48マス目 埃だらけの隠れ家
「ねぇトマトのおじさん、……こっちって」
操縦している俺の後ろで、シランは怯えた表情をしているのだろう。
聞こえてくる声がひどく震えているから、見なくてもわかる。
俺の操縦もあるだろうが、一番の理由は学校か。
「わかっちゃった……?」
「行かないよ! ……絶対」
クラスの友達に殺人犯だと思われているのだ。
きっと辛い思いをしてきたのだろう。
「大丈夫、学校に用があるのは俺だけだ。
シランは馬車の中で待ってていいから」
「……本当に?」
「本当だ、誓ってもいい」
俺がそう言うと、シランの声から震えがなくなった。
「わかった、……待ってるね」
そうこう話しているうちに、もう学校の前だ。
俺は今度こそぶつけぬよう慎重に馬車を停車させる。
「ねぇ、学校に用事って?」
「味方を連れてくるんだ、留守番は頼んだぞ」
そう言い残して、俺は学校の敷地へ入った。
シランの心の支えになってくれる、勇敢な騎士のたまごを連れ出そうとここまで来たのだが……。
「そういや俺、あいつのクラスも学年も知らなかったっけ。
名簿なんて部外者が見れるはずもないし」
そもそも、この世界の学校制度が元の世界と同じという確証もない。
「もう少し考えてから来るべきだったかな」
「考えるって何が?」
背後から聞こえたその声には、どうも聞き覚えがあった。
俺は足を止めて振り向くと、そこには小さな背丈の見覚えのある姿。
「フラウト!!」
そこにいたのはフラウト・ベヨネッタだ。
前の世界では、あまりに無残な姿にされていた。
こうして元気な姿を見れて心底ホッとする。
「……何で僕の名前知ってんのさ」
そういえば、今回はまだ初対面だったっけ。
「いやその、……そういえば君はなんでここに?
まだ授業中だろ?」
「まぁ、サボったんだよ。
みんな嫌な雰囲気だしさ」
嫌な雰囲気というのは、きっとシランのことだ。
仲のいいフラウトにとって、いい気はしないはずだろう。
「そんなことより、僕の名前!
なんでおじさんが知ってんのさ?」
フラウトの表情に疑いの色が濃くなってきた。
多分これ以上誤魔化すと不審者と疑われかねない。
さっさと本題を切り出したほうがいいな。
「俺は今、シランを匿っている」
「え!? ……どういうことだよ!」
フラウトから強い敵意を感じる。
俺は飛びかかられる前に、素早く手で静止した。
「まて、俺は味方だ。
シランの父親とヴァーデ公爵の企みを阻止したい。
君に協力してほしい」
俺の言葉にフラウトの動きが止まる。
「僕に何をさせたいの?」
「簡単だ。
シランを見つからないように隠すから、
俺がいない間、あの子を守ってあげてほしい」
さすがに地下に女の子が一人というのは、こちらとしても心配になってしまう。
一緒にフラウトがいてくれれば、シランも安心できるはずだ。
「外に止めてある馬車にシランが乗っている。
これから移動するんだが、来てくれるか?」
俺が言い終わる前に、フラウトはもう頷いていた。
「行くよ! 連れてって」
「あ、おかえり、トマトのおじ……、フラウト君?」
シランは馬車の窓から顔をのぞかせながら、きょとんとした顔をする。
「えっと、トマトのおじさんが言ってた味方って、フラウト君のことだったの!?」
「ああ、そうだ。 頼りになるだろ?」
シランが頷くと、横に居たフラウトが真っ赤にした顔を伏せた。
まったくもってわかりやすい。
「それじゃ、俺が用意した隠れ家に向かうから……」
そう言いかけると、フラウト不満そうな声を上げた。
「ちょっと待って、僕もかなりすごい隠れ家があるんだ。
そこにしようよ!」
フラウトの表情は自信にあふれていたが、その結末を俺はよく知っている。
散らかった家財に無数の足跡、あそこでは見つかってしまう。
「その隠れ家ってのは、馬小屋の天井裏だろ?」
「え!?」
猫騙しを食らったかのような顔で、フラウトは俺を見る。
「俺ですら調べられるんだ。
