第01章 ゲーム作りを始めよう③
マイナマイナに「例の物」と言われ、10年後の壱人は急に冷静になった。過去の自分との対面で忘れていたが、これでゲーム作りは止めさせられるはずである。
逆に壱人はその様子に不穏な空気を感じ、何が起こるのか不安で体が強張った。しかしマイナマイナがチャームから取り出してローテーブルの上に置いたものを見て、思わずホッと息を吐く。
「土産に『雪玉まんじゅう』を持ってきたんだ」
『雪玉まんじゅう』は、壱人の実家の在る地域の銘菓だ。
所謂、白い饅頭で、表面に白ザラメが加工してあり、食べるとジャリッとした食感がする。壱人はそのジャリジャリを歯で噛み砕くのが楽しくて、誰かが買ってくるたびに真っ先に食べていた。
確かに目の前の人物は自分なのだと壱人は思った。この菓子が好きな事は家族以外は知らないからである。
とりあえず食べてから、という10年後の壱人の提案で、『雪玉まんじゅう』をみんなで食べる事になった。
本当は熱いお茶が良かったのだが、急須もお茶っぱも無いので冷蔵庫にあった麦茶を持ってくる。揃いのコップも有るはずがなく、バラバラのグラスやマグカップを適当に3つ出した。
さて食べようと、4個入りの菓子の箱を開けると、4個の内2個の雪玉まんじゅうは見覚えのある白だが、残り2個が青みがかっていた。カビているとか変色しているわけでは無く、青い色素が入っているように見える。
「この青いの何?」
「それは数年後に発売される新商品で、青い雪玉まんじゅうと言ってソーダ味なんだ」
そう10年後の壱人が説明したので、それは食べなければ、と早速手を伸ばす。マイナマイナも進められて白い方の雪玉まんじゅうを手に取り、一口目を食べ始めた。
壱人はあっという間に最初のまんじゅうを食べきり、ソーダの味なんかしなかったな、と呑気に思っていたら、急に頭が真っ白になり、何かが抜けていくように感じた。
それと同時に胸の辺りに光るモノが形成されいく。その光るモノはどんどん形が整っていき、数秒後、光る卵が現れた。
「こんなに上手くいくとは思わなかった! 少しは警戒すると思ったら、何も考えずに食べたな」
壱人が恐る恐る光る卵に指先で触った途端、それが何なのかが瞬時に理解できた。
これは「記憶の卵」だ。ゲームを作ろうと思ったきっかけや、ゲームのアイディア、ゲーム作りの情熱まで、全ての記憶が詰まっている卵だった。
これが目的だったのか、と気付いたが遅かった。10年後の壱人が、よしっ!と言ってガッツポーズし、壱人の目の前からやすやすと記憶の卵を取り上げ、高らかに掲げた!
……
その筈だったのだが、その体は記憶の卵も壱人も通り抜けていた。
「え????」
スカッと通り抜けてしまった10年後の壱人の体に壱人が驚いていると、マイナマイナが雪玉まんじゅうをもう一口食べた後で発言した。
「今は霊なので、そのままじゃ無理デスデスよ。何の為に記憶を実体化したのデスデスか?」
(霊?幽霊? さっきから、たまに透けて見えてたのは、そういう事だったのか!)
実は気になっていたものの質問できずにいたのだが、今の壱人はそれどころでは無い。
「ど、どうしたら良いんですか?」
10年後の壱人が助言を求める。
「何か形のあるものに憑依すればいいんデスデスよ」
マイナマイナは麦茶を飲みながら冷静に助言した。
危険な場合はもしかしたら助けてくれるのでは、と期待していた壱人だが、マイナマイナは完全にあちらの味方らしい。とはいえ積極的に協力するわけでも無いようなので、まだ何とかなるかもしれないと思っていたら、先に10年後の壱人が動いた。
「そうか! それなら、ちょうど良い物がある!」
そう言って10年後の壱人はスチールラックの一番上を見た。釣られて壱人も見上げる。そこには御神体のように飾ってある『117cm ミッQフィギュア』があった。
「どりゃーーーーー!!!」
10年後の壱人の霊はミッQフィギュアに突進して消えた。
直後に、ミッQフィギュアの目がピカーッ!と光り、怪しいオーラが全体を包む。動くはずのない手がギギギと音を出し、次に腕、足、頭が少しずつ動き出す。まるで呪いの人形だ。
最後にミッQフィギュアは両腕を高く振り上げた。
「よっしゃー!」
完全に乗り移った10年後の壱人が叫ぶ。
「うわーッ!それだけは止めてくれー!高かったんだよー!」
壱人が半泣きで訴える。しかしその衝撃で頭も一気にシャキッとした。
「知ってるよ!俺が買ったんだから!」
そう言ってスチールラックから飛び降りた10年後の壱人 in ミッQフィギュアは、ローテーブルの向こうにいる壱人に迫ってきた。
しかしミッQフィギュアの動きが、まだぎこちないのを見た壱人は、フィギュアにはかなり後ろ髪を引かれるが、とにかく記憶の卵を掴んで逃げる事にした。
くるりと背を向け玄関に向かう。狭い部屋なので大股二歩で着く。急いではいたが靴を履き、ドアを開けて駆けだした。