71マス目 英雄的犯罪者
お互いに戦い方なんてまるで知らない。
ただ正面からぶつかって行く。
「さっさと倒れろっ、虫けらがぁ!!」
デニックスの拳が俺の腹に刺さる。
だが、何とか耐えられる。
俺は腹にめり込む腕を掴んで、内側に引っ張り込むと、
デニックスの胸に膝蹴りを叩き込んだ。
その一撃でくの字になる体に、渾身の右拳を振り下ろす。
「んがぁぁぁ!!! んげっふ、えうっ」
フラフラになりながら、デニックスは肩の紙を近くの木材に張り付ける。
「やらせっかよ!!」
呪文を唱えようとしたとき、一瞬の隙ができるのを見逃さない。
飛び込むようにタックルをかますと、右足で思いっきり蹴り上げた。
「うごっばっ、んのれぇいい!!!」
デニックスは腹をおさえながら、壊れた椅子をいくつも投げつけてくる。
そのうちの一つを上手くキャッチして、椅子を盾に距離を詰める。
お互いに椅子を振りかぶり叩き付けると、同時に椅子は砕け散る。
「まだまだぁ!」
俺はもう一度胸ぐらを掴もうと手を伸ばすが、向こうもそうはさせまいと手を伸ばす。
取っ組み合いになりながら、どちらも手を掴み合い両手を封じる。
俺は大きく頭を振りかぶり、デニックスに向けて額を打ちつける。
「っつがぁ!!」
全力で頭を叩き付けたが、逆に俺の額が血を吹いてしまった。
慣れない攻撃で当て所を間違えた。
でもこんなんで怯んではいられない。
向こうも頭を振りかぶる。
逃げようとして顔面に当たれば、それこそ致命傷だ。
俺ももう一度頭を振りかぶり、叩きつける。
お互いに譲らず、何度も何度も額を叩き付けた。
骨のぶつかる音と飛び散る鮮血があたりにまき散らされていく。
「ぎぃいいっっっ……」
先に音を上げたのはデニックス。
痛みに顔を背け、歯を食いしばっている。
俺は組み合った腕を一瞬強く引くと、渾身の力で前蹴りを繰り出す。
「うらぁぁぁああああ!!!」
力いっぱい押さえつけていた腕が、一気に引きはがされた。
埃と木片をまき散らし、デニックスは壊れたテーブルに叩き付けられる。
俺は肩で息をしながら、顔に流れ落ちる血を拭う。
呼吸を整え、やったこともないファイティングポーズを構える。
すると、テープルに手を突きながらデニックスが立ち上がった。
「……痛い、……何でこうなった?
高貴な私が、何で血を?
……………………お前のせいか?」
デニックスは怒りや痛みが限界を超え、
思考回路が正常に回っていないようだ。
俺はゆっくりと息を整え、拳を握りしめる。
「……かかって来い」
「っあ、っあっあっあっっああああああああああああああ!!!」
デニックスはまるで獣のように涎を垂らしながら駆け出した。
俺の前まで助走をつけ、飛び上がりながら拳を振り下ろす。
流石にそれだけの大振りとなると、俺にだって動きが読める。
俺は素早く左に身をかわすと、鼻筋へ向かって真っすぐ拳を突き立てた。
「おおおっ、でぃがっっ、でぃがっんぶぅぅぅ。
んがあぁあぁぁあああああ!!!!」
デニックスは鼻血が溢れすぎて、口からだらだら赤い涎が滴る。
もはや何を言っているのかわからない。
そんな状態でも、俺に向かって拳を振るう。
「んぎぃぃ! うぶぅぅ! んどああぁぁ!!」
全てが大振り。
しかし素人目から見れば、安全な攻撃なんて一つも無い。
振り下ろしに身をかわし、正面へのパンチはガードを固める。
するとデニックスは、俺の顔面に拳を振るった直後、腹めがけて蹴りを打ち込んでくる。
この一撃を、俺は何とか横っ飛びで回避した。
だが今の攻撃で、デニックスは酔っ払いさながらに大きくバランスを崩した。
転び掛け下を向くその顔面に、俺は全力で拳を振り上げる。
「これでっっ、どうだぁぁぁーーー!!!」
鼻血が真上に噴出し、大きく仰け反るデニックス。
俺はここぞとばかりに拳を握りしめ、真上から顔面を捕らえて、
そのまま思いっきり振りぬいた。
デニックスは大きな音を立て、力なく床に沈む。
俺はデニックスの両腕を挟み込むように腹の上に馬乗りになると、大きく拳を振り上げた。
「はぁっ、はぁっ、えっと……ああそうだ。
遺言があるなら言っていいぜ。
そら、好きに言えよ」
デニックスは口の中の血を横に吐き出して、
必死に呼吸しながらか細い声で喋りだす。
「もう、……やべで、ぐだざい」
それはあまりにも情けない声だった。
さっきまで高貴だとか言っていたのが嘘のようだ。
「……お前は、やめろって言ったら誰も殺さなかったのか?」
デニックスは答えない。
俺はもう一度その鼻筋に拳を叩き込む。
「あぶぇっ、ばっ、ばっべ! ばっべ!」
血と涙と鼻水で汚れた顔を、ブンブンと左右に振り乱す。
こんな奴に、こんな奴にシランは……。
化け物と言われ、命を狙われ、覚えのない罪に怯え、
化物に変えられ、人を食らい、……友達を食い殺してしまった。
あんな小さな女の子が。
こんな醜いクソ野郎のせいで!!
