第08章 番外編 頑張れハスミンⅡ
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(今日はMMさんと待ち合わせをしているから、遅れるわけにはいかない)
葉純は仕事をなんとか終わらせて足早に帰ってきた。家に着くと、さっさと風呂に入り、夕食も済ませ、夜食用の菓子と飲料を用意する。
喜村葉純は、デザインの専門学校を出た後に、中堅の広告会社で働く傍ら、「ねるねるネズミ」の名前でネットにイラストを発表したり同人活動をしていた。友人にはハスミンの愛称で親しまれている。
今はTreasure Getting!というアクションアドベンチャーゲームに夢中で、この後、ネットで知り合いと一緒にプレイする予定だ。
ネットギルドでの待ち合わせは22時なので、それまではオフラインでトレジャーハントをして、10分前にネットに繋げば良いだろう。そう考えながら、据え置きゲーム機の電源をONにする。しばらく忙しくてできなかった分、今日は朝まで楽しむつもりでいた。
時間が近付いてきたので、ハスミンはクエストに一区切りを付け、ネットギルドに繋ぐためのフィールドに移動する。そこでいくつかのアイコンを順番に押すと、移動中の画面になり、しばらくしてから回線が繋って画面が消えると、ハスミンのキャラクターは何十人ものキャラクターが屯しているいる広々としたロビーの中にいた。
ロビーは展望台のような作りで、壁面全てが透明になっており、外には星々が煌めく宇宙空間が広がっている。このようなロビーが何百とあり、それぞれに星の名前が付いていた。ここはオリオン座の恒星の一つBellatrixの「012」ロビーである。
「MMさんはまだ来ていないかな?」
ハスミンはロビーにいるキャラクターの名前を検索してMMが居ないことを確認した。それなら後は待っていればいい。MMが来れば、同じように検索してハスミンのキャラクター「ラットⅢ世」を見つけるだろう。
ここにいるキャラクターは、ハスミンと同じように待ち合わせをしていたり、単独プレイの合間だったり、一人で来て協力プレイをしてくれるキャラクターを探しているのだ。ハスミンは「待ち合わせ中」のタグをキャラクターの頭の上に出して、ロビーのイスに腰掛けた。
MMはネットギルドで知り合ったトレジャーハンターである。外見はボルドー色の長髪を持つ少女で、黒系の服装に、今は黒い防具を身につけているので、金具や飾り以外は真っ黒だ。武装は小柄な体型に似合わない大剣で、中二病が好きそうな見た目である。
ただ、キャラクターが女性なだけでプレイヤーは男性の可能性もある。しかしそれはネットではよくあることなので、ハスミンは気にしてはいなかった。大体、自身のキャラクターも男である。少し背が高めで痩せていて丸眼鏡をかけたスペル使い、所謂、魔法使いで、自分の姿とは似ていない。MMが実際にどんな人物なのかは分からないが、それでも丁寧な話し方や細かい気遣いから、ハスミンにとっては話しやすい相手であった。
MMと知り合ったのは、ハスミンが初めてネットに繋いだ日である。話しているうちに、お互いに初めてネットに繋いだ事を知り、何かの縁だとフレンド登録したのだ。最初は同じくらいのレベルだったが、MMはやり込んでいるらしく、すぐに差が開いてしまい、今では最上級者と初級者(もう少しで中級者)になってしまった。それでも、こうしてたまにハントに誘ってくれるのだ。
知り合ってすぐの頃に、ハスミンはMMの名前や外見の由来を聞いたことがある。名前は自身のイニシャルで、外見は、ゲームを始める時にデフォルトのキャラクターで始めようとしたら、それを見ていた知り合いに止められ、勝手にこの姿に変えられたという。
そんなキャラクターの作り方があるのかとハスミンは驚いた。自分は色々と設定を考えていたせいで買ってから始めるまで一週間かかったというのに。
「ラットさんはどうしてその名前にしたのですか?Ⅲ世というのは何か理由があるのでしょう?」
逆にMMから自分のキャラクターの名前の由来を聞かれ、ハスミンは動転しながら何とか説明する。
「スペル使いの由緒ある家の出で、偉大な先祖の名前を付けてもらって、本当はもっと長い名前なんですが、スペルがあまり得意じゃないので、それに負い目を感じて省略してるんです」
そう言った後「という設定がありまして…」と急いで付け加えた。突然、変なことを言いだして引かれたかもしれないと思いながらハスミンが心配していると、MMから普通の反応が返ってきた。
「キャラクターに設定があるんですね。私の知り合いにも設定好きがいますよ」
