突き止めたところで満足するなよ!」
「うっ」
壱人の言葉に一理あると思ったイッQは反論できなかった。そして考えを切り替える事にした。どうすれば壱人の頭の中の漠然としたストーリーを纏められるのかと。
しばらくの沈黙の後、イッQは妥協案を出した。
「とにかくストーリーを作る上で欠けてるところを埋めよう。足りない部分を俺が質問するから、お前はそれに答える。答えられなかったら、その場で話し合おう」
「分かった」
壱人も素直に同意する。とにかく今の状態では埒があかない事を、二人共、理解していたのだ。