第03章 プログラムはドラ〇もんで説明できる①
「10年前の俺に、聞きたい事があるんだけど」
大学から帰ってきた壱人にイッQが声を掛けた。就職もまだ諦めていないらしいイッQの達ての願いで、講義だけはサボらないよう壱人は約束させられたのだ。
「それで聞きたい事って?」
カバンを置き上着を脱いで、一息ついたところで壱人が聞き返す。しかしイッQの質問は突拍子の無いものだった。
「俺が作りたかったゲームって、どんなものだっけ?」
寛ぎ始めていた壱人は、それを聞いた途端に慌てて質問を返した。
「待てよ、イッQさん!10年掛けて作ろうとしていたゲームを忘れるなんて、どうしたんだよ?」
壱人の問いにバツが悪そうにイッQは答える。
「お前が大学に言ってる間に、少しでも進めておくつもりだったんだが、具体的な事になると全然思い出せなくて…」
しかしその話は聞かずに、壱人は喰い気味に問い詰めた。
「なによりあんな画期的なカードゲームを忘れるなんて、おかしいだろ!?」
「カードゲームなのは覚えてるんだ。ただ思い出そうとすればする程、忘れていくような感覚があって…」
興奮する壱人を宥めるようにイッQは答える。それから、普通に『画期的』とか言うのは恥ずかしいから止めてくれ、と言いそうになったが、壱人のやる気を削がないように言葉を飲み込んだ。
「魂と肉体が分離した時のショックかもしれないデスデスね」
話を聞いていたマイナマイナが口を挟んだ。分離した状況にもよるが、全て、もしくは所々の記憶が無くなる場合があるのだと代わりに説明してくれた。
しかし未練のあるものについては残りやすいはずである。ゲーム作りは未練ではなかったのだろうか、とマイナマイナは不思議に思う。確かに就職の事ばかり言っていたような気はするが、河原での出来事を思えば、ゲーム作りこそ未練ではないのだろうか?
イッQも、そういうものか、と言いつつも、完全には納得していないようである。何となく引っかかるので、マイナマイナは記憶しておく事にした。
それはそれとして、一応の決着がついたところで壱人がイッQにダメ出しを始めた。
「イッQさん、俺がいない間に勝手にゲーム作るの禁止な!」
「なんでだよ?2人で作った方が早いだろ」
「俺がメインで、イッQさんはあくまでサポート」
「同一人物なんだから、どっちが作っても同じだろ」
「ダメダメ。俺が作らなきゃ意味が無いからな!」
「そんな事言ってるから10年経ってもゲームが出来ないんだよ!」
「それはお前の話だろ。俺は違う…」
長引くと思われた口論も、壱人からパソコンにパスワードを掛けると脅され、イッQは渋々承諾した。
そして壱人は「ゲーム作りの書」を開き、早速プログラムの勉強を始めた。講義の間、とにかく早くパソコンの前に座りたかったんだ、と言って。
壱人のプログラムの勉強は最初は順調だった。『ゲーム作りの書』の通りに、テキストや画像の表示、キー入力の判定など、基本的なものは、問題無く進める事ができた。もちろん何度もスペルや構文の間違いでエラーを出しては「うわーッ」とか騒ぎながら修正を繰り返してはいたが、その姿はなんだか楽しそうである。
しかし、それは初めだけだった。
プログラムのコード(命令文)を書く量が増えていき、機能毎に分離して数ページに渡るようになると、段々とスピードが遅くなっていく。なんとか本の通りの結果が出ても、頭の中は疑問だらけになっていった。
だから、ひと段落ついた時、壱人はチャームの中のイッQを呼んだ。
イッQは、ゲーム機もピヤ號の世話もマイナマイナに取られた為、ハート型のチャームの中で休んでいた。マイナマイナによると、チャーム外では『魂エナ』=人間では体力に当たるものが減少してしまう。全部無くなると消滅すると言われたイッQはすぐに行動に移したのだ。
ちなみにチャームはマイナマイナの予備を貸してもらったもので、ミッQフィギュアの首に飾られている。違う形は無いのか尋ねたが、変更は不可だった。
チャームから抜けて、またミッQフィギュアに宿ったイッQに、壱人は早速質問する。
「本に書いてある通りにすれば、動くことは動くんだけど、何か腑に落ちないんだ」
自分も通った道で悩んでいる壱人を見て、感慨と少し優越感を抱きながら、その質問にイッQは「それはな」と説明を始める。
「プログラムの勉強が難しいのは、ドイツ語で医学を勉強するようなものだからだ!」
どういう意味かというと、プログラムの勉強では、新しい言語と専門知識を2つ同時に覚えさせられているのだ。開発環境の使い方も含めれば3つ同時である。それをごちゃ混ぜにして説明してくるので頭の中で整理が付かなくなっていく。
だから最初は暗記だけでもなんとかなるが、複雑になってくると何をしているのか自分でも分からなくなるという訳だ。
それなら分けて説明すれば良いではないか?という疑問が出てくるが、単語と文法が切り離せないのと同じで、一体化している為に分けるのは難しいのである。
その説明を聞いて壱人は音を上げた。
「そんなん無理だよ」
「それが出来るのが理系脳だ!」
到底不可能だと思われるこの業をできる人間がいると知り、壱人は驚いた。あの英数が得意な理系という人間は、脳みその仕組みから違うのか、と。
「文系脳じゃダメって事か?」
「まあ、難しいな」
「くっ、どうすれば…」
悩んでいる壱人を見てイッQは言った。
「高度なものは無理だが、俺が教えられる事はなるべく簡単な言葉で説明してやるよ」
イッQの言葉に励まされ、とにかく壱人は疑問に思っている事を質問する。
「じゃあ、まず、この米印なんだけど…」
「『ポインタ』って言ってくれ」
名称を統一しないと話が面倒になると思ったイッQは、とりあえず突っ込み訂正しておいた。
「まあいい。それなら文系脳でも理解可能な説明があるぞ」
やけに自信満々にイッQはそう言い、そして断言した。
「ポインタは『どこ〇もドア』だ!」