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ふりだし廻りの転生者  作者: チリ—ンウッド
第二章 盤上の裏側
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61マス目 三度目の挑戦


 シランとフラウトを置いて、俺は今ある場所を見据えている。

 もう何度も苦渋を飲まされた、ヴァーデ公爵の屋敷。

 ここへ来て戦いに勝ったことは一度も無い。

 今回も必死で策を練ってきたが、それが成功するとは限らない。

 俺はいくつもの状況を想定して、作業に取り掛かる。


「……ここでいいか」


 俺が足を踏み入れたのは、屋敷のすぐ近くにある林。

 林といっても木は太く、葉が覆い茂って森のようにも見える。

 林に入り、馬車に積んでおいた道具を下ろし、ネクタイを外す。

 しかしその時、ある問題に気が付いた。


「しまったな、これ一人じゃ時間かかるぞ……」


 時間をかけすぎると、それだけシラン達が見つかる可能性が高まる。

 それに、想定していた時間に間に合わなくなるかもしれない。

 出来れば人手が欲しい。

 どうするか頭を悩ませていると、若い二人組が近くを通るのが見えた。

 俺は二人に近づき、こっそり会話を盗み聞く。


「やっぱメルノ公爵って、人使い荒すぎるよな!?」


「ああ、俺たち以外にもこうやってサボってるやつはいるぜ。

というか、こうでもしねぇと体が持たねぇよ」


「まったくだ、はぁ大金でも転がり込んでくればなぁ」


「無理無理、結局働くしかないんだよ、俺らみたいな凡人は」


 聞いた限りだと、ただのサボりのようだ。

 これはいけるかもしれない。

 俺はすぐさま飛び出して二人組を呼び止めた。


「すいませーん、ちょっといいですか?」


「はい?」


 何の警戒もしていない二人に、俺は50万の札束を差し出す。


「……手伝ってほしいことがある」








 俺の腕にはめられた時計は、9時2分を指し示す。

 少し時間はかかったが準備は万端。

 もちろん、これでも確実に勝てるとは限らない。

 でも引き分けに持ち込めるレベルには達しているはずだ。

 俺は自分に言い聞かせながら、ヴァーデ公爵の屋敷の前をうろつく。

 いつも通りならば、これで向こうから接触して来るはずだ。

 その予想はすぐに当たり、背後から声がかかった。


「そこで何をしている」

 

「……早速お出ましだな」


 余裕ぶって言ってみたが、こいつの強さは本物。

 下手をすればまたふりだしに戻される。

 しかしこいつを何とか出来れば、ほぼ確実にシランは助かるはず。


「あんたのところの公爵様に用があるんだが、通してもらえるか?」


「今日は客人の予定など無いはずだ。

貴様、もしイタズラならば後悔することになるぞ」


 ロネットは、俺を鋭い眼光で見降ろしてくる。

 ここで反論するには少し距離が近すぎるな。

 ここはまず誤魔化して距離を取る。


「イタズラじゃない、ウェリット伯爵に聞いてみてくれ」


「……何を言ってる?」


「何って……、ここ、ウェリット伯爵の屋敷だろ?」


「ふん、場所を間違えている。

ここはヴァーデ公爵の屋敷だ。

これ以上貴様に時間を割く気はない、失せろ」


「ああ、そうかい、そりゃ悪かったな」


 俺は振り返り、来た道を戻り始める。

 曲がり角を曲がりロネットの死角に入ると、全力で走り出す。

 俺は振り返らず、今出せる全力の声量で叫んだ。


「シランは殺させねぇ! 絶対だ!」


「……そういうことか」


 背後から地面を蹴る音が聞えた。

 引きつけるのは上手くいった。

 あとは、用意した場所まで行けば!








 ロネットは無言で追ってきていた。

 しかし、いつもはもっとギリギリで逃げていたはずだが、

今回は妙にすんなりと逃げられている気がする。


「もしかして、俺の身体能力が上がった?

……んなわけないか」


 俺は植え込みを飛び越え林の中に入り込む。

 置いておいたスマホとタブレットのタイマーをセットして、身をかがめる。

 奴が来ないうちに、素早く所定の位置に着き息を殺す。

 今か今かと待っていると、20秒ほどでロネットの姿が見えた。


「……どこへ行った、出てこい!」


 怒鳴り声が木々を揺らし、驚いた小鳥が空へ飛び立っていく。

 ちょうどそのタイミングでタイマーが作動した。


『そんなんじゃ、俺は見つけられない』


「そこか……、何!?」


 茂みと木の裏、二か所から同時に聞こえる音声。

 もちろんこれは、スマホとタブレットにあらかじめ録音しておいた音声だ。

 今から約三分間、ロネットを騙すための演説が続く。

 それまでに決着をつける!


