第07章 ヒヨコのような何かであるピヤ號の日常
『ピヤ號の力』
ゲーム中のある一つの挙動について、何時間も粘ったものの、自分の思うような動作にならず、ついに集中力が切れた壱人は構って欲し気に近付いてきたピヤ號を膝にのせて休みを取っていた。
今日はもう諦めて作業はまた明日にしようと思っていたが、ピヤ號のモフモフの毛を撫ぜているうちに不思議とやる気が湧いてきたので、しばらくしてから作業を再開し、一部だが動きを付ける事に成功した。
「疲れた時にピヤ號と一緒にいると元気になるんだ。ピヤ號は俺のゲームを作りたいって思いの塊だからかな?」
後日、壱人はそう語ったが、イッQは心の中で、それは違うぞと呟いた。なぜならゲーム作りに関係ないマイナマイナも、とあるゲームのボス戦で破れた時に同じ事を言っていたからだ。
ある日、マイナマイナは万全の準備を整えてラスボスに挑んだのだが、ボスにたどり着く前のダンジョンでアイテムをほとんど使い果たし、敗れ去ってしまった。
「最後のダンジョンが長すぎるのデスデス。こんなダンジョンがラスボスの前にあったら倒せるわけないのデスデス。こんなゲームは二度とやらないのデスデス」
そう不平を漏らし、かなり立腹していたのだが、ピヤ號を抱えてモフモフの毛に顔を埋めているうちに態度が変わってきた。
「ピヤちゃんを抱っこしていると、まだ頑張れそうな気がしてくるのデスデス。持っていくアイテムとパーティの編成を変えてもう一度挑戦してみるのデスデス」
そう言ってマイナマイナはゲームを再開した。
ピヤ號には触れているだけでやる気を回復する癒しの力があるのだ!凄い能力なのだが、それはただのモフモフの力なので、他の小動物でも代用は可能である。
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『ピヤ號が喋った』
ある日、マイナマイナがピヤ號を抱きかかえて、壱人とイッQに話しかけてきた。
「聞いてくださいデスデス!」
珍しく興奮気味のマイナマイナに驚きつつ、二人は次の言葉を待つ。
「なんとピヤちゃんが喋ったのデスデス!」
『!?』
壱人とイッQは素直に驚いた。ピヤ號はこの短期間に色々と変化があったので、ついに話せるようになったのかと思ったのだ。
「さあピヤちゃん、お話するのデスデス」
マイナマイナが促す中、ピヤ號が喋るのを固唾を呑んで待っていると…
ピーヤ!ピ!ピヤ!ピヤ!
『?』
やっと喋ったというか鳴いたピヤ號のそれは、とても人の言葉とは思えず、二人の頭の中に疑問符が浮かんだ。
「どうデスデス?」
どうと言われても二人は感想に困った。これは犬や猫を飼っている人が「うちの子、言葉を話すのよ」と言って動画を見せてもらったら、変な鳴き方をしてるけども喋ってるとは思えない、というやつではないだろうか。
だからといって話を合わせないわけにもいかないので、壱人もイッQも微妙な笑顔で「何か喋ってますねー」、「凄いなー」と心の籠らない言葉で答えるしかなかった。
「ピヤちゃん、えらいデスデス!賢いのデスデス!」
しかしマイナマイナは嬉しそうにピヤ號を掲げて喜んでいる。それを見て壱人とイッQは思った。
(マイナマイナさん、立派な親バカになったな)
その後もピヤ號が喋ったと言って何度かマイナマイナが聞かせてくれたが、やはり人の言葉とは言い難いものだった。
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『ピヤ號の食事』
ゲーム作りの休憩中、壱人の視界に出窓の床板で丸くなっているピヤ號が入った。それを見ていて、ふとある疑問が浮ぶ。
「ピヤ號ってさ、普段は何食ってるの?たまにマイナマイナさんからプリンを貰ったり、俺のやる食べ物を食ってるけど、それ以外は食べてるところを見た事がないんだよね」
そうイッQに問いかけた。壱人は大学で部屋にいない時間があるが、イッQは一日中ピヤ號の側にいるのだから知っているだろうと思ったのだ。
「そういえばそうだな」