それを聞いて胸をなで下ろす。設定付けに理解がある人で良かったとハスミンは思った。
そんな事を思い出していたら、MMがロビーに現れた。その姿を見て何人かが驚く。MMは最近『漆黒の剣戟』と呼ばれ、ハンター達に一目置かれているのだ。自身はそんな二つ名は、周りが勝手に言っているだけだと言っていたが、他のハンターから話を聞いたところ、ネット回線の遅延まで考慮された人間離れした無駄のない動きから、そう言われているらしい。
今の武装は、ブラックオリハルコンで作られたフェニックス・ダーク大剣である。ブラックオリハルコンは、ハイレベルのフィールドで、ボスを倒した時にたまに手に入るレア鉱物で、集めるだけでも大変なのだが、それを99個使用して作るフェニックス・ダーク大剣を持っている時点で、かなりのステータスなのである。
ハスミンとMMは簡単な挨拶をした後にミーティングルームに入った。ミーティングルームは十数人が入れる個室で、一つのロビーに256室用意されており、自由に使うことができる。使用申請したプレイヤーの許可がなければ、他のキャラクターが入れないようになっているので、知り合い同士で話したい時などに利用するのだ。
最近のトレジャーハントの話を適当にした後、どこのフィールドに行くのかを話し合う。MMは探しているレアアイテムがあるらしく、そのアイテムが出現するフィールドに行きたいらしい。そこは初級者でも行けるレベルだったのでハスミンも同意した。
目的のフィールドに移動した後、トレジャーマップに従い宝箱を目指して森の中を歩く。小柄な少女が大剣を背負って先行し、その後ろをハスミンのキャラクターが追いかけた。
いつもは数名でハントするのだが、今日は二人だけにした。レアアイテムがあった場合、人数が多いとそれだけ面倒になるからだ。しかし、これはこれでのんびりできるとハスミンは思った。複数だと会話についていくのに精一杯で、ほとんど発言できないからである。
倒木や岩がゴロゴロしている中、少女のキャラクターは軽々と移動していたが、背負っている大剣は、時々、木や岩にめり込んでいた。Treasure Getting!では、装備している武装によって移動が妨げられないように、移動中の武装の当たり判定は無効になっている。当たり判定とは、現実と同じように、物体にぶつかったり引っかかったりする事だ。しかしそれを無効にした副作用で、木や岩、壁などの障害物をすり抜けて、表示が変なふうに重なったり、飛び出してしまうのだ。
「大剣は平面を歩いている時は良いんですが、こういう場所を歩くと、色々なものにめり込んで格好悪く見えますね」
「大きいから仕方ないですよ」
MMが話しかけてきたので、ハスミンもそれに答えた。
大剣は、攻撃力も高いし範囲も広いが、素早さが無いので上級者向けの装備である。見た目は派手で、持っているだけで注目を集めるが、その扱いの難しさから、実の所、あまり人気は無いのだ。しかしMMは初心者の頃から大剣を使用している。他の種類の剣や、銃、スペルなども試したが、結局、大剣に戻ったのだ。
「なんで大剣なんですか?」
ハスミンが質問すると、MMが簡潔に答えた。
「オールアラウンドブロークンの効果が、大剣にしか付けられないからですよ」
オールアラウンドブロークンとは、一撃必殺の上に周囲の敵を一掃するスキルである。使用するには莫大な魔力とコマンドが必要なため、滅多に出せるものではない。ボス戦で出すのがベストだが、タイミングを間違うと即ゲームオーバーになるハイリスクな技なのだ。スペル(魔法)やボムと呼ばれるアイテムにも似たような効果のものがあるが、オールアラウンドブロークンは、攻撃力も然ることながら、動きやエフェクトの迫力が段違いで、発動した時の演出が飛び抜けているのである。
「あの技、決まると格好良いですよね」
「そうなんです」
MMはドライなようだが、こういう拘りがあり、ハスミンはそんなところも気に入っていた。
それにしてもMMはなぜ自分とハントしてくれているんだろうと、ハスミンは疑問に思った。レベルの低い自分にとっては、高レベルのMMがいればハントは楽だが、MMの方は、自分と一緒では低レベルのフィールドばかりになってしまい、得られる経験値やゲーム内通貨であるCMが少なくなってしまうのだ。
「レベルが低いフィールドでハントしても退屈じゃないですか?」
考えているうちに、いつのまにかハスミンは質問をしていた。それに対してMMは、そんな事はないと答えた。
「モンスターのレベルも低いから、いつもは出せない大技が使えますし、ラットさんとの会話も楽しいです。それにラットさんとハントをすると、欲しいアイテムが見つかる事が多いんですよ」
