95マス目 不穏な風
ふと目が覚めた。
辺りは真っ暗。
近くから小さな寝息が聞こえてくる。
暗くて見えないが、多分馬車の中でフラウトとシランが寝ているのだろう。
スマホの電源を付けて時刻を確認すると、夜中の一時半。
実に10時間以上の睡眠をとってしまった。
「そういえば、昨日はほとんど寝れてなかったもんな。
…………はぁ」
今さら悔やんだところで仕方がない。
というか、起きていたところでやる事も無いのだから、
体を休めるという意味ではちょうど良かったのかもしれない。
「……あれ? フィズの奴どこ行ったんだ?」
暗闇に慣れた目で辺りを見回しても、それらしき影は見えない。
だがいつも手に持っている杖が、テーブルの上に置いてある。
あれを置いたまま外出するのは少し考えにくい。
……となると地下室か?
「おーい、フィ……」
危ない危ない、呼んだりしたら二人が起きちゃうな。
まあ入るなとも言われてないし、ちょっと覗く分には問題ないか。
俺は物音を立てないように、つま先立ちでそっと床板を持ち上げる。
奥を覗き込むと、階段の奥に明かりが見える。
研究でもしているんだろうか?
少し興味がわいた俺は、気づかれないように階段を下りた。
「俺は――――思―よ。
あいつ――上手そう――、ちょっと――――――な。
……そう?
ねぇさん―――言うなら、……まぁ」
誰かと話している?
相当声を抑えているようで、ほとんど聞こえない。
その時突然声が止んだ。
「なーにやってんの?」
「んのおぉぉぉ!!!??」
急に間後ろから、フィズが俺の肩を叩いた。
今の今まで前方に居たはずが突然背後に。
こんなの驚くなと言うのが無理な話だ。
「ちょっとちょっと、そんな声出したら子供が起きるって。
はいリラーックスリラーックス」
「……なんか言葉だけ聞くと深夜の夫婦みたいで嫌だな」
どうやったのかは知らないが、瞬間移動でもしたのだろうか?
本当に魔法ってやつはぶっ飛んでやがる。
「なんか話してたみたいだけど、……ああ通信結晶か」
よく見るとフィズの手には通信結晶が握られている。
こんな時間に誰かと電話していたのだろうか?
「ありゃー、聞かれちゃったかー。
……ちなみにどこまで?」
「いや全然、もしかして女?」
一瞬フィズがドキリとした顔になったが、すぐにまた笑顔に戻る。
「ふっふっふっ、あんま詮索は無しってことよ。
今大事な時期なんだから」
少し照れた笑いを浮かべるフィズは、随分とませているらしい。
子供に見えるがそういうところはちゃんとしてるようだ。
……そうなると、今のところ俺の周りはみんな良い雰囲気ってことか。
あー、羨ましい。
何で子供ばっかり。
「さて、俺はもう寝るよ。
明日はちょっと忙しくなるし、いざという時に眠くなっても困るからな」
「ほいほい、お休み」
そう言って手を振るフィズの目が何だか怖く感じたのは、
……きっと気のせいだろう。
「意外と寝れるもんだな」
腕時計を見ると、現時刻6時31分。
昨日ずっと寝ていたのに、結局朝まで普通に寝れた。
疲れがたまっていたのだろうか?
「おはようさーん」
フィズが眠そうに地下室から出てきた。
もしかしたら、あれから一睡もしてないのかもしれない。
「……大丈夫か? クマすごいけど」
「ああ、へーきへーき、いつもの事よ」
フィズはへらへらと笑っている。
居眠りしてフラウトとシランを守れなかった、
なんて展開は勘弁してくれよ……。
「あそうだ、今日行きたい場所あるんだけど、
人に見つからずに連れてってもらうってできるか?」
「まあ構わないけど、……姿消す魔法は疲れるんだよねぇ。
家みたいに動かないなら楽なんだけど。
いやー、タダ働きはやる気が出ないですなぁ」
フィズはわざとらしく顔を背ける。
なるほど。
確かに見返り無しでこれ以上労働させるのもあれだ。
俺は財布から二万円取り出して、フィズに握らせる。
「シランの薬の件も考えて、これくらいで足りるか?」
「十分十分、むしろ結構色ついてる。
よっしゃー、俺張りきっちゃうかんね」
フィズも調子が出て来たみたいだ。
よし、これでヒゲ爺の家に問題なく行けそう……。
「ぬうううううん!!」
ズドンと全身に響く破壊音。
それは早朝の空気をかき消すように、
悪魔のような青い影と共に、平和な時間を打ち砕く。
「手間をかけさせたな、凡人どもめ」
壊れた壁と土煙の中から現れた人物。
ロネット・マークス、全身を鉄に変える化物。
……何でコイツにここに!?
「ふん!!」
ロネットの一撃が、俺の顔めがけて振り下ろされる。
「おっと、それはタンマ」
フィズの長い杖が、鉄の拳を受け止めた。
「金貰ってんだ。
客を守るのも冒険者の仕事さ」
フィズは拳を軽く押し返すと、杖を回転させる。
杖の先が緑色の光を放った瞬間、突風の弾丸がロネットを穿つ。
「ぬぐぁっ!?」
計り知れない重さになっているロネットの鉄の体が、風の力で吹き飛ばされた。
だがフィズは悔しそうに舌を鳴らす。
「もー少し飛ぶと思ったのに。
やっぱまだ調整が甘いのかな」
何とも余裕の表情。
……てか、こんな状況なのにシランもフラウトも起きやがらねぇ!
どんだけ爆睡こいてるんだ!?
「悪いけど、連れてくって言うさっきの約束、
これじゃ無理そうだわ。
代わりにこれで何とかしてくれよ」
フィズは杖の先を俺に差し向ける。
まるでそよ風に当てられた感覚が俺を包みこむ。
「こいつなら一人でもたどり着けるはずさ。
……色風!」
つむじ風が俺に纏わりついたと思った瞬間、
風は俺の全身に染み込むように消えた。
これで魔法の効果は得られたのだろうか?
いや、ごちゃごちゃ考えている時間は無い。
「シラン、フラウト!
起きろ逃げるぞ!」
「いや、大丈夫」
フィズは中で二人が寝ている馬車を風で包む。
「俺はこの二人を任された、違うか?」
自信満々に笑うフィズ。
その目はさっさと行けと言っているように見えた。
「……ああ、そうだったな!
そいつらを頼んだ!」
「任せとけ!」
ロネットは俺に狙いを定め飛びかかろうとする。
すかさずフィズは、風の檻でロネットの動きを封じた。
しかし長くは持たなそうだ。
俺はその間に全力で駆け出した。
フィズを信じ、衛兵に見つかる危険も考えずただ走った。