しかし聞かれた方も考えている。言われてみればその通りだと思いながら、イッQもピヤ號の方を見ると、当の相手は柔らかな陽を浴びながらスヤスヤと寝入っていた。
「光合成してんじゃないか?よく日向にいるし」
「それ、単に日向ぼっこしてるだけだろ!」
「ピヤちゃんの食事は『魂エナ』デスデスよ」
二人の会話を聞いていたマイナマイナが、ゲームの手を止めて話に入ってきた。
ピヤ號は実体化しているとはいえ普通の生物ではない。だから通常の食物も食べることはできるが、栄養にはならないので敢えて食べる必要はないのだという。
説明を聞いて食物を食べない謎は解けた。しかし魂エナを食べているところも見た事はない。具体的にはいつ食べているのだろうか、という新たな疑問が湧いたが、それについてもマイナマイナが話してくれた。
「たまにピヤちゃんが、壱人君やイッQさんを突いている事があるデスデスでしょう?」
「ああ」
「あるある」
「あの時、あなたたちの魂エナを食べているのデスデス」
『!!』
マイナマイナの発言に二人は衝撃を受けた。
「あれ、愛情表現じゃなかったのか!」
「なんか突き方が痛いと思ったら!」
慌ててピヤ號の方を見て叫ぶ。
「お前、俺らを食ってたのか!」
「ちょっと怖いぞ!!」
ピヤ?
寝起きのピヤ號は突然の喧騒に不思議そうな顔をするだけだった。
マイナマイナの補足情報では、壱人とイッQの魂エナはおやつみたいなもので、普段はイッQと同じように悪霊を浄化した時に出る魂エナをもらっているのだという。そして魂エナの供給は一度でしばらく持つので、それを見る機会はあまりないのだそうだ。
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『ピアリセット』
作業が滞ってきたので、部屋に篭りっきりだったのもあり、気分転換も兼ねて壱人とイッQは買い物に出かける事にした。イッQは目立たないように、いつもの117cmフィギュアからストラップのミッQに乗り換えてカバンにぶら下がる。
マイナマイナも誘ったのだが、ゲームのアイテムのコンプリートを目指してるので遠慮すると断られた。
本屋へ行ったり外食したり日常の買い物をした後、数時間ぶりに二人が戻ると、部屋が異様な雰囲気になっているのに気が付いた。照明とテレビが点いていて、テレビ画面にはゲームのオープニングとタイトル画面が交互にループしながら流れている。静かな部屋の中でそのオープニング曲だけが聴こえていて、そしてそれを見ているのか見ていないのか分らないが、マイナマイナが立ち尽くし、さめざめと泣いていたのである。
二人は驚いて駈け寄り問いかけた。
「マイナマイナさん、どうしたんですか!?」
「ピヤちゃんが、ピヤちゃんが…」
「ピヤ號がどうかしたんですか?」
マイナマイナの言葉に、ピヤ號の身に何かあったのかと周囲を見渡し姿を探す。するとテレビの前にピア號がいた。しかし…
「リセットボタンを押したのデスデス」
そこには据え置きゲーム機の上で寛ぐピヤ號の姿があった。
「ピヤリセットー!!!」
『〇〇リセット』、それは据え置きゲーム機に付いているリセットボタンを自分以外の誰かに押される現象である。その誰かは人間ではない事が多く、猫リセットが有名だ。
何が起こったのか瞬時に理解した二人はマイナマイナをなんとか慰めようとした。
「レアアイテムをモンスターがやっと落としたところだったのデスデス」
「マイナマイナさん、あまり思い出さない方が良いですよー」
「私の6時間が…スタールビーマテリアルが…」
「コンビニで新しいプリンが出てたから買ってきたんです。美味しいそうですよー」
「後少しでセーブできたのデスデス…」
「まずはこれを食べて落ち着きましょう!」
愛すべき無垢なるものがリセットボタンを押した時、そこに怒りや憎しみはない。ただ絶望と喪失感が広大な砂漠のようにどこまでも広がっているだけなのだ。
それにしても、なぜ決定的な瞬間にリセットボタンを押すのか?それは永遠の謎である。
ピヤ?
ヒヨコのような何かであるピヤ號は、今日も元気だ。