その時、MMのサーバントデバイスである白い鷹が鳴きだした。サーバントデバイスはキャラクターの補助をしてくれる存在で、装備しているだけでパラメータが上がり、戦闘時には自動で攻撃も行う。そして近くにアイテムがあったり敵がいるとこうやって教えてくれるのだ。
サーバントデバイスは犬や猫などの身近な動物から、妖精、宇宙生物、小型機械生命体などがあり、自分の趣味で選ぶことができる。市場やフィールドで好みのサーバントエッグを見つけて育てるのだが、育て方によって能力が変わってくるので、ブリーダーと呼ばれる育成をメインにしているプレイヤーは、与えるアイテムや経験値を厳密に管理していた。
MMが岩の陰を探すと虹色のアイテムが見つかり、それをハスミンに見せた。
「ほら、キュキュートの虹色の卵です」
キュキュートは低めのレベルのフィールドに出現する小型モンスターだ。キュキュートの卵は体力回復などの薬になり市場でも良く売っているが、今回見つけた「虹色の卵」はかなりレアなアイテムで、何十回プレイしても手に入らない事もあるのだ。
MMの目当てはこのアイテムだった。レインボーギャラクシーシリーズの家具を作成している最中で、その素材にキュキュートの虹色の卵が必要なのである。
「よく見つけてくれました、ピヤ」
そう言って、ピヤと呼んだ白い鷹にサーバントデバイス用の消費アイテムを与える。ブリーダーとは違い、その時に持っている中で一番良いアイテムを選んでいた。ピアは喜びながら食べている。その動きはプログラムされたものだが、本当に喜んでいるように見えて、なんだか微笑ましいとハスミンは思った。
アイテムを与え終わると、MMはハスミンの方を向いた。
「ラットさんとハントすると、欲しいアイテムが見つかると言ったのは本当だったでしょう?ラットさんは四つ葉のクローバーみたいな人ですね」
突然、そんなことを言われ、ハスミンは画面の前で赤面する。
「そんなことないですよー」
思わず照れて否定するが、フィールド上では怒りモーションでテキストが表示されていた。テキスト送信時に表情アイコンを選ぶと、笑ったり怒ったり泣いたり不思議がったりというモーションを付けることができるのだが、ハスミンは慌てると間違った表情を選んでしまうので、言葉と行動がめちゃくちゃになってしまうのだ。この辺りは始めた頃から変わっておらず、そのためハスミンは周りから天然キャラだと認定されている。
またやってしまったと更に動揺していると、突然、ハスミンの頭の中にストーリーが閃いた。大剣を持つツンデレ少女と気弱な魔法使いの少し照れくさいラブコメディだ。次の同人誌のストーリーはこれにしよう。ハスミンにはほとんどの構想が既にできていた。
その後、キュキュートの生息するフィールドを数時間ハントして、MMは虹色の卵を十個近く手に入れ、ハスミンはレベルを上げて中級になり、更にネットでしか手に入らないアイテムもいくつか見つけ、それぞれが満足する結果になった。
ハスミンは流石に眠気に耐えられなくなったので、そのタイミングで、またハントする約束をしてMMと別れ回線を切った。
その頃の別の場所では…
「マイナマイナさん、メニュー画面の操作とかを参考にしたいのでゲームさせてくださいよ!」
いつまで経ってもゲームができない壱人は、マイナマイナに嘆願した。
「やっとキュキュートの虹色の卵を手に入れたのデスデス。邪魔をしないでくださいデスデス」
しかし、ゲームに忙しいマイナマイナは取り合ってはくれず、代わりにある物を指差した。
「Treasure Getting!の操作方法なら、そこに纏めておいたのデスデス。画面と操作の流れを書き出し、良いと思った操作、ストレスを感じた操作、実装した方が良い最低限の操作など、所感を付加しておいたので参考にしてくださいデスデス」
そこには分厚い紙の束があり、各モード~メニュー、オプション、ショップ、プラザフィールドの各遊戯、イベント、トレジャーフィールドの探索中・戦闘中・ボス戦・結果発表、ネットギルド等のアイコンの解説や操作方法、画面遷移の仕方がスクリーンショットと共にプリントアウトされていた。イッQがそれをパラパラと捲って確認した後、壱人に向かって言った。
「これ、お前がやるより正確で分り易いし完成度が高いぞ?手間が省けて良かったな」
言われた方はがっくりと膝をついた。
「俺まだ最初の星系から出れないんだけど」
壱人のキャラクターのレベルは未だに一桁である。
(作者注)前にも書きましたが、もう一度。期待をさせると申し訳ないのでネタバレしますが、この後、ハスミンが壱人達と一緒にゲームを作ったりはしません。モブでは出てきます。