第06章 開発はボッチでしよう①
(作者注)こんなタイトル付けてますが、誰かと一緒にやると助けあえるし楽しいと思いますよ、多分。
イッQは前に河原で決めた通り、面白そうなところからゲーム作りを始める事にした。
まず、ゲーム中に出てくるカードの画像を作り、それを表示させて、回転やスライドする動きを壱人につけてもらうのだ。今作っても後で作り直しになるだろうが、それでも見た目の分かりやすさを優先させた。
画像をもらった壱人はすぐに作業を始めた。画像の表示ならサンプルプログラムで練習したので問題なくできる。画像をリソース(この場合はゲーム中で使用するデータ)として登録し、それを表示させるプログラムを書く。
「よし、これで出るはずだ」
2、3回引っかかりながらも、プログラムを起動してカードの画像がディスプレイに現れた時、壱人は予想以上の衝撃を受けた。自分の頭の中にしかなかったものが形になるというのは、これほどの驚きと喜びなのかと。
すぐに動かしたくなって、そのためのプログラムを書く。これもサンプルプログラムで何度かやったのでやり方は分かっている。
画像は仮で、裏面はそれっぽくできているが、表面は白地に「Coming Soon!」という文字が書いてあるだけ。属性や攻撃力などのパラメータ部分はまだ何も付いていないのだが、ディスプレイの中でカードが動いているのを見て、言葉にならない感情で胸がいっぱいになった。
壱人は何度も「すごい、すごい」と言いながら、キーボードのキーを押して、回転させたりスライドさせたりを何十回も飽きずやり続けた。あまりに長時間なため、イッQは心配になって、
「まだ何一つできてないけどな!」
「まだ何一つできてないけどな!」
「まだ何一つできてないけどな!」
と、同じ台詞を三回言って釘を刺さそうと思ったが、壱人の新しいオモチャを貰ったようなキラキラとした瞳を見て放っておく事にした。
しばらくそんな状態だったものの、イッQの心配は杞憂に終わり、この後、壱人のやる気は大いに上がって、早くゲームの形にしたいと意気込んで基本システムに取り組み始め、ゲーム作りはどうにか順調にスタートする事ができた。
そんなある日の休憩中、〇イッターを見ていた壱人は、フォローしている“ネルネルねずみ”の新しいイラストが上がっているのを見つけた。
ネルネルねずみの事は、色々なミッQのイラストを眺めている時に知った。フォロワー数はそれ程多くなく、「RT」や「お気に入り(現在の“いいね”)」が100を超える事はめったにないが、壱人にとってはお気に入りで応援している絵師である。そして珍しく相互フォローしている数少ない人物なのだ。
「イッQさん、ネルネルねずみさんって覚えてる?」
壱人の突然の質問にイッQは少し考えたが、すぐに答えは返ってきた。
「ああ、覚えてるよ」
「ネルネルさんって、イッQさんの時はどうしてるの?」
「休んでた時期があったけど、10年後も元気にイラスト描いてるぞ」
そう言ってイッQは立ち上がり、壱人の肩越しから〇イッターの画像を覗き込む。
「お、このイラスト懐かしいな」
ネルネルねずみの画風は、線はしっかりしていて色使いもリアル寄りなのだが、キャラクターが少しデフォルメされているので、全体の雰囲気は柔らかい。躍動感のあるポーズが多く、その快活で優しさも感じさせる世界観が気に入っていた。
そのイラストを見ていた壱人は、ある事を思い付いた。
「ネルネルさんにゲームのイラスト頼めないかな?」
突然の提案にイッQが驚くのを見て、壱人は慌てて付け足す。
「お前のイラストがダメな訳じゃないよ。だけどネルネルさんがこのゲームのイラストを描いてくれたら、凄いと言うか、やる気が上がらないか?」
イッQにはその意味がとても良く理解できた。自分の作品に憧れの人が参加してくれるなら、こんなに嬉しい事はないだろう。しかし次のような理由で、きっぱりと反対した。
