63マス目 黒い閃光
俺の言葉にロネットは歯を喰いしばると、
その場で数メートルの高さに飛び上がった。
「殺してくれる、無惨に!!」
ロネットは観客席を飛び越え、壇上めがけて大きく拳を構える。
だが、俺だって棒立ちして攻撃を受ける気はない。
素早く鞄からスプレー缶を取り出しライターを構える。
俺は空中で無防備なロネットに、火炎放射を直撃させる。
だが……。
「そんなもの効かん!」
ロネットは炎を突き破るようにして、鉄化した体で眼前に迫る。
でも、こっちもそれを見越してすでに後ろへ飛び退いている。
ロネットは圧倒的重量感を感じさせる音を立て、壇上に着地する。
全身鉄と化した重みは想像以上のようだ。
今の着地で、壇上の一部が大きく変形してしまった。
「姑息な技だ、それもトリックか?」
「さぁな」
お互いに出方を伺いつつ向かい合う。
先に動いたのはロネット。
一度右にフェイントを入れて、真っ直ぐ突っ込んでくる。
だが、どうせ俺には超人の動きなどわからない。
俺には一つ覚えの火炎放射しかない。
もう一度スプレーを構えるが、ロネットはこの行動を見越していた。
「効かんと言っているだろう。
さっきまでの奇策は、もう尽きたか?」
ロネットは炎が当たる寸前で鉄に変化した。
眉一つ動かさずその場で立ち続けている。
いや、眉どころではない。
体全体がピクリとも動いていない。
……もしかして、全身が鉄になっている間は動けない?
「そういうことなら……」
俺は炎を噴射しながら射程距離ギリギリまで離れる。
限界まで距離を取ると、足で床を勢いよく踏みつけ大きな音を出した。
数テンポ遅れて炎の噴射をやめると、ロネットの魔法を解除するタイミングがずれた。
僅かだが、俺でもわかるような隙ができた。
その隙に、手に持つスプレー缶を全力で投げつける。
しかし、その瞬間鉄化を解除したロネットが缶をキャッチした。
「ふん、これで何をしようとしたかは知らんが、
こうすればもう炎は出せんな」
「しまった! やめろ!!」
俺は叫びながら懐に手を入れる。
ロネットが缶を握りつぶそうとするのを止めるように手を伸ばす。
その手の先には、銀色の鉄塊が握られていた。
「なんてな、…………吹き飛べ!」
壇上で鳴り響く二度目の発砲音は、ロネットの持つスプレー缶に直撃した。
直後、大きな閃光と爆発音が混ざり合い、会場全体を爆音が包む。
その音に、観客席で鑑賞していた貴族たちも悲鳴を上げる。
「死んでは……、ないだろうな」
煙の中でロネットが倒れているのが確認できる。
まあ、この程度で死ぬとは到底思えないが、
しばらくは襲ってこないと信じたい。
「……さてと、あとは公爵だな」
さっきまでノリノリで騒いでいた司会者の声。
あれが多分ヴァーデ公爵だろう。
きっとまだ近くにいるはずだ。
「逃げ出す前に、見つけないと」
俺は騒がしい観客を無視して会場を出た。
大きい建物だが、一つの会場が大きいため部屋数は少ない。
きっとすぐ見つかるはずだ。
しばらく建物内を走っていると、廊下の奥から怒鳴り声が聞こえてきた。
俺は近くの物置部屋に身を隠し、ドアの隙間から様子を見る。
「何で子供二人が見つけられない!?
あんたらには、十分な金を払ってるでしょう!」
「そう言われましても、情報屋のジジイにもわかりかねているようで……」
「あ~、つっかえないですね!
とにかく、あと三十分で見つけてきてください!
無理とか言ったら、わかってますね!!」
喋り方や声、間違いなくあの司会者だ。
しかも、髭なのか鼻毛なのかわからない毛が顎の下で繋がっている。
そういえば、前にフラウトがすごい髭をしているって言ってたっけ。
だったら間違いない。
あれがヴァーデ公爵だ。
「そう言われましても……、ジジイによれば地下街の入口周辺と言い張ってまして。
今、10人ほどで捜索していますが……」
「人数を倍に増やしなさい!!
時間が無いんですよ時間が!!
成金貴族たちはもうカンカンなんです!
