45マス目 金騎士戦
あまりにも早い作戦失敗に、スタートダッシュが遅れてしまった。
俺は急いで扉を押し開ける。
……が、館内に入ったとたん、ふと俺の体が待ったをかける。
「いや、待て……ちょっと待てよ?」
エリザベートはかなり足が速い。
そして、身体能力含め様々な能力が人並み以上と考えた方が良い。
だって、あのネストと殺り合えるほどの人間だ。
……この状況はやばいかもしれない!!
「とぉぉぉーーーーー!!! ……っと、もう移動しましたのね。
ここで作戦でも練ってると思いましたが、読み違えましたわ!」
そう言い残すと、エリザベートは颯爽と駈けて行った。
俺の入った場所はいわば裏口だ。
靴箱も靴が十も入らない小さなものが一つ。
人影がないならば、こんな場所に留まろうとは思わない。
だがエリザベートは、探索を怠っていたのだ。
ドアの裏という隠れ場所を。
「あっぶねぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーー………」
叫びたいのを押し殺し、聞こえないように小さな声で喉を震わせる。
これは想像以上にキツイ。
こんな貧弱過ぎる装備で本当に勝てるのか?
作戦Bはもう考えているので、今すぐ行動には移せる。
だが作戦と言っても、結局は机上の空論だ。
上手くいくかは運と度胸にかかっている。
「……でも、勝たなきゃダメだ、絶対に」
俺は固く拳を握り締めると、静かに立ち上がった。
囮の為に、自分のくしゃみを録音しておいたタブレットを取り出す。
タイマーを20分後にセットして、靴箱に入れた。
「……見てやがれよ。 絶対ギャフンと言わせてやるからな」
俺はまわりに少量の胡椒を撒くと、音を立てないようにその場を離れた。
一階廊下の突き当りで、エリザベートは唖然としていた。
「……な、何ですのこれは!?」
彼女が目にしているのは、壁のように積み重なる石の山。
しかもただの石ではない。
ここに積み上げられているのは、全て爆破結晶だ。
「……天井裏からでも降らせると予想してましたが、
まさか床に直置きで放置ですの?
何を考えているのか見当もつきませんわ」
とりあえずエリザベートは距離を取る。
「もしこれが爆発したら、間違いなく別館ごと吹き飛びますわよ……」
流石にそこまでやるとは思ってないですけれど、用心に越したことはないですわね。
「一階はだいたい探しましたわね。 二階にいますかしら?」
早く戦ってみたくてウズウズしてるエリザベートは、自然と足取りが軽くなっていた。
最弱男の気も知らずに。
2階男子更衣室に俺はいた。
長い間人が入ってなかったせいで、埃臭くて鼻がムズムズする。
「ん? 見つけましたわ! ここですわね!」
近くからエリザベートの声が聞こえる。
多分となりの女子更衣室の前にいるのだろう。
何故なら、そこの扉を少しだけ開けてあるのだ。
当然、怪しむだろう。
その部屋を調べてくれれば、三階に移動する時間は稼げる。
まあ、もしこっちへ入ってきても、ロッカーに仕掛けをしているので、その間に今いるカーテンの裏から出ればいい。
様々な可能性を考えながら、俺は声を押し殺してある音を待った。
エリザベートは女子更衣室の扉を勢い良く開けて、一歩踏み込んだ。
「さぁ! 勝負で…っっ!!?」
その瞬間、エリザベートは自分の持てる最高速度で身をかがめた。
彼女の手には、1つの爆破結晶。
「ドアに挟んで、簡易トラップなんて……。
正直かなり肝が冷えましたわ」
爆破結晶は衝撃を与えると爆発するため、床にぶつかるだけでもアウトだ。
それを膝元の高さで、黒板消しトラップのように仕掛けていたのだ。
もし爆発していたら、確実にダメージを受けていた。
だがそのトラップは破られたのだ。
エリザベート口元が緩む。
「でもこんなマネをするんですもの。
きっとこの部屋に隠れてますでしょう!?
さぁ、出てくるといいですわよ! オーッホッホッホッ」
女子更衣室で暴れる音を聞き、俺はコッソリと男子更衣室を出た。
結局数分間、エリザベートは更衣室内で彼を探し続けることとなった。
「い、いませんわ!? 一体どうして?」
『いっくしゅ…』
エリザベートの耳に入った小さな声。
それは声を押し殺そうとして、失敗したような。
焦りすら感じるくしゃみの音。
それを聞き逃すわけが無かった。
「一階ですわね!
覚悟するといいですわ! オーッホッホッホッ!」
「よし、一階に行ったな」
俺は三階の階段横に隠れながら、額の汗をぬぐう。
「次は応接室だ」
出来るだけ足音を立てないように、でも急いで移動する。
エリザベートも馬鹿じゃない。
あまり長い時間は騙せないだろう。
応接室に入り、机の引き出し足をぶつけた音と、うめき声を録音したスマホを入れる。
「後は向こうだな」
俺はもう少しの間バレないことを祈りつつ廊下を移動する。
廊下の曲がり角には細心の注意を払う。
この状況で一番怖いのは鉢合わせること。
そうなると、道具を出す時間も無く一瞬で決着がついてしまう。
それを確実に避けるためにも、俺は果物ナイフを鏡替わりにして、曲がり角の先を顔を出さずに確認しながら進んでいた。
「ここもセーフ」
鏡と違って多少見えづらいが、金色の服を着たエリザベートならば、すぐにわかるので問題はない。
しかし、もう少しで目的の部屋に着くというところで、恐れていたことが起こってしまった。
「やってくれましたわね!」
一階からわずかに聞こえたその声と同時に、ものすごい速度で階段を駆け上がる音。
これは間違いなくタブレットの存在に気づかれた!