ネルネルねずみとは確かに相互フォローしてるが、最初に挨拶したきりで、後はイラストが上がった時にRTやお気に入りをするだけで、感想などをリプライした事はない。壱人にとっては照れくさいとか恥ずかしいという理由だが、相手にしてみれば応援はしてくれてるのだろうが、それ以外は何を考えているのか分らない人間である。そんな相手から突然イラストの依頼をされても困るだけだというのだ。
「こういうのは普段からのコミュニケーションが大切で、自分の都合のいい時にだけ関わろうと思ったって上手くいかないんだよ」
相手へのリスペクトを常に持ち、それを伝え、信頼関係を築いている事が重要なのだ、とイッQは言った。
「しかもお前はゲームを作るのもこれが最初だし、信用される要素がほとんど無い」
それにもしだ、と続ける。
「好意で受けてくれたとして、お礼はどうするんだ?」
相手にそれなりの作業をしてもらうのだから、何もないという訳にもいかないだろう。今はバイトをして多少の余裕はあるが、まずイラスト一枚辺りの単価など分からないので、そこから調べる必要がある。それに金の話を嫌がる人もいる。話を出すタイミングも良く考えなければならない。
「そして実際に依頼する段階になったら、もっと考える事があるぞ」
まず、どのようなイラストを描いてもらうのか、具体的に要望を伝えなければならない。
描いてもらうキャラクターの特徴はもちろん、表情やシチュエーションなど、描くために必要な情報をやり取りする事になる。相手に一任する事もできるが、白紙の状態で丸投げするのは失礼だろう。
それに縦横サイズや受け取る時の拡張子など、データ形式も決める必要がある。
キャラクターが描けたとして、線も色も一体になっている一枚絵なのか、線と色だけはレイヤー分けするのか、基本的な部分(顔、腕、服)までは分けるのか、それとも全ての部品を分けるのか?分けてあると何かあった時に変更は楽だが、細かくなれば相手への負担になる。
また、手を加える必要があった場合、どの程度まで変更は許されるのかも確認した方が良い。拡大縮小、色変え、小道具を足すのは問題は無いか?
例え先に許可をもらっていても、実際に変更する場合は再度確認した方がトラブルが避けられる。かと言って、何度も連絡すれば、相手の迷惑にもなりかねないので、その辺りのバランスも必要だ。
「そういう細かい気遣いが必要なんだぞ」
イッQに矢継ぎ早に言われ、壱人は頭が痛くなってきた。
「それにもし仕上がったイラストが、考えていたのとは違った場合に描き直して欲しいとか、締め切り過ぎた時に催促するとか、お前できるのか?」
「できない…」
「下手したら、それが原因で疎遠になる可能性だってあるんだぞ」
イッQの言葉に反論できずにいる壱人にさらに追い打ちを掛ける。
「そして一番怖いのは…」
一拍置いてから声を低くして脅すように言い放った。
「描いてもらったのは良いけど、ゲームが完成しなかった場合だ!」
「う、確かに」
イッQの言っている事は考えすぎかもしれないが、そこまでのリスクを冒してまで依頼したいのかと問い掛けられて、今はまだ早いのかもしれない、と壱人は思った。ネルネルねずみへのイラストの依頼は、確かにワクワクするようなアイデアだが、他人と一緒に作業するには、結局コミュニケーション能力が必要で、自分にはそれが足りないと感じたからだ。
「でも、いつかはネルネルさんにイラストを描いて貰いたいよな」
そう最後にイッQは付け足した。イッQにとっても、憧れの絵師に自分のゲームに参加してもらう事はやはり夢なのだ。
「まずは今のゲーム完成させて、実績を作るところから始めよう」
壱人は新たな目標ができてモチベーションが上がった。これからはもう少し人とコミュニケーションするように努力しよう。バイトを頑張ってお礼ができるようにして、失礼にならないメールの書き方も勉強しなくては。やることが多くて道のりは遠そうだが…。