第09章 途中の仕様変更は阻止しよう
この文章は「小説家になろう」サイトに投稿した文章です。それ以外のサイトで掲載されていた場合は無断転載の可能性がありますので、通報をお願いします。また著作権は「屑屋 浪」にあります。ご協力、よろしくお願いします。
------------------------------------------------------------------
「良いことを思い付いたんだ」
壱人が目を輝かせながら、イッQに話しかけてきた。前もそうだが、このような場合は突拍子もない事を言い出す時なので、イッQは気が重くなった。しかしそんな様子には全く気付かずに、壱人は自分の思い付きを発表する。
「表示を2Dから3Dに変更しよう!」
ああ、やっぱりと心の中でイッQは呟いた。この前、3Dアクションゲーム「Treasure Getting!」を買って夢中になっていたので、なんとなく予感はあったが、本当に影響されやすい奴だと溜息をつく。
「今ならまだ表示部分は大して作り込んでないから、2Dから3Dに変更してもそんなに影響はないよ!むしろ今変えないとダメだと思うんだよね!」
生き生きと語る壱人を見ながら、どうしたものかと困惑しながらイッQは聞いていた。壱人の頭の中では、既に3D表示になったゲーム画面が展開されているのだろうが、それほど簡単に物事は進まないのだ。
イッQは、ここでこの考えを阻止しなければならないという訳の分からない使命感が湧いてきて、毅然とした態度で告げた。
「却下」
「なんでだよ!」
「どうせ、Treasure Gettingをプレイしてて、3Dが格好良いとか思ったんだろ?」
「そうだけど!」
「図星かよ」
言われた事はその通りだが、壱人はとにかく自分の考えを吐き出さなければ気が済まなかったので話し続けた。
「3Dなら仕組みさえ作っちゃえば、いろいろ応用が効くだろ?最初は大変だけど、後々楽になると思うんだ!」
力強くそう言って、それにと付け加える。
「ミッQの素材の中には3Dモデルもあるから自分で用意しなくていいし」
表示を3Dにするにしても、3D用の素材が必要になるのだ。特にキャラクターのモデルは重要だが、それについては既に用意されているという訳だ。
「いやいや、確かに3Dモデルやエフェクトは存在するけど、素材があるだけじゃどうしようもないぞ。お前、3Dの表示方法とか分からないだろ?」
イッQに質問された壱人はすぐに答えた。
「これから勉強するよ!3D用のゲーム開発本もあるし、それでまたサンプルゲーム作りながら覚えればいい!今なら少しはプログラムのことも分かってきたし、前より書いてある内容も理解できるから、すぐにできるって!」
壱人の予定では、3Dゲーム用の開発本でサンプルゲームを作るのに一週間、その後、今のゲームに組み込むのにもう一週間くらいのつもりなのだろうとイッQは思った。
しかし現実は、サンプルゲームを作るのに一ヶ月。更に組み込んで、思った通りに動かすまで数ヶ月かかるのである。
「考えが甘い!3Dはそんな簡単なものじゃないぞ!」
イッQはそれらの事を考慮して反対したが、やる気のある壱人はその程度の言葉では止められなかった。
「でもTreasure Gettingの画面は格好良かっただろ?特に攻撃モーションに入った時にキャラクターを上下左右にぐるっと回って見せたり、地形全体に出てくるエフェクトや、手前から奥、奥から手前にグーッと寄っていく演出とかは、3Dならではだと思うんだ!」
「それは認めるけどな」
実のところイッQも以前3Dに挑戦した事があるのだ。そして全く理解できず、その挫折のせいでゲーム作りからしばらく離れてしまった。だからこそ、この仕様変更は止めなければならないと思ったのだが、そんな事は御構いなしに壱人は力説する。
「3Dだと映画みたいなカメラワークができるから、よりゲームの世界に入り込んだようになるし、臨場感があるから見ているだけでワクワクするし、カードから飛び出て闘ってる感じになって盛り上がるって、絶対!」
「いや、そうだけど…」
あまりの熱気にイッQが言い淀んでいると、意外な方向から伏兵が現れた。
「私も3Dに変えるべきだと思うのデスデス。3Dの方が迫力のあるものが作れるのデスデス」
伏兵はマイナマイナである。マイナマイナもTreasure Gettingにハマっているせいか3Dを支持したのだ。
二対一になり、イッQは不利な形勢になった。このまま押し切られないようにと頭をフル回転させて対抗手段を考える。
「そうだ!深赤薔薇の少女のモデルはどうするんだ?あれはオリジナルキャラだから、ミッQの素材の中に3Dモデルはないぞ」
なんとか考えた質問を壱人にぶつけたが、それには意外な答えが返ってきた。
「お前が作ればいいだろ?」
その言葉を聞いて、一瞬、呆気にとられ、イッQは何も言えなかったが、すぐに正気に戻って言い返した。
「お前、何言ってるんだよ!?俺は3Dモデルなんて作った事ないぞ!」
「大丈夫だって。イラストが描けるんだからモデルだって作れるよ。2Dも3Dも大して変わらないだろ?」
ミッQトルネードーーー!!!