震える手を押さえつけながら、ゆっくりドアを開ける。
ここで焦って音を立てたら、それこそ終わりだ。
俺は滑り込むようにドアへ入ると、あえてドアを少し開けて放置した。
「やってくれましたわね!」
エリザベートは苛立った声で淑女らしからぬ雄たけびを上げる。
その手には「時間です」と表示されているタブレット。
一階裏口辺りを探し回った結果がこれだ、苛立ちもするだろう。
だがそれよりも、いつまで経ってもまともに戦わない相手に、少々腹が立ってきていたのだった。
「いつまで逃げていますの!?
そんなことでわたくしに隙ができるとでも思って?
まさかとは思いますけど、怖気づいたのではありませんわよね……」
ブツブツ呟きながら、5段飛ばしで階段を駆け上がる。
三階に着いたとき、かすかな物音に気づき廊下の奥へ向かう。
「……扉が開いてますわ」
エリザベートは念のために、靴を片方脱いで扉の前に投げる。
靴は数回絨毯を跳ねて埃を散らすと、
何事も無く扉の前で停止した。
「罠はありませんわね」
靴を履き、扉の隙間から部屋の中を確認する。
この部屋は元は客室として使っていたため、ベッドや棚がそのまま放置されている。
「不審な点はないようですけれど……」
今までのことを考えますと、どうしても足を踏み入れるのを戸惑ってしまいますわ。
「床に罠が? いや天井?
ああいや、入った瞬間後ろから、なんていうのも考えられますわ」
どんどんと疑心暗鬼に陥ってますわ。
王国最強の女騎士と言われたわたくしが!
……随分と情けないことですわね。
「負けませんわよ! いざ、参りますわ!!」
エリザベートは傘から剣を抜く。
抜刀と同時に、部屋へ大きく踏み込んだ足先に異常は見られない。
細剣で正面をガードしつつ、数歩部屋に踏み込み、大きく天井を突いた。
「天井も何も無し? ……それでしたら!」
エリザベートはタンスやカーテン、ベッドなどの隠れられそうな場所に次々と刺突を繰り返す。
しかし、それでも何もない。
「罠どころか誰もいませんわ。 一体どうな……」
エリザベートの視線が、ボロボロになったベッドに吸い寄せられる。
その言いようもない違和感を抑えきれずに、激しく蹴飛ばした。
そこには、とんでもないものがあった、……いや無かった?
「……なんてことを考えますの」
エリザベートはその予想外の行動に、もはや笑ってしまった。
ベッドの下に穴が開いているのだ。
それも人がひとり、ギリギリ通れそうな穴。
穴をあける時間は無かった、これは事前に用意していたのだろう。
「この乱雑な破壊跡、ハンマーで叩き壊したようですわね。
本当にとんでもないことをしますわ」
その行動力と奇抜な発想の転換、もはやエリザベートの闘争心に火を点けるには十分な起爆剤であった。
「こんな逃げ道を用意しておくなんて、やっぱり面白いですわよ。
このわたくしに、全力であがいて見せなさいな!」
「こんなに時間が稼げるとは思わなかったな」
俺は二階廊下の中央に立っていた。
鞄から必要な道具は取り出してある。
見通しのいいこの場所で敵を待つ背水の陣。
もうかくれんぼは辞めだ。
「……あと二分でスマホが鳴るな。
でも、ここまで来たら必要ないか」
俺は腕時計を眺めながら呟く。
あの音を録音するために、わざわざ足の小指にコップを落としたんだが、その苦労が無駄になったな……。
そうこうしているうちに、上から聞こえていた音が止んだ。
奥の部屋からエリザベートの声と同時に、大きな音が響く。
「……気づいたか、そろそろ来るな」
額に汗が滲む。
頭の中で、相対したときのエリザベートの行動を想定する。
最も理想的なのは、直線で突っ込んでくる場合だ。
そうしてくれれば、色々と対処のしようがある。
だが最悪のパターンは武器を投げられた場合だ。
その場合、俺の身体能力では躱しようが無いだろう。
まあ、エリザベートはこっちの実力を知っているのだから、即死につながりそうな行動は避けてくれると思いたい。
「……来る!」
エリザベートは急ぎもせず、廊下の角から歩いて現れた。
傘を抜刀した本気の立ち姿、威風堂々の立ち振る舞いは、殺し合いで無いとわかっていても汗が出る。
味方だとこんなにも心強い者はなかったが、その分敵に回した時の圧迫感はひと際重い。
「……やっと見つけましたわ。
手加減は致しませんわよ。 お覚悟はよろしくて?」
「それはこっちのセリフだ。
戦いに卑怯は無いってのを、よーく思い知れ!」
別館で今、激戦の火花が散る!