あそこだと多分見つかる」
調べたというよりはただのカンニング。
だが諦めてもらうにはこれが一番早い。
「悪いな」
「……ううん、いいよ。
おじさんの用意した場所に行って」
少し悔しそうに言った言葉に、俺は心にチクリと罪悪感を感じる。
「フラウト君、こっち来て一緒に食べよう」
「え? う…うん、……うん」
落ち込んだり顔赤くしたり忙しいやつだ。
でも、悔しさも紛れたようで良かった。
「さて、気を取り直して行くか。
シランは何も知らないだろうから、詳しい事情はフラウトから聞いてくれ。
俺はこっちに集中するからな」
俺は全神経を集中させ、汗でにじむ手のひらを二回ほど握りこみ手綱を握る。
「気をつけてね。
トマトのおじさんて、すっごく操縦が下手なの」
「 ……事故起こさないでくれよ?」
子供にもっともな事を言われて、ちょっと凹む。
俺はマイナスから始まった信頼をこれ以上下げないように、スピードを下げて慎重に時計台方向へ向かった。
馬車から見上げるのは、古ぼけたレンガ造りの建物。
「ここがそうみたいだな」
場所、外観、全てセルバさんに聞いたとおり。
この建物で間違いない。
「ここが本当に隠れ家なの?」
「……コケ生えてる」
操作にも少しずつ慣れてきたようで、俺はゆっくりと路肩に馬車を止めた。
防犯のために、さっきと同じく音楽をかけたスマホを置いておく。
二人を引き連れ入口に向かうと、エリザベートから借りた鍵を差し込んだ。
だが、錆びているのか妙に固い。
「うっぐ……、かった…ぃ……、ぬぉらぁ!」
カチンッという小さな音とともに、鍵が開いた。
俺はドアの向こうから立ち上る埃に口元を押さえ、ドアを押し開ける。
「トマトのおじさん、今のはカッコ悪かったよ」
「うるせー」
そんなこんなで扉の奥へ進むが、明かりがない。
入り込む陽の光では限界がある。
俺はジッポライターを取り出して火をつけた。
「何それ? そんな魔道具初めて見た……」
「うーん、まあ言うなれば昔の道具だよ。
アンティークってやつだ」
説明のしようがないので、適当にそれらしい説明で誤魔化しておく。
それにしても随分長い期間人間が出入りしてなかったようで、階段に埃がたまっている。
歩くたびに埃が舞って、鼻がむず痒くなってきた。
「ねぇトマトのおじさん、まだ下なの?」
「もうすぐだとは思うけど……」
そう言っている間に下まで付いたようだが、暗くてよく見えない。
「どうしよう……、ランタンでも買ってくるか?」
「何で?」
「何でって、おま……」
俺の言葉を遮るように、部屋中を光が照らした。
上を見上げると、宝石のような石が輝いている。
「普通に結晶つければいいじゃん」
「……お、おう」
そんな電気をつけるみたいに言われても。
やっぱり魔法文化には慣れそうもない。
……ていうか、階段でもそれやってくれればよかったのに。
「しっかし広いな、想像以上だ」
その大きさは、学校の体育館を思い出す。
壁一面は本棚になっていて、二階構造の吹き抜けになっている。
いくつか梯子が見えるので、あれで昇り降りするのだろう。
「じゃあ、まずは掃除する?
向こうに箒があるし」
シランの提案に賛成したいところだが、まだ俺にはやることがあった。
「そうだな、でもちょっと用事があるんだ。
先に始めててくれないか?
二、三時間で戻るからさ」
「そう言って逃げる気だろ?
おじさんだけずるいぞ~」
フラウトは不満そうな声を出すが、どこか楽しそうだ。
二人っきりになれるからだろうか?
せっかくだから、さっさと邪魔者は退散しよう。
「まあそういうわけだから、んじゃ!」
俺は片手を上げ爽やかに一言言い残すと、小走りで階段を駆け上がった。
外の扉を念のためしっかりと施錠して馬車に乗る。
「っと、そうだった」
俺は急いで点けっぱなしだったスマホの電源を切る。
そしてひと呼吸置くと、また集中モードに入り馬車を発車させた。




