84マス目 無慈悲な一撃
「なかなか臨場感がありましたね。
音だけでもかなり楽しめましたよ。
でも、アルニアが蝶を出すとは。
いや、この目で見てみたかったですよ」
「……その饒舌な口を閉じやがれ」
俺は言葉を叩き付けるように、血のにじむ眼光で睨み付ける。
ワイゼム・ブラットソン。
やつはあろう事か、ホルトの死体に腰掛けて、
音楽を流すように通信結晶の音を垂れ流していた。
「そう怒らないでください。
あ、もしかしてロープがきついですか?」
俺は後ろ手に拘束され、馬車に括りつけられていた。
飛びかかったホルトは一撃で殺された。
一瞬こいつの細い腕が巨大化したように見えたが、
あまりに早く、ほとんど見ることができなかった。
グランバムも、杖で喉元を貫かれ止めを刺された。
辺りに漂うのは、さっきまで生きて帰ろうと誓い合った、仲間の血の臭い。
「喋りたくないですか?
まあ、気持ちはわかります」
援軍用の通信結晶は、すでに粉々に砕かれている。
エリザベートの声でテンダーが死んだのが分かった。
その後の爆発音から考えて、エリザベートも死んだのだろう。
……また、守れなかった。
未来を変えることができなかった。
俺が、……弱いばっかりに。
「しかし、ダイタルがやられるなんて思いませんでした。
なかなか良い仲間をお持ちで」
「……黙れ」
エリザベート、テンダー、そして今のでルガニスさんも死んだのだろう。
もう残っているのはリックだけだ。
俺は最後の希望を託すように、ワイゼムが手に持つリックの通信結晶を見つめる。
「これが気になりますか?
私もですよ、なにせ新入りが戦っているものですから」
新入りだと!?
それならリックが負けるはずはない!
あいつはエリザベートより強いのだから。
だが、こいつらはそんな淡い期待さえも、簡単に打ち砕いてくる。
『あれ? あっれぇ~!
これって通信結晶!?
もしも~し、誰かこれ聞いてんの、ねぇ?』
突如聞こえてきた明るい女の声。
馬車に乗りこんだのは、エリザベート以外全員が男のはず。
この女は敵というほかない。
……ということは、リックも負けたんだ。
「聞こえていますよ。
よく勝てましたね、確か相手は有名な召喚士のはずですよ」
『まあ、作戦勝ち? っていうか。
運が良かった? っていうか?
まあとにかく、そっちはどう?
王様居た?』
「アルニアが見つけたようです。
もうそろそろ確保するはずですよ」
……全滅した。
俺の考えた作戦には確かに完璧じゃなかった。
素人の立てた穴だらけの作戦なのは自分でもよく分かってる。
だが、あのメンバーで全滅!?
『んで、あたしたちはどうすんの?
この後の指示聞いてないんだけど』
「パロットで待機中の増援部隊を叩くんですよ。
国内崩壊を起こせば、戦争も起きないですし、
奴も現れるかもしれません」
『はいはーい、ああ!?
あたし馬車壊しちゃったんだけど、
どうやってパロットに向かえばいいかな!?』
「走ってください、それでは」
『ええ!? ちょっとタンマ…』
女が言い終る前に、ワイゼムは通信結晶を握りつぶす。
少しイライラしているのが傍から見てもわかる。
そしてとうとう時間が来たようだ。
「申し訳ありませんね。
これから仕事がありますので」
それは事実上の死刑宣告。
顔を知られたからには、生きては帰せない。
そんなところだろうか。
「まるで、おもちゃを片付ける子供みたいだ」
「はい?」
ワイゼムは歩みを止めて、首を傾げる。
「遊び終わって、楽しんで。
気が済んだら、はいおしまい。
何だろうな、凄く幼稚だ」
「幼稚……、ですか」
俺は自分でも何を言っているかよく分かってなかった。
ただ頭に浮かんだ言葉が、適当に口からこぼれているだけ。
しかしそのうちの一つが、ワイゼムの逆鱗に触れた。
「誰が幼稚だって、誰がガキだってよぉ、あ?」
「……どうした? 顔が真っ赤だぜ」
ワイゼムは全身を震わせている。
徐々に震えは大きくなり、歯をガチガチと鳴らす。
その光景は、はっきり言って異常だった。
「ワシをジュニアと呼ぶんじゃねぇぞ、虫けら野郎!!
テメェらみんな、俺を認めねぇくせによぉ!!」
その小さな体から爆音とも呼べる声量で辺りに響かせるワイゼム。
いや、小さな体ではない。
どんどん巨大化しているのだ。
ワイゼムの全身が。
もうすでに2メートル以上はあるが、まだ巨大化は止まらない。
「みんな同じだ、みんなワシを見下す!
全部ワシのせいだと見下して、蔑んで、罵倒する!
壊してやるよ、何もかも全部、全部ううぅぅぅぅ!!!」
巨人。
ワイゼムは5メートルはある巨人に姿を変えた。
「……いや、亜人隊?
ってことは、変えたんじゃなくて、戻った?」
わかったぞ、こいつの魔法。
人になる魔法だ。
巨大な体の亜人が人に変身する魔法を身につけている。
たしかホルトが言っていた亜人隊というのも、変身の魔法ができたはず。
ホルトの母親を殺したのは、こいつだったのか!!
「……でも、今さら遅すぎる」
俺の呟きをかき消すように、
ワイゼムは雄叫びを上げながら、近くの巨木を引き抜いた。
「あいつの魔法がわかってももう遅い。
何もかも戻っちまうんだ。
全部無かった事になる」
エリザベート達に出会ったのも。
シランとフラウトと一緒に戦ったのも。
あのネストに協力してもらえたのも。
全てが無に、……消える。
「……死にたくない」
失う。
全部失う。
築き上げたもの全部。
「俺は死にたく…」
巨人の一撃は無慈悲だ。
木を叩き付ける。
子供のように。
俺の全てが消える。
一撃で。
たったの一撃で。
『ふりだしに戻る』