ベヨネッタ家のガキを蹂躙すれば、成金共も収まるんですから」
「は、はい、今すぐ人数を集めてきます!」
話を聞いている限り、こちらの情報が想像以上に漏れている。
源竜会の情報網の広さには肝が冷える。
さて、どうやら公爵が一人になったようだ。
乗りこむならば今しかない。
俺は廊下を見渡して、人が来ないことを確認すると、
音を立てないように物置部屋から出た。
「まったく、こんな事前代未聞ですよ……」
「そうか、そりゃ大変だな」
「っ!!」
俺の声に、ヴァーデは飛び跳ねるように驚いた。
「……な、な、なっ!? ロネットはどうしたんですか!?」
「さぁな、煙でよく見えなかったから、あの後どうなったかは……」
ヴァーデは冷や汗を垂らしながら後ずさりする。
どうやら、逃げるための策もないらしい。
こういう人間は追い詰められるとあっけないものだ。
……そう思っていた。
「私はこんなところで死んで良い人間ではないんですよ!」
それは予想だにしない反撃。
ヴァーデは俺に向けて結晶を投げつける。
その形状に見覚えがあった。
「白煙結晶!?」
そう言ったとたん、消火器を噴射されたような真っ白な煙が、
俺の視界を覆い隠す。
ここでヴァーデに飛びかかろうとも思ったが、
多分ヴァーデの方が力は上だ。
視界を奪われた状況で飛びかかるのは危険すぎる。
俺は身を低くして煙が晴れるのを待った。
その間に何かの金属音が聞こえたが、ここで動くわけにはいかない。
約十数秒後、晴れた視界にヴァーデの姿はなかった。
だが隠れた場所には見当がつく。
「……そこの部屋だな」
俺はすぐそばの部屋のドアノブに手をかけた。
しかし、がっちりと鍵がかかっている。
やはり、さっきの音はここに鍵をかけた音だったか。
俺は鞄から爆破結晶を取り出すと、スマホの充電コードで結晶をドアノブに括りつける。
そして外側から書類で包み込み、クリアファイルをかぶせる。
こうすることで、衝撃を逃がさず確実に鍵を破壊できると考えた。
少し離れた場所で名刺入れを取り出して、結晶に向かって投げつける。
すると、小さな爆発音とともにクリアファイルが吹っ飛んだ。
1テンポ遅れて焦げ臭い紙と共にドアノブが落下し、扉が開く。
部屋の奥には、ヴァーデ公爵が白いハンカチを振っていた。
「こ、降参ですよ降参。
私は戦えるような人間じゃないんで、許してください……」
「降参ねぇ」
戦えない人間なのは、こっちも同じなんだが……。
さて、どうしたもんか。
見逃すなんてのは選択肢に無い。
こんな奴を野放しにしていたら、危なくてしょうがない。
やっぱり衛兵に届けるか?
「んじゃ、衛兵に突き出すけど構わないな?」
「衛兵? ええ、いいですとも。
ぜひそうしてください!」
何だか態度が急変したように感じた。
という事は、衛兵に賄賂でも渡して即釈放されるのだろう。
それでは意味がないな。
そんなことを考えながら頭を悩ませていると、急にヴァーデが笑った。
即座に感じる恐怖感。
俺は全力で真横に飛び込んだ!
「らああああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!」
俺の背後から放たれる鉄拳は、暴風のように部屋の中を吹き荒れる。
さっきまで立っていた床は、ショベルカーで掘り返したような大穴が開いている。
「寒いですよ。
でもよく来てくれましたねぇ、ロネット」
「遅れて申し訳ない、公爵様。
今すぐに、この不愉快な男を叩き潰します」
そこに立っていたのは、青い服に身を纏った男。
ロネット・マークスだった。
「……復活が早えぇよ」
死んではいないと思っていたが、まさか数分で舞い戻ってくるなんて。
しかも、あれだけの爆発でほとんど無傷。
きっと、爆破の瞬間に上手い事鉄になったのだろう。
これはマズいぞ……。
おい、まだ時間にならないのか!?
俺は素早く時計を確認する。
今の時刻は、10時02分を指している。
「って!? 過ぎてんじゃねぇか!!」
「ごちゃごちゃうるさい。 潰れろ!」
ロネットの拳が振り下ろされる。
膝をついた体勢では、避けることもできない。
……ここまでか。
死を覚悟したその瞬間。
どす黒い閃光が、俺の眼前で攻撃を受け止めた。
「何だと!?」
黒い肌に、体のラインがはっきり出た服。
奇妙なほどに湾曲した刃は、何よりも見覚えがある。
「……遅いじゃねぇか」
「あらぁ? 女は待ち合わせに遅れるものよぉ、うふふっ」
その黒い笑いは、どこまでも邪悪で、何よりも心強かった。