「やべでぇ……、ぢがうんでず。
ごべんだざい、ごべんだざい、ごべんだざいぃぃ」
「ふっざけんな……」
怒りで震える拳のぶつけどころが分からない。
相手は戦意を喪失している。
これ以上戦う理由はない。
だが、あまりにも勝手じゃないか!
卑怯じゃないか!
ずるいじゃないか!
「どんだけ辛かったと思ってる。
シランもフラウトも、あいつらががどれだけ!
てめぇのせいで、何回死んだと思ってる!?
何人死んだと思ってる!?
今さらごめんって何だよ!?
クソったれがぁ!!!」
俺の叫びが破壊し尽くされた店内に響く。
直後訪れた静寂には、デニックスの怯える泣き声だけが聞こえていた。
握り続けていた拳が痛い。
よく見ると、殴り過ぎで手の皮がずる剥けている。
痛みで冷静になって来たのか、手の震えも治まって来た。
俺は呼吸を整えると、ゆっくり立ち上がる。
「フラウト、病院行くぞ」
「……そいつは?」
「病院に行く途中で衛兵に言えばいいだろ。
フラウトが証言すれば信じてくれるさ」
「……わかった」
シランを抱えようと手を伸ばしたその時、
酒場の入口が壊れるような勢いで開け放たれた。
「衛兵だ! 全員動くな!!」
数えきれない人数が、酒場の中にぞろぞろと入ってくる。
どうやらすでに通報されていたようだ。
まあ、あれだけ騒いでいたのだから当然かもしれない。
「そっちに犯人が……」
「黙っていろ!」
俺の喉元に槍の切っ先が添えられる。
あまりにも穏やかでない。
あんまり出しゃばらない方が身のためだ。
俺は事の成り行きを見守るため黙ることにした。
だが、事態はそう良い方向には向かないようだ。
「ク、クローバー部隊長!?
おい! 部隊長が大怪我を!!」
「何だと!? 貴様の仕業か!?」
まずい、完全に誤解されている。
俺は取り繕うために口を開こうとするが、奴に先を越された。
「捕らえろ! そいつが犯人だ。
部隊長が意識を取り戻した!!」
どうやらデニックスの奴、まともに動かないはずの口で、
何とか衛兵にデタラメを吹き込んだらしい。
これで完全に犯人へと仕立て上げられた。
「お、おい待て!」
無数の槍が向けられる。
しかし、横から助け船が割って入る。
「待って! おじさんじゃないよ!」
フラウトは俺を庇うように前に出てくれた。
衛兵たちもすぐさま気が付いたようだ。
「え? この子ってベヨネッタ家の……」
「フラウト様!?」
「なぜこんな場所に!?」
よかった。
これなら誤解も解けそうだ。
「僕の友達も危ないんだ。
おじさんも一緒に病院に連れてってよ!」
フラウトは衛兵全員に聞こえるように叫んだ。
……だが。
「フラウト様、……それはできません」
「え?」
衛兵の何人かは顔を見合わせる。
「……フラウト様は知らないのでしょうが、
多分この男、最近近くに現れたという、隣国カナリアの暗殺部隊の人間です」
……え?
「いや、そのっ」
そういえばこのスーツは、そういう誤解も招くのを忘れていた!
やばいやばいやばい!
どんどん状況が悪化している。
とにかく誤解を解かないと!
「ち、違うんです。
この服は暗殺部隊の服に似てるだけで、
別に俺は……」
「なら何故、我々が服を見て判断したと分かったんだ?
私たちは服の事など一切言っていない」
「……いや、その」
ああ、誤解が誤解を呼んでしまう。
一切嘘は言ってないのに!
どうするどうするどうするどうする!?
「この男を捕らえろ!
城の尋問室で、洗いざらい吐かせるぞ!」
俺は後ろ手にされ、物々しい手枷を付けられる。
加えて誤解を解くなと言わんばかりに、猿轡を噛ませられ喋れない。
「おじさん!
違うってば、おじさんは悪い人じゃない!」
「フラウト様を病院へ。
幻覚魔法をかけられている」
「了解しました」
「こいつは犬か?」
「いや、獣人じゃないか?」
「ならこの獣人はどうする?」
「口元の血は吐血か?
あの男にやられたのか、可哀想に。
急いで病院へ!」
「おい! こっちにも死体があるぞ!」
「こりゃひでぇな」
「さっすが、カナリアの実戦部隊だ。
レベルが違う」
「ほら、さっさと歩け!」
明らかに俺は勝っていた。
やっと勝てた、……それなのに。
護送用の馬車に乗せられるまでの間、俺は必死に青空を目に焼き付ける。
恐怖と絶望に押しつぶされそうになる俺をよそに、衛兵たちは目隠しをした。
行先もわからない馬車で、無実の罪での連行。
俺は、最悪の形で勝利を収めることになった。