説明しよう!ミッQトルネードとは、自身を高速回転させて相手にぶつかり、地の果てまで吹っ飛ばす技である。
※良い子のみんなにお願いだよ。技を出すときは広い場所を選んでね。
壱人のあまりに無知な発言に、イッQはつい大技を出してしまった。
「お前は何を言っているんだ!?2Dと3Dが違う技術だって事くらい分かるだろ!」
10年前の自分はこんなに物知らずだっただろうかと、いろいろな思いが頭を巡り、言いたい事はたくさん出てきたが、ひとつだけ声を荒げて断言した。
「多少ましなイラストを描くのですら何年もかかってるのに、3Dモデルなんてすぐには作れねえよ!」
ミッQトルネードで吹っ飛ばされた壱人は、それでも尻込みもせずに反論する。
「でもネットで検索したら、みんな簡単そうにやってるよ」
「あれは簡単そうに見えるだけで、物凄く努力をした結果だよ!」
「やる前から逃げていてはいけないのデスデス」
「マイナマイナさんも無茶振りしないでください!」
無謀な壱人の提案にマイナマイナの圧力が加わり、このままでは本当に3Dモデルを作らされてしまうとイッQは思った。
その時ふと疑問が湧く。今までマイナマイナはゲームの内容に関しては口を挟まなかったのに、なぜ今回だけはこんなに強引なのか?それが糸口になるかもしれないと考えた。
「マイナマイナさんは、なんで3Dにしたいんですか?理由を教えてくれたら協力しなくもないですよ」
協力しない可能性も残しつつイッQが慎重に質問すると、マイナマイナは熱を込めて答えた。
「表示を3Dにして、あの技の感動を壱人くんのゲームの中で再現して欲しいのデスデス」
あの技とは、マイナマイナがTreasure Gettingでお気に入りのオールアラウンドブロークンという技である。
つまり、お気に入りの技をオマージュしたいという事らしい。その気持ちは分からなくもないが、あの技はこれから3Dを始める初心者には到底、真似できない代物だ。しかしその話を聞いた壱人は気分が高まり、作ってみたいと言い出した。
「オールアラウンドブロークンみたいな技を出して勝利宣言したい!」
「その意気なのデスデス」
マイナマイナも壱人を応援する。
「最後はやっぱりカメラ目線の方がいいですよね」
「決めポーズは大事なのデスデス」
そうやって二人で盛り上がっているのを見ながら、イッQはまた溜息をついた。
「俺らの技術じゃ無理ですよ」
技を思い浮かべ、イッQは力なく答える。
「頑張ればなんとかなるよ!」
「努力すればできるのデスデス」
「努力を軽く考え過ぎです!」
既に気持ちが3Dになっている二人に何を言っても聞いてはもらえず、このままでは埒が明かないと思ったイッQは、まずマイナマイナを説得しようと方針を決めた。
「マイナマイナさん、オールアラウンドブロークンの感動が再現できないのは技術や努力のせいではないんです」
オールアラウンドブロークンは、迫力のある攻撃モーションが数多く用意され、更に派手なエフェクトが盛大に使われている。技を出す前の動きや、大剣を振り回すモーション、打ち出した後の決めポーズなど、それらのモーションとエフェクトがフレーム単位で調整されて絶妙なタイミングで噛み合っているのだ。他の大技と比べてもかなり凝っていて明らかに差があるのを考えると、この技には必要以上の拘りが込められているというのが分かる。
「つまり、あの技には作り手の魂が宿っているんです!だから簡単に再現なんかできません!オールラウンドブロークンは唯一無二の技なんですよ!」
余談だが、オールラウンドブロークンは、技自体は格好良いのだが、出すためには高レベルが必要な上、条件の難易度が高すぎて、実の所、人気はあまり高くない。
「確かにそうかもしれないのデスデス。あの心に訴えかける力は、魂が込められているからなのデスデス」
イッQの説明にマイナマイナも一理あると思ったようだ。駄目押しでこういう時のために用意していた極上プリンを献上する。
「このプリンを差し上げるので、3Dの件は無かった事にしてください」
そしてマイナマイナは、先ほどの説明と極上プリンにより、あっさりと主張を取り消したのだった。
それを見た壱人は愕然とした。心強い味方があっという間にいなくなったのだ。プリンまで用意されたのでは、もうどうしようもない。しかしまだ味方はいる。壱人はマイナマイナに付いていこうとしているヒヨコの様な何かであるピヤ號に向かって叫んだ。
「ピヤ!お前は俺の味方だよな?」
ピヤ號は、壱人のゲームを作りたいという想いから生まれた何かである。だから自分を見放さないと考えたのだ。
だがしかし、イッQはここでも手を打っていた。
「ピヤ、お前の好きなミカンゼリーだぞ。こっちでマイナマイナさんと一緒に食べな」
