86マス目 暇を持て余した予言者
人混みで肩と肩がぶつかる感覚。
もう以前の緊張感は無い。
だんだんと慣れてしまっているのだろう。
「てめぇ! 姉さんに何してんだ! おい!?」
「ああ、すみません」
俺に殴りかかろうとする細身の男を、いつものようにネストが止める。
「いいのよぉ。
あまり騒いだら、皆さんに迷惑でしょ?」
「へ、へい。 姉さんがそう言うなら……」
もうこの光景も何度見たことだろう。
撮影する手も、いつの間にか震えなくなっている。
「すみませんでした、ではこれで」
一瞬だけでもフードで隠れたネストの顔が映ればいい。
手際よく盗撮して、人目の少ない場所へ入り込む。
誰かが追ってきてないか確認して、録画を確認する。
「まあ、こんなもんか」
少しブレてるが、顔はわかる。
十分だろう。
俺はタブレットを鞄にしまい、大通りへ向かった。
「……なかなか来ないな」
誰に言うでもなく呟きながら、腕時計に視線を落とす。
現在の時刻は10時50分。
店で商品を物色する時間を考えると、そろそろ来ていいはずだ。
「あんたさっきから何やってんだ」
突然の声に振り向くと、そこには初老の男性。
俺が寄りかかってる靴屋の店員だろう。
「入るんだったら入ってくれ。
冷やかしのために店開けてんじゃないんだよ」
冷やかしか。
まあ閑古鳥が鳴いてるのに、冷やかしをされたら腹も立つだろう。
「いや、俺は冷やかしじゃない。
むしろ幸運を呼ぶ招き猫だ。
おっし、予言して見せよう。
今日中にこの店の商品は全部売れる」
「はぁ? 何を言ってんだ?」
自分でもくだらない冗談だと思う。
そんな冗談で眉毛を八の字に曲げる店員の顔が、何とも面白い。
だが良い暇つぶしになった。
「やっと来た」
遠くから走ってくる無数の馬車に、俺は笑みを浮かべた。
「気に入りましたわ。
ここの商品、ぜーんぶいただきますわよ!」
どうやら購入が決定したようだ。
俺は近くの建物の陰でタバコをふかしながら、様子をうかがっている。
エリザベートの一声で、次々に執事とメイドが店に入っていく。
現時刻は11時6分。
今までの世界と全く同じ未来を辿っている。
そろそろエリザベートが外に出てくるはずだ。
「さぁ、早く積み込みなさい! オーホッホッホッホッホ!」
上機嫌で店から出てくるエリザベート。
「いやぁ、それにしても驚いたよ。
あの人、エリザベートちゃんがよこしたんでしょ?
本当に予言者かと思ったよ」
「……予言者?」
エリザベートの頭に?マークが浮かぶ。
そんな彼女の背後から、俺は堂々と声をかけた。
「エリザベート!」
「……どなたですかしら?」
エリザベートの表情、こうして見ると、無理に平静を装うとしてるのがバレバレだ。
その目は明らかな敵対心が見て取れる。
エリザベートは事情を知らないとはいえ、この場から逃げ出したくなるほど心が痛む。
だが、あまりグズグズしているとユキちゃんが危ない。
俺はすでに用意しておいたタブレットの画面を、エリザベートに見せつける。
「これを見てほしい」
映し出された映像を見て、エリザベートの表情がどんどん曇ってくる。
「何ですのこれは!?」
声を荒げるエリザベート。
これもいつも通りの光景だ。
「詳しい説明は馬車で答える。
選んでくれ。
民間人を死なせるか、怪しい男についてくるか」
少しひどい言い方だが、ネストと一対一で戦うには、
エリザベートに俺が弱いと悟られてはいけない。
エリザベートに、あなたは下がってなさい、なんて言われれば、
その時点でシランとフラウトは救えないのだ。
せめて言い方だけでも強くした方がいい。
「……良いですわ。
その話乗って差し上げます。
テンダー! 馬車を!」
「助かる」
エリザベートの指示で用意された馬車に、俺は乗りこんだ。
テンダーへ行先を伝えると、馬車はすぐに発車する。
俺はさっきの映像の説明をしながら、窓の外へ目をやった。
過ぎてゆく街並みの中で、オッドアイの不思議な女性と目が合った。
それが何だったのか、俺にはよく分からない。
そんな俺を睨むエリザベート。
説明を途中で止められて、不機嫌になったようだ。
俺は説明を続けるため、それ以上はあまり深く考えないことにした。