『どうした? 動揺しているように見えるぞ?』


「黙れ!」


 ロネットは音が来る二か所を強く睨み付ける。


「通信結晶か?

いや、それにしては音が大きい。

それに、結晶ではここまではっきりと音は聞こえないはず。

一体どんな仕掛けを……」


 言いかけたロネットの言葉が止まる。

 ただ一点を見つめる、その瞳に映っているのは、

草むらからわずかにはみ出たネクタイ。

 そこは声がするどちらの方向とも違う。


「そうか、なるほど。

音のする場所は、両方とも罠か。

なかなか姑息で不愉快な男だ」


 ロネットは歩き出す。

 隠れ切れていない俺を引きずりだすために。

 だが、もちろんこんな場面でそんなミスはしない。


「さっさと出て…ぐぉぅ何ぃ!!」


 足元が大きく崩れ、ロネットの体は地中に落下する。

 そう、落とし穴だ。

 両足を大きく開き突っ張ろうとするが、穴の壁面に油を塗っているため滑り落ちる。

 落ちた先にあるのは大きなトラバサミ。

 壁に意識を向けていたロネットは、トラバサミに足を挟まれる。


  「ぬぐぅ! こんなもの効かんぞ!!」


 そう叫ぶロネットは、落とし穴から出ようとしない。

 いや、出られないのだ。

 トラバサミでダメージは負わないが、拘束が出来ている。


「おのれ! おのれおのれおのれぇぇぇぇえぇぇ!!!!!!」


 この落とし穴はそれほど深くない。

 ちょうどロネットの顔が出るくらいの深さに掘ってある。

 つまり、今のロネットは地中から顔だけ出した、

何とも情けない姿を晒している。

 だが俺も、何も辱めるためにこんな状態にさせたのではない。


「これで、終わらせる」


 俺は茂みに隠れながら、布を巻いた手で力いっぱいピアノ線を引いた。

 僅かに土をかぶせておいたピアノ線は、落とし穴の周りに輪を作り、

カウボーイの投げ縄のような形で、浅く埋まっている。

 俺が引いたことで、ピアノ線は姿を現し露出したロネットの首をきつく締め上げる。


「頼むから、これで終わってくれよ!」


 さらに強くピアノ線を引く。

 普通ならば、とっくに首が飛んでいる頃だ。

 だが、それでもいまだに手ごたえが無い。

 俺は姿を隠しながらピアノ線を引いている。

 その為、向こうの状況を確認することができないのだ。

 どうすることもできず引き続けていると、

突然線が大きく緩み、バランスを崩しそうになった。


「……勝った?」


 あの状況で首にかかった線を外すことはできない。

 引っかかる感覚が無いという事は、そういう事なのだろう。

 俺は勝利の雄叫びを上げようと、両腕を上に突き出した。


「この程度か」


 背筋が凍った。

 すぐ後ろから聞こえた声は、呆れ声と裏腹に確かな殺意を含んでいる。

 俺は全力で横に飛び退いた。

 直後、俺が隠れていた茂みと共に後ろの木が吹き飛んだ。


「俺を嵌めたのは褒めよう。

だが、いささか相手を間違えている。

この世には喧嘩を売ってはいけない人間がいる、わかるか?」


 ロネットは面倒くさそうに、首からピアノ線を外している。

 この隙に、俺は仕掛けていたスマホを何とか回収。

 タブレットも回収したいが位置が悪い。

 あれは諦めるしかなさそうだ。


「それは何の道具だ?

公爵様の土産になるかもしれん。

渡せ、そうすれば少しは楽に殺し……」


 ロネットが言葉を詰まらせ、舌打ちをした。


「しまったな、忘れるところだった」


 すぐさまこちらに向き直り、ロネットは続ける。


「とにかく、それを渡せ」


「……断る」


「そうか、残念だ」


 ロネットがゆっくりと構えた。

 しかし、みすみすやられる気はない。

 俺は素人丸出しの大振りで、ロネットの鼻筋に拳を叩き付ける。


「っがあっぐぅぅ!!」


 直撃させた拳から、真っ赤な血が飛び散った。

 俺が放った全力の一撃は、そのまま俺自身にダメージが返ってくる。

 鈍い痛みが電流のように駆け巡り、思わずその場で膝をつく。

 明らかに生物としておかしい硬度。


「……硬度?」


 彼はロネットを見上げ、強く睨み付ける。

 やっとわかった。

 この男が使う魔法の正体。


「硬度、そうか、単純な話だったんだ。

…………鉄か!!」


 バリアでもなく、無効化でもない。

 単純過ぎる魔法。


「良く見抜いた。

”鉄化魔法” それが俺の力だ。

レベル5の俺に喧嘩を売ったことを、血達磨となって後悔するがいい」


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