ミカンゼリーを確認したピヤ號は、表情の読めない瞳で壱人をジッと見つめた。たが見つめただけで、一目散にゼリーの方に飛んでいったのだった。
「裏切り者ー!」
壱人は膝をついて項垂れた。これで味方は誰もいなくなった訳だが、それでも諦めなかった。
「全部じゃなくてもいいんだ。エフェクトだけでもさ」
「いやいや、一部分でも3Dの仕組みを入れる必要があるから、かなりの大工事になるんだって!」
今の発言で壱人の認識がイッQには分かった。2Dから3Dにする事の大変さが分かっていないのだ。ちょっと追加するだけ、みたいに思っているのだろうが、実際は新しい技術を使うので、ゲームをもう一つ作るくらい大量の作業が発生するのである。
これも自分で試して失敗しなければ分からない事だ。だからといって失敗するまで待ってはいられない。
そもそも、困難である事を理解して、それでもやるというのなら挑戦しても良いが、壱人の場合、思った通りにできないと、さっさと諦めてしまうので、ただの時間の無駄なのである。
威勢の良いのは最初だけなのだが、今は勢いのある状態だから簡単には引き下がらないだろう。これをどうやって説得すればいいのか、イッQは頭を悩ませた。
その時、ある考えが浮かんだ。
(そうだ!3Dゲームに影響されたんだから、今度は2Dゲームに影響されるようにすればいいんだ)
イッQは早速その考えを実行に移した。
「なあ、一度、初心に戻ってみないか?」
「初心?」
「お前がゲームを好きになったきっかけだよ」
不審がる壱人の前で、イッQはゲーム関係の物が置いてある辺りを探して、一般的に『エモクエ』と略される2Dゲームソフトを引っ張り出した。それは壱人が小学生の頃に夢中になったもので、世間でも名作と呼ばれ、ゲーマーの間でも評価が高いソフトである。ここに引っ越す時にも、持ち物リストにすぐに入れるほど思い入れのあるものだった。
そのソフトを、しばらく使っていなかった旧世代の据え置き型ゲーム機にセットし電源を入れる。オープニングの音楽が流れると、壱人は懐かしくなり、すぐにテレビの前に座り込んでゲームを始めた。
ひとしきりプレイした壱人の口から無意識に呟きが漏れる。
「やっぱり“エモクエ”は面白いな」
その言葉にイッQは手応えを感じ、壱人を説得しにかかった。
「な?今プレイしても充分楽しめるだろう。面白さに2Dとか3Dは関係ないんだよ」
グラフィックが綺麗な方が魅力的なのは確かだが、土台となるシステムがしっかり考えられているから面白いんだと説明した。
「だから、お前が今やることはグラフィックの向上じゃなくて、システムをきちんと作る事なんだ」
そうすれば後で2Dから3Dに変えても面白さは変わらないからとイッQが言うと、壱人はなるほどと頷いた。それを見て取り、イッQは畳み掛ける。
「新しい技術や面白い技術を取り入れること自体は悪くない。だが、自分の力量以上の事をしようとすれば、覚悟と努力と時間が必要になるだろ?」
「まあ、そうだな」
「しかも、その技術を勉強してる間に、もっと新しい技術や面白い技術が出てきて、今度はそっちの方が魅力的に思えて、次はそれを勉強して…なんて事を繰り返していたら、いつまでたっても終わらない訳だ。だから、その時その時に、できる事をするのが一番なんだよ」
壱人は聞いた言葉を頭の中で反芻していた。イッQの話は分かるが、Treasure Gettingで受けた衝撃が大きすぎて、まだ踏ん切りがつかない。答えが出ない壱人を見て、イッQはどうにか納得させようと言葉を選んで話し続けた。
「3Dがダメだと言ってるんじゃない。今回は2Dで作ってみようというだけだ。次にゲームを作る時は3Dにすれば良いんじゃないか?今は初めてゲームを作っているんだから、まずは完成させるのが一番の目標だろ?」
まあ次回作なんてないだろうがとイッQは思ったが口には出さなかった。そして最後に大げさな言い方をして壱人の心を動かす事にした。
「それに2Dには2Dの良さがある。工夫次第で派手にも重厚にも感動的にもどんな演出だって可能だ。限られた条件の中で一つの表現に拘って作ってみるのも、一流の職人みたいで格好良いと思わないか?」
「確かに格好良いな!」
思惑どおり、壱人は気持ちが一気に傾き、2Dを駆使してゲームを作ると張り切り出した。
その壱人の反応を見て、こういう時は中二病で良かったとイッQは感謝した。変にマーケティングの知識があると、今の主流はこうだとか、こういうのじゃないと売れないとか言い出して話が面倒になるが、中二病は格好良ければ納得してくれるからだ。
こうしてイッQは仕様変更をなんとか阻止する事に成功したのだが、全ての力を出し切った割にはゲーム作りは進んでいないのだった。