97マス目 奴隷解放
突然の揺れに、捕らわれた人々も悲鳴を上げている。
この揺れには心当たりがある。
……ロネットか!
「あの野郎、もう追いついてきたのかよ!」
そうなると、きっと今ネストが食い止めていることだろう。
「すいません、これお願いします!」
俺は近くの牢獄の中へ、全部の鍵を投げ込んだ。
「え!?
おいあんた、今の揺れって……」
「あとで説明します。
これで開けられる分は開けてみてください。
すぐに戻りますから!」
「ち、ちょっと!」
今は状況を確認するのが先決。
もしロネットが大暴れしていた場合、
戦いで建物が崩れて生き埋めになるかもしれない。
それだけはどうにか止めないと。
俺は急いで階段を駆け上がる。
その間にも、建物は地響きのようにグラグラと振動する。
向こう側から爆発音のような音が響く扉を、俺は覗き込むように少しだけ開けた。
「……やっぱり」
俺の予想通りに、視界の先には青い人影が暴れている。
怒り狂ったように何度も蹴りを浴びせるロネット。
それを笑いながら軽々と受け流すネスト。
はたから見れば派手な格闘ゲームにも見える。
それほど激しい攻防。
あれに声をかけるのは地雷原に飛び込むようなもんだ。
だが、やらなきゃここから出られない。
俺は呼吸を整えつつネクタイを締め直すと、意を決してドアノブに手をかけた。
「ネスト! 場所を変えろ!!」
俺の声にネストはこちらに視線を向けるが、
ロネットは気にも留めずにネストへ向けて踵を振り下ろす。
それを曲剣の鍔で受け止めると、ネストはニヤニヤと笑いながら口を開いた。
「邪魔しないでもらえるかしらぁ?
今ちょっとお楽しみ中なの、うふふっ」
「そうも言ってられない。
このままじゃ建物が崩れてヴァーデが死ぬぞ!」
そう言った瞬間、ネストとロネットが同時に動きを止める。
「っち、公爵様にこれ以上傷を負わせるわけにはいかん。
……ついて来い!」
ロネットはネストを睨み付け、天井に開いた穴から飛び出していった。
あの穴は、多分ロネットが来た時に開けたものだろう。
ロネットを目で追っている内に、ネストも姿を消していた。
あの女の速度は本当に目で追うことができない。
まあ、これで退路が確保された。
今度こそ無事に脱出できそうだ。
俺はいまだに悲鳴が上がる地下へ、足早に戻った。
「よし、列を乱さずについて来いよ」
幽閉されていた人たちを全て解放した俺は、
ぞろぞろと人を引き連れながら出口へ向かっていた。
やはりどこを見ても見張りの一人もいない。
ということはネストの奴、たった五分で全滅させたのかよ。
心強いを通り越して、味方目線ですら怖い。
「もう少しで出られるからな」
俺が後ろへ声をかけると、次々と喜びの声が上がる。
その声が響く壁の先に見えてきた光。
源竜会の建物の出口だ。
俺が扉を開くと、皆我先にと飛び出していく。
どうやら俺の案内はここまでで十分のようだ。
中にはこの町で暮らしていた人もいたのかもしれない。
何人かが家族と再会しているのが見受けられる。
もちろん解放された奴隷など一銭も持ってないので、誰も襲われる事はないだろう。
何はともあれ、この件は一件落着だ。
あとは……。
「デニックス・クローバー、あいつを倒せば終わりだ」
やっとここまで来た。
奴さえ倒せば、俺の疑いを晴らすチャンスも訪れるだろう。
「どうせまた酒場で酒でも飲んで待ってんだろ。
……今回は好き勝手させねぇぞ」
なんたってシランの魔法は解いてある。
あのおっさんに勝ちの目は与えない。
俺はデニックスが何か仕出かす可能性も考えて、
早めに地下街の出口へと向かった。
「っい……、よっと!」
相変わらず重たい鉄の扉を開き、酒場へ舞い戻る。
店内を軽く見渡すと、奴の姿はあった。
デニックスは一瞬こちらを睨むと、すぐに酒を口に運ぶ。
すぐには接触してこないのか?
そう思っていると、前と同じようにマスターが声をかけてきた。
「おい、あんたに客だ」
「そうか、でもちょっと待ってくれ」
俺は奥のテーブルへ視線を向ける。
向こうもこちらを見ていたようで目が合った。
だが怯える必要はない。
俺は袋を握りしめ、足を運ぶ。
「あ? 俺らに用かよ、兄ちゃん」
「結構良い身なりしてんじゃねぇか」
初っ端からの喧嘩腰。
だが、俺が袋を開くと三人は口を開けたまま固まった。
「この金を全部やる。
俺にはむかう奴を倒してくれるだけでいい。
雇われてくれるか?」
俺が差し出した血まみれの現金袋。
普通は警戒して触りもしないだろう。
しかしさすがは裏の人間。
血の着いた袋の口を広げ、中の金額をしっかり確認している。
「……期間は?」
警戒した表情のゴロツキに、俺は人差し指を立てて見せた。
「……一週間か。
少し額が足りねぇな」
「なぁに勘違いしてんだよ」
俺はわざとらしくほくそえんで見せた。
「今から一時間。
それだけでいいぜ」
「のった!!」
酒場に響くほどの大声。
確実にデニックスにも聞こえただろうが、別に問題は無い。
あいつは自信家だ。
こんなゴロツキに自分は負けないと信じ切っている。
だから、俺に勝ち目があるんだ。
「用は済んだようだな」
背後から聞こえる態度のでかい言葉。
だが、今回俺は容赦する気はない。
「あんたが何を言いたいかはわかってる。
シランとフラウトの二人を渡せと言いたいんだろ?」
デニックスは鼻で笑うと、右腕を差し出してくる。
「話が早い。
今すぐガキの居場所を…」
「てめぇに渡すかよ。
あんたら頼むぞ!」
俺は振り返り、ゴロツキ達に指示を出す。
「そこの態度がデカいおっさんをぶっ倒せ!!」